拾弐
光郎にとって長い一日だった。
ずっと夜道を照らしてくれていた月明かりの存在に気付いたのは、目的地に着いて一番会いたい人が顔を見せてくれた時だった。
「お早いお戻りで」
長興が信長に歩み寄ると、信長は馬から降りて、手綱を長興に預けた。
「お蘭は?」
信長の返しに、先に長興に対する労いの言葉をあげれば良いものを、と光郎は思った。長興は、「まだお休みになっております」と答えた。
「風呂を沸かしましょうか」
「良い。もう寝る」
信長は振り返らず、屋内に入って行った。光郎は、信長の後ろ姿を見送る主の華奢な背中を見詰めた。馬から降りて、手綱を取る。すると、長興がくるりと振り返った。朝に戻ると伝えていたからまだ眠っていたのだろう、寝巻きの薄い浴衣一枚で、髪も下ろしたままの姿だった。
「光郎、ご苦労だったな。具合は平気か?」
「はい…」
数刻前の出来事が甦り、また景色が暗くなった気がした。
「…う、……光郎」
「はい…?」
「上の空だな、先から呼んでいるのに」
いつの間にか新しい部屋へ通されていた。布団が一組だけ敷いてあり、畳まれた寝間着が置いてある。
「申し訳ありません、此方は…?先とは違う部屋みたいですが」
長興はため息をついて、光郎の傍らに腰を下ろし、膝を畳んだ。
「私達が休んでいた部屋は蘭殿が寝ていると言ったであろう?」
「あ、さようで…」
光郎は主に対して気のない返事をしてしまった。長興は怒ることもなく、笑顔で光郎の顔を覗き込む。
「光郎、風呂に入るか?背中を流してやろう」
「いえ…」
「では、もう眠るか?」
「いいえ」
長興が笑顔を止めて、光郎の手を握った。
「やはり、優しいお前には辛い任だったのだな」
「はい…、けれど」
光郎は長興の細身を胸に抱き止めた。
「お館様のお気持ちも…」
「そうか、お前は本当に優しいのだな」
長興は子をあやすような動きで光郎の頭を撫でた。段々、光郎の心が溶けて、言葉が溢れる。
「全員で八人いました。一人を除いては、死の覚悟が出来ているはずもありません。けれど、己の快楽のためだけに無抵抗の少年を、死ぬよりも辛い目に遭わせた人間です」
「そうだな。そんな連中、自身が一番可愛いに決まっている」
「痛みにおののいて、命が惜しいと抵抗して、惨めで惨たらしい様で、必死に、許しを請うて」
「光郎、お前が気に病む必要はない」
長興が額に口付けてくる。
「けれど、一人だけは、痛みに耐えながら、雑言を吐き続けました」
「どんなことだ?」
「己が蘭丸様にした、仕打ちの数々を、私は、恐ろしくなりました。けれど、信長様は、感情に任せて一思いに殺したりなど、そのような生易しいことはしませぬ。男の言葉に耳を傾けたまま…。けれど、私が一番恐ろしかったのは、貴方様が同じような目に遭ったらと、考えてしまった時です」
「大丈夫だ、お前が傍にいる限り、私はかような目に遭うことはない」
「そうで御座いますね」
「そうだ、光郎。もう眠ろう。一緒になら、怖い夢を見ることもない」
長興は、立ち上がると、手を差し出して光郎を促す。
「着替えよう。手伝ってやる」
「いえ、お手を煩わせる訳には…」
「私は元小姓だ。煩わせる程のこともない」
長興が慣れた手つきで装備を外していく毎に、身が軽くなってゆく。
「随分と手際が良いですね。私よりも」
「当たり前だ。私を誰だと思っている?」
「信長様の最愛の小姓…」
「今は、光郎の最愛の主だ」
光郎は、下衣を残して上半身裸になった。長興が腰紐をほどき、ずり下ろす。光郎の足から服を抜き、下帯一枚の姿になった。
「違うのか?」
「違いませぬ」
そう答えると、長興は光郎の首に腕を回して唇を寄せてきた。背伸びをして腰の位置を上げながら、下腹部を押し付けてくる。欲求の合図かと思い、手を伸ばして尻を撫で上げると、長興は光郎の手を握り、遮ってしまった。
「今宵は、私がお前を慰める。良いな?」
「はい」
「いい子だな」
長興が下帯に手をかける。
「あの、やはり風呂へ…」
「今更か?却下だ。ああ、もう硬い」
楽しそうに笑いながら、長興は一物を取り出し、先端を繊細な指でなぞる。
「ああ、また硬くなった」
長興は懐から見覚えのある紙の包みを出した。
「お前、随分持ち込んでいたな」
言ってから、膝立ちになり紙を広げて中身をさらさらと口に含む。口を閉じたまま舌を動かし、掴んだままの光郎に食い付いた。
「くっ」
温かな粘りに包まれ、擦られた。
「長、興様っ…」
ぎゅっと根元を握られ、唇がちゅぽ、と音を立てて離れた。
「もうなのか?随分早いな」
長興の声が随分明るい。表情を確認すると、恍惚と目を細めて笑みを浮かべていた。
「私がこうしてやるのも久しいが、これじゃあ堪能出来ないではないか?」
「かようなことは…」
「そうか」
長興は再び濡れたままの剛直を呑み込む。粘膜の摩擦が卑猥な音を立てている。光郎は目を閉じて、感覚を貪る。心地よさに抗えるはずもなく、名残惜しさを抱いたまま果てた。長興は顔を上げ、上を向きながら口内のものを喉に流し入れていた。
「長興様、まだ飲みこまないで下さい」
長興が目を開ける。
「それで解して下さい」
長興は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに自分の掌に粘液を落とした。
「ここではお辛いでしょう?布団の上で、膝をついた方が楽かと」
光郎は布団の上で四つん這いになると、足の間をその手でまさぐり始めた。光郎は背後から長興の浴衣に手を掛け、裾を捲る。
「裾を抑えていますから、拡げて、見せて下さい」
「…お前と言う奴は…」
「慰めて下さると仰いました」
長興は腰を上げて、片方の尻肉を掴むようにして、奥の窄まりを晒した。息を吐きながらゆっくり指を埋めてゆくと、小さな肉襞が拡がり、縁の赤みが濃くなってゆく。
光郎は固唾を飲みながら、その姿を見守った。自分が何度も貫いていた孔は、細指さえも抵抗を見せる程に小さい。長興は拡げる為に縁をなぞるようにして指を回してから、二本目をゆっくり埋めると、ぐぷっと大袈裟な音を立てた。
「もう良いか…?」
問い掛けに我に返る。光郎は興奮を悟られぬように答えた。
「貴方様の細指ではまだ足りませぬ」
はあ、と長興は息をつきながら、薬指を押し入れ、指を回した。
「痛くはないのですか?」
「ああ」
「随分と手慣れておられる」
光郎が長興にこんなことをさせたのは初めてだった。光郎が長興を抱く時はいつだって光郎自らが丁寧にこの孔を解している。
「自分でしたのは久しいな…」
長興は指を抜き、光郎に向き直る。浴衣を開いて肩から滑り落とすと、光郎の口を吸いながら体を仰向けに倒し、腰に跨がった。
「お館様にもな、数度見せたことがある」
腰を浮かせながら光郎自身を握り、後孔に先端を添え、ぐぷっと音を立てながら狭い体内に押し込んでいった。
「お館様にもですか?」
「ああ、私にこんなことをさせたのは、お前だけではない」
主の中は温かく、窮屈で心地良く、光郎は下腹に力を込めた。引き締めた腹筋に、長興はぬるぬるとした掌を置き、光郎の腰にしゃがむ。膝頭が震えていた。
「気持ちいいですか…?」
光郎は長興の腿に手を添え、熱い頬に触れる。長興は頷いた。
「けれど、それでは駄目なのだ、今日はお前にしてあげたい…」
「可愛いことを仰いますね」
「主に向かって可愛いとは何だ」
「申し訳ありません」
むくれて尖らせた唇を撫で、薄い胸板を通って腰をさすり、かたかたと震える腿に手を添えた。
「支えていますから、して下さいますか?」
「ああ…」
長興が腰を浮かすと、ぬぷぷと音を立て、根元が晒された。そして、腰を落としてまた嵌める。さほど早くもない動作で繰り返す。内側が擦れる度、長興の美しい顔は快楽で歪んでいた。
「奥、指で、触れないようにされましたね」
「…気付いていたのか…?」
「ええ。でも今は、中で当たると、長興様は辛そうな顔をなさっています」
「このままでは、私の方が先に達してしまいそうだ」
「かまいませんよ?」
「あっ」
光郎は、自ら腰を突き上げた。長興は刺激で崩れかけた体を支えようと膝に力を込める。
「一度口でして頂きましたし、長興様の達した様を見るのも好きですし」
「ん、あっ」
光郎は上下に腰を弾いた。長興の体は激しく揺れ、髪を振り乱す。長興は声を抑えようと懸命に唇を噛んでいたが、この肌の摩擦音は消せようもなく、小さな部屋に響いていた。
「うっ…」
内部ごと痙攣すると、熱い粘液が光郎の腹に落ちた。長興は崩れそうな体をぎりぎりで保ちながら、荒い呼吸で白濁を見下ろしている。目尻が切なそうに下がっている。自分が先に達してしまったことが悔しいのだろう。光郎は、上半身を起こして、長興を抱き寄せ、顎に手を添えて唇をうっすら撫でた。
「良かった、切れておりませぬ」
「え?」
「あまり強く噛んでおられるから、急がねばと思いまして」
長興は笑った。光郎は耳元で囁く。
「次からは、私が唇で塞いでも?」
長興は、光郎の肩の上でこくりと頷いた。掠めた耳が熱い。
「光郎、声はどうとでもなるが、この音は…」
「どうにもなりませんね」
顔を上げ、腫れた長興の唇を吸いながら、繋がったまま体をゆっくり倒した。仰向けになった長興の肌を舌でなぞっていく。汗の味と、体液の匂い。弱点に当たる度、長興は腰をもじ、と揺らし、密着した肌を擦り当てた。
「すまぬ…」
「何を謝られるのです?」
「結局、私ばかりが求めている」
「かようなことを気にされて、愛らしい方ですね」
良かった、こちらもまだ求めてくれている。光郎は長興の膝を担いで、腰を押し付けた。前後運動と合わさった激しい肌のぶつかり合いと、淫らな粘膜の擦れ合いと長興の喘ぎが重なり、派手に規則正しく響く。
「あ、あぁ、ぅあっ」
また長興の肌が震え始めた。二度目の絶頂が近くなり、光郎は、腰を引き、先端だけをうずめたまま動作を中断した。
「光ろ…」
長興が掠れ声で呼ぶ。光郎は額にかかる汗を拭った。
「この幸せを、見せ付けたいです」
光郎は体制を変え、長興の体を引き寄せた。きっと、見せ付けなくても知られている。この小部屋では二人が重なる形跡が溢れ出てしまっているから。
「光郎…」
長興が、光郎の背に腕を巻き付けた。
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