拾壱
栄二と文太は源太郎を自宅まで送り届け、食事の世話までしてくれた。
「じゃあな、源太郎」
「朝、仕事前にまた来るだよ」
「ありがとな」
源太郎は二人を見送り、戸に内鍵をかけた。まともに歩けない為、壁づたいに座敷へ戻る。この怪我では出来ることも見付からず、早々に寝ることにした。
新しい布団はふっくらとしていて、横になると体の痛みが和ぐようだ。源太郎は枕に頭を預けて瞼を閉じた。
「……」
すると、何故かまたあの少年の姿が暗闇に甦り、源太郎は戸惑った。
妹と重ねた縮こまって眠る姿ではなく、昨夜見付けた時のように、服は着けておらず、滲み出る色香が源太郎の視界を埋める。潤んだ目が、繊細な指が、小さな唇が、すらりとした脚が、源太郎に絡み、張り付く。源太郎は引き離そうとするが少年はそれを拒み、より一層源太郎に身を寄せた。
この時、源太郎の中にはこの少年しか存在しなかった。信長も、田子作も、忠介も、妹の面影さえも消え去っていた。
おらん。
名を呼ぶと、少年は受け入れるように目を閉じ、源太郎の動向を待っていた。源太郎は口を吸い、細い体を組み敷いた。華奢な鎖骨や淡い色の乳首を舐めて脚を左右に開く。少年の性の証しはそそり起ち、その下の孔はひくつき、蜜を垂らしていた。源太郎はその現象に疑問を抱くことなく、躊躇いなく自身をその孔に打ち付けた。少年は口を開けて喘いでいるようだが、その声は耳に届かない。
おらん。
名を呼ぶ。少年は濡れた目を開く。きらきらしていてとても綺麗だった。艶やかな唇が開く。
源太郎様。
名前を呼んでくれた。ああ。源太郎はもう耐えきれず、たぎりを少年の中にぶちまけた。
「……!」
源太郎は目を開けた。酷く汗をかいて、どろりとした重みが下腹部に残っている。源太郎はあの艶めかしい出来事が夢だったのだと一瞬で悟った。
(なして、こげん夢…)
少年の肢体がまた脳裏に張り付く。艶やかな髪と汗ばんだ素肌をして、瞳も、唇も、源太郎を受け入れた箇所も濡れていた。美しくもあり、淫靡な姿に源太郎はこくりと喉を鳴らしたが、口の中は渇いていた。
「源太郎様」
名を呼ぶ声が聞こえる。源太郎は辺りを見回したが、当然誰もいない。
「源太郎様」
しかし、その声は気のせいではなかった。源太郎は返事をしてみた。
「だ、誰だ?」
「茅です。夜分遅くにすいません」
自分から赴くと言っていたが、こんなにすぐだとは思わなかった。
「もう来ただか?今、鍵開けるだ」
「いえいえ。怪我してるんだからじっとしていて下さい。この窓から入っても良いですか?」
「え?」
声が近くなる。夏だから窓も開けていたが、外側からでは高い。茅の身長で入れるのだろうか。
「よっ…と」
源太郎が返事をするより先に、茅は難なく体を滑り込ませるように窓枠に腰掛けた。草履を脱いで足を着地させ、窓を潜る。
「すいませんね、急に来ちゃって。皆さんに寝て貰わないと出られなくって」
「いいだよ。こっちこそ、わざわざ有難うな」
源太郎が礼を告げると、茅がにこりと笑った。
「へえ。うちよりも広いんですね。火、着けても良いですか?」
茅は部屋を見回してから、囲炉裏を指差した。
「いいだよ」
「すいません。暑くなっちゃいますけど、暗いままなの、嫌なんで」
茅は懐から紙を出し、提灯の火を移して囲炉裏に投げた。良く見ると、茅は昼と身なりが違っていて、浴衣姿で裾を帯に掛けていた。紅も引いておらず、印象も幾分変わっている。
「これでお互いの顔がよく見えますね」
笑顔を向け、茅は源太郎の傍まで来る。源太郎は自分の下腹部が汚れてることを思い出した。このまま、何らかの動きをしたら、殆ど関わりのないこの女性に知られてしまう恐れがある。
「で、話って…」
源太郎が切りだそうとすると、茅は何も言わず布団を捲り、脇に手を入れて源太郎の体を起こした。女性とは思えない力だった。
「な、何するだ!」
「酷い汗ですから、体を拭きましょう」
体を濡らすものは汗だけではない。
「いや、いいだよ。包帯巻いてっし」
「包帯以外のとこなら拭けますよ」
茅は源太郎に向かい、片膝を立て腰を下ろした。中心は影に隠されているが、脚が殆ど剥き出しになっている。源太郎は広がった裾を掴み、茅の脚を隠した。
「おめえ、さっきから無防備過ぎだ。気を付けろ」
「無防備?気を付けろって、何をです?」
茅はきょとんと源太郎を見詰めた。
「脚、見えてる」
「見えてたら不味いですか?」
「そりゃあ、良くねえ。年頃の娘が」
「そうなんですか…。裾、長いのが邪魔で短くしたんですけど、これも不味いですか?」
「そげん動きづらかったら、服はそのままでもいいけども、中は見えないように気を付けろ」
「分かりました」
茅は素直に頷く。
「他に、変なところがあったら教えて下さい。直しますから」
そう言うと、茅は源太郎の腰から下を覆った布団を剥ぎ取った。
「おいっ」
「脱がしますね」
帯に手を掛ける。源太郎は怪我の痛みで大した抵抗も出来ない。
「止めるだっ」
「何故です?」
「普通、おなごは男の体を見るのは恥ずかしいもんだ」
「看病や手当ての時は恥ずかしい何て言ってられませんけど」
「おらが嫌だ」
「おなごに見られるのがですか?」
「そうだ、おっ母や嫁さん以外のおなごには見られたくねえ」
茅は源太郎から手を離した。
「見てください」
自分の襟を左右に広げた。白い胸が露になり、源太郎は咄嗟に顔を背けた。
「な、何してるだ」
「私、男なんです」
「え?」
予想外の言葉に、源太郎は振り返る。広げた襟の白い胸には膨らみはない。しかし、茅の体は骨格が小さく、細い。喉仏も目立たず、男にしてはやけに乳首がぽってりとしている。胸が平坦なだけで男と言うには俄に信じがたい。
源太郎の意図を察した茅は自ら裾に手を入れ、白い布まで取って、裾を捲る。
「お、おい!」
「これで信じて貰えますか」
裾の下には、確かに男のものがついていた。
「……」
茅の半裸姿が、あの少年と重なる。あの少年も、一見華奢でしなやかな線を持ちながらも、正真正銘の男だった。
「……」
今度は茅も黙った。源太郎の下腹部を見詰めながら、傍らに座る。
「……!」
いつの間にか源太郎自身は反応している。しかも、押し上げた布は濡れたままだった。
「違っ、これは」
「私の裸、起たせちゃう程魅力的ですか?」
「違うだ!」
「はっきり言わないで下さいよ。傷付きます」
「違うって!」
「さっきから違うしか言ってないですよ」
「……これは、寝てる時にやっちまっただ」
「じゃあ、これは?」
茅はつん、と指で布を押し上げた先端をつついた。
「お茅の体見て、さっきの夢、思いだしちまって…。お前自身に欲情したとか、そんなんじゃねえから!」
茅は目を大きくさせて、口を尖らせた。源太郎にとっては茅を安心させる為の言葉だったのだが、茅は不服なようだ。
「本当にはっきり言いますね。まあ、源太郎様が私自身には興味がないのは気付いてましたけど。でも、私の裸見てってことは、その欲情した夢の中の相手も男ってことですよね?」
「へっ?」
「図星ですね。分かりやすい。どんな人なんですか?私と似てますか?」
「いや、顔はあんまし…」
「そうですか。じゃあ、似てるのはこっちかな?」
茅は帯をほどいて、前を開けた。更にあの少年を彷彿させるような、細い腰付きが現れる。
「だから、肌を出したら駄目だっ」
「男なのに?」
「うん…。いや、お前がその辺の男みたいだったら良いけども、おら、恥ずかしくなっちまうだ」
源太郎は茅から顔を背けた。
「夢の人と似てるから?」
「うん」
「私、恥ずかしいって気持ち、よく分からないんです。もう、こっち見ても平気ですよ」
振り返ると、茅は既に前を閉じ、帯を結んでいた。
「人は恥じらいを持っていた方が良いって言いますよね。なので、たまに恥ずかしいふりをします。上手く出来た時、相手は喜ぶんです。でも、今、源太郎様が恥ずかしがって、こっちを見てくれないのは全然嬉しくないです」
裾を捲り、帯に詰めて膝を出しながら、茅は呟く。茅の発言がどのような状況での事柄なのか、源太郎には分からなかった。
「あ、でも、源太郎様は着替えた方がいいです。私が男だから、見られることについてはもう平気ですよね?」
茅は、源太郎の寝巻きと下帯を取ってしまった。まだ熱は収まっていない。
「話しているうちに、汗、引いてしまいましたね。拭くのここだけで良さそうです」
「や、止めるだ!」
「汚れを取るだけですって」
「今、触らんでくれ」
「でも、辛そうですね。私が抜いてあげます」
「なっ…」
源太郎は思わず茅の肩を突き飛ばしてしまった。細身の体は大袈裟に転がり、小振りな尻が剥き出しになってしまった。
「すまね。大丈夫か」
源太郎は布団から出て茅の元へのろのろと摺り寄った。茅はむくりと起き上がると、また不機嫌な顔をする。
「頭と背中打ちました」
「悪かっただ。お前、小さいのに、加減が分からなくて」
「そんなに私に触られるのが嫌なんですか?」
「お前が嫌とかじゃないだよ。ただ、こういったことはやっぱ抵抗があるだ」
「私しかいないんだから仕方ないじゃないですか!風邪引かれたらこっちだって困るんですよ!早く布団に戻って下さい!」
茅は立ち上がると、源太郎の下帯と寝巻きと自分の草履を拾い、土間へ降りた。鍵を開けて家を出る。源太郎は体を引きずるようにして布団に戻った。気付いたら、下半身は萎びていた。
茅は濡れた手拭いだけを持って戻ってきた。
「大人しくしてて下さいね」
「ん」
源太郎は口を閉じて堪えた。冷たい布が股間を数往復する間も、下帯を巻かれる間も、茅の動作は淡々としていて、すぐに終わった。
「替えの寝間着、あります?」
「いいだよ、これで。殆ど包帯巻いてるし」
「そうですね。あの、お腹空いてません?」
茅は、荷物から葉の包みを出した。
「山菜おこわ作ったんですけど、余っちゃって。明日には腐っちゃうし、勿体ないから持ってきたんです」
「貰うだ」
茅が広げた包みには、握り飯がのっていた。源太郎は一つ手に取り、口内の傷に当たらないように、少しだけかじってゆっくり噛んだ。
「うまい」
「良かった」
茅はほっとしたように微笑み、もぞ、と足を動かして膝を開いた。正座がどうにも疲れてしまうようだ。
「おらしかいねえから、崩して大丈夫だ」
「ほんとですか?」
茅は遠慮せず胡座をかく。下帯を外したままなのもあって、きわどい光景になった。
「なあ、なして、女のふり、してるだ?」
「え?」
「見てくれはおなごだけど、仕草見たらやっぱり男だよ。大変じゃないだか?」
「ああ。それは、かか様の世話もしなきゃならないので、女の方がいいかなって」
「それだけか?」
「あー、あと一応、田子作って人の恋人ってことになってるんですよね。急に家に入り込んでも不自然じゃない設定にしなくちゃならなくて」
「設定?」
「はい。何でこんなまどろっこしいことしてるかと言うと、信長様が貴方の恩に酬いる為なんですよ。本来なら、小姓に手を出した連中を痛め付けて殺して終わり。でも、恩人の貴方があんまり連中の家族のことを拘ってたから、私はここへ来たんです」
「忠介たちの世話をする為にか?」
「はい。設定はこうです。本能寺から小姓を匿い庇護した百姓の若者たちは、その勇姿を買われ、大名に仕えることになった。小姓をいいようにしてた連中が……傑作ですよね」
茅は吹き出したが、源太郎の真顔を見て気まずそうに咳をした。すぐに続ける。
「そして、そのことを知っていた田子作の婚約者の私は、健気にも田子作の家で家族の面倒を見ながら、田子作を待つことにしたんです。田子作は、落ち着いたら私たちを向こうへ呼んでくれるって約束してくれた。そんな設定です」
「みんな、納得しただか?」
「はい。私も最初、本人からでなくそんなこと言われても信じないだろうなと思ってましたが、信長様のお付きの人や、私の先輩がお金やら食料やら反物やらを持参して丁寧に説明したら、結構あっさり信じていましたよ。他の家の人は分からないけど、まあ滞りなく終わったんじゃないですかね」
「他の家にも、お前みたいな世話人が入るだか?」
「いえ、他の家の人は生活費さえあれば大丈夫のようなので。病人と幼子しかいないような家は田子作だけみたいで」
「そうだか。でも、そのまま会えんくなったら、心配しねえか?」
「間を見計らって戦死した設定にして、また便りとお金を送るそうです」
「そ、そげんことになったら、またみんな傷付くだ」
「それは仕方ないですよ。もう死んじゃったんですから。名誉ある死にされているだけ、感謝すべきです」
茅は少し強めの口調で答えた。本当に、田子作らはもういないのか。殴られた傷がずきずき痛む。
「源太郎様」
茅は源太郎の元ににじりより、顔を近付ける。
「いでっ」
包帯の上から、細い指で源太郎の頬をつついた。
「あのね、これがどれだけのことか分かってます?織田信長が、いち百姓でしかない貴方を慮った上での施しなんですよ」
「えっ」
「えっじゃないでしょう。あんな連中、痛め付けて殺された後、無惨な姿を見せしめに晒されたって当然です。けど、信長様はしなかった。それだけでなく、残された家族が路頭に迷わないようにしてくれたんですよ。たかが、いち百姓の貴方の為に」
「おらの…?」
「そうですよ。まあ、信長様にとってその小姓がそれだけ大切で、それだけ見付けてくれた貴方に感謝してるってことですよ」
「すまね…。おら、信長様の気持ち、汲み取ったつもりでいただ。だが、やっぱり、これからのこと考えると…」
「暗いことばかり考えないで下さい。それとも、あの連中がやらかしたこともひっくるめて、全部家族に伝えた方が良かったですか?」
源太郎は首を横に振る。
「貴方が優しい人ってのは聞いていましたが、私の想像を越えていたので少し面倒ですね。でも、忠介様たちには、きっと貴方は支えになる。協力して頂けませんか?」
茅は、真面目な顔をして源太郎を見詰めた。源太郎が頷くと、茅は優しく笑って、もとの位置にまた腰を下ろした。
「この話はお仕舞いです。他に聞きたいこと、あります?」
「ああ。お前のことだ。お前、一体何者なんだ?信長様の家臣だか?」
「いいえ。私は、もともと安馬田の城にいました。領主の鬼河原一文様に仕える忍びの男が、私の主でした」
予想外の返答に源太郎は言葉を忘れ、目を丸めた。茅は気にせず続ける。
「主と言っても、私は捨て子で、顔がまあまあだったから、その人に拾われたんです。城には外交手段や資金調達の為に体を売る少年達がいました」
「え?じゃあ、まさかお茅も?」
「はい。忍びとしての教育も受けましたが、褥で男の人の相手をすることの方が多かったです。そうは言っても私、忍びとしての才がないだけで、特別床上手な訳でもないのですが」
茅は体制を変え、膝を抱えて膝小僧に顔を埋める。
「中には何の取り柄もない癖に男娼として生きるのが嫌で、逆らって薬漬けの色狂いにされた子もいました。私は逆らう気力もなく、うだつの上がらない毎日を送っていました。でも、私ももう十九です。このまま何となく過ごして、若さも失っていたら、私の未来はもうない。私の周りには私みたいな中途半端な人間はいなくて。一人前の忍びになったり、他所へ行ったり、体を壊して若いまま命を落としたり…」
想像以上に、この少年の生い立ちは厳しいものだったらしい。源太郎は茅の頭を撫でた。
「そげんことないだよ。お前は器量が良いし、力もあるし、身軽だし、飯だって上手に作れる。全然半端もんじゃねえ」
「この程度では半端ですよ。でも、こんな私だから、白羽の矢が立ったんです。私の主は言いました。忍びとしても男娼としても中途半端で、野心も志もない私になら安心してこの任を任せられる、と。私の任は気の毒な家族を守り、不幸にさせないことでした」
茅は顔を上げた。
「一瞬、主に見放されたと思いましたけど、すぐに自分にとって幸運なことだって気付きました。ここになら、私の未来がある」
「そうか。おらもお前なら、上手くやっていけると思うだよ」
「本当ですか?」
「ああ。忠介だって、あんなになついてただ。家族になれる」
「家族かあ…。いたことないから分からないけど、なれるといいなあ」
「なれるだよ。だが」
源太郎は茅の脚を指した。
「そげん格好してたら、すぐに忠介たちにも近所の連中にも男だってばれちまうだよ。したら、田子作の恋人ってことにはならなくねえか?」
「そうですね、でも、実際、男に手を出すような奴じゃないですか。私が恋人でも、問題なくないですか?」
「だが、田子作は、女好きで有名な奴だっただ」
「女好きね…。そんな男が執着する程だから、拐かされた小姓はよほど可愛いんでしょうね」
「ああ。お前とちっと似てる」
「私と?」
「男の割りに細っこくて、おなごにも見える。まあ、顔は似てねえけど」
「似てるのはこっちですよね」
茅は身を乗り出し、膝を立てて源太郎の目の前に来た。近すぎて顔が見えない。見上げようとすると、茅は再び浴衣を脱いだ。
「お茅?」
「さっき、夢で見たのって、その小性ですよね?どんな夢見たんですか?」
「…っ」
茅は源太郎の手から握り飯を取ると、源太郎の肩を掴み、仰向けに倒した。
「答えないと襲っちゃいます」
「襲うって…!」
茅は源太郎の下帯に触れると、股間を被う表面を撫でた。
「何するだっ、止めろ!」
「教えてくれたらやめてあげますよ。で、夢に見て射精までしちゃった相手って誰のことですか?」
「そうだ、その小姓だっ。離せ!」
「…どんな夢、見たんです?」
「…そげん、お前には関係な…っ」
ぎゅっと握られる。
「じゃあ、襲っちゃいますよ?」
「わーっ」
裸の茅が源太郎の下半身に跨がり、桃尻を押し付けてきた。
「言う、言うだよ!おら、その子を夢の中で女にするみたいに抱いただ!」
「源太郎様も男が好きなんですか?」
「違うだ、だのに、夢の中に出てきて、おら、その子のこと…」
「惚れちゃいました?」
「違う…、きっと、可愛かったから、欲情しただけだ。おらは、最低の奴だ」
「どうしてですか?」
表情を一転させ、茅が心配そうに見つめてきた。
「傷付いた相手をそんな風に見ちまっただ」
「でも、源太郎様はその子を救ってあげたじゃないですか。最低なんて言ったら源太郎様が可哀相です」
茅は源太郎の上体を起こすと、腰に股がったまま源太郎を胸に抱き、頭を撫でた。
「私は会って間もないけど、貴方が優しい人だと知っています。私が会った人間の中でも、一番優しいです」
薄い胸から、茅の心音が聞こえる。幾分早く感じた。
「あ、ああ…。有難う、お茅。もう自分を最低とは思わないから、下りてくれねえか?」
「重たいですか?」
「いいや。でも、この体制は変だよ」
「……」
茅は源太郎の腰に跨いだまま動かない。
「お茅?」
「源太郎様、私を抱いてもいいですよ。夢の中で小姓に、女にするみたいに抱いても」
「はあっ!?」
返答に驚いて、源太郎は顔をあげると、茅が唇を寄せてきた。源太郎は、咄嗟に掌で茅の口を塞ぐ。茅は驚いた目を見開いた。
「駄目だよ、そげんことは、好きな奴とするもんだ」
茅は源太郎の手を取った。
「私は源太郎様が好きですよ。源太郎様は、私が嫌いですか?」
「嫌いじゃないだよ。お前はいい奴だし、好きだ」
「なら、良いじゃないですか」
「駄目だ。この場合の好きは友達に対するみたいな意味で、こげんことする好きじゃねえ」
「好きにも種類があるんですね」
「あるだよ」
「どうしたら、そういった風に好いて貰えます?」
「気付いたらそうなってるものだから、好きになろうとしてなる訳じゃないだよ」
言葉の途中、小姓の少年の姿が過った。戸惑いを悟られないように、茅に笑顔を向ける。
「きっと、今にお茅にだって分かるだよ」
茅が切なそうな目をして、源太郎の体から降りた。茅は下帯を拾い、腰に巻いた。
「お茅、怒っただか?」
「いいえ。源太郎様に拒まれて、悲しいと思っています」
「悲しがること、ないだ。おら、お前とは友達になりたいと思ってる。抱くことは出来ないけども、お茅が新しい家族と幸せなれるように、協力する」
「源太郎様…」
茅は浴衣を着て、また源太郎の眼前でしゃがんだ。
「じゃあ、また明日の夜中に、来ても良いですか?」
「いいだよ。でも、お茅は寝なきゃならねえ」
「小さな子と昼寝をするので、夜眠くないです」
「分かった。おらも怪我が治るまでは夜寝れねえだろうし、お茅を待つだよ」
「怪我が治ったら、忠介様たちに会いに来てくれますか」
「勿論。忠介とももう約束してるだ」
「たまに、夕飯を一緒に食べてくれますか」
「うん」
「私が困ったら、助けてくれますか」
「おらに出来ることだったら、何だってするだよ」
茅は安堵したように笑った。
「じゃあ、今日は帰ります」
「気を付けて帰るだよ」
「はい」
茅は囲炉裏の火を消した。部屋が暗くなり、茅は源太郎の体に布団を掛ける。
「大事にしてください」
「有難う。気をつけるだよ」
「はい」
茅はまた窓をよじ登って外へ出ていった。
源太郎は包帯を巻いた自分の手を見詰めた。これで良かったのかは分からない。けれど、田子作らは自らの命でしか罪を償えなかった。少年を取り戻した信長は、源太郎に誠意を見せてくれた。源太郎は、ゆっくりと指を曲げて握りこぶしを作った。やはり、まだ痛む。
眠ろう。そして、早く回復しよう。源太郎は瞼を閉じた。窓の隙間の月明かりだけが、僅かに眩しい。
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