妄想、愉悦。


拾肆


   


 この夢を見るようになったのは、いつの頃からだろうか。もう、何度となく繰り返しているせいで、他の誰かが見れば地獄絵図のようなこの光景も、特別なものではなくなっていた。
 其処に己の姿はない。目も足もない筈なのに、眺めることも、歩くことも出来、今宵も同じように散策している。
 血の池に、体の一部を失った連中が此方を見ていた。血で汚れた見知った旗印を一瞥し、通り過ぎる。
 炎が立ち込める。肌を焼き、息苦しそうに悶える人々は、此方には気付く気配がない。ありもしない足を止め、目を開いて探してみるが、その中には信忠も、濃姫も、力丸の姿もなかった。安堵に似た思いを抱き、通り過ぎる。
 磔にされた者達の濁った目に追い掛けられ、骨と皮だけになるまで痩せ細った人は擦り切れた歯で骨を喰んでいた。その視線や音は、暫く経っても絡み付いて取れない。存在しない腕で振り払い、また歩き出す。新たな空間の、違った惨状を目撃しては、通り過ぎて行く。
 ……

 加わった新しい景色は、薄汚れた板間だった。その中に、蘭丸が横たわっていた。髪は解け、みすぼらしい帷子を着ていた。蘭丸の意識はなく、瞼は閉じられていた。名を呼ぶが、存在しない声帯からは音が出ることはない。いつの間にか数人の若い男が蘭丸を取り囲む。男達は腰を下ろし、中心の蘭丸に手を伸ばした。再度、声かけを試みるが叶わず、蘭丸は目覚めない。
 一人に乱暴に前髪を掴まれ、蘭丸は目を開けた。見たことがない程に、瞳は虚ろだった。肌を晒されても、脚を開かれてもその色が変わることはなかった。また名を呼んでも、蘭丸は反応を返さない。すると、貫かれた瞬間、蘭丸の瞳に光りが射し込んだ。

「うあっー!」

 同時に、絹を裂くような悲鳴を上げる。光の正体は、蘭丸の涙だった。囲った連中が残酷に笑う。

「信長様!信長様ぁ!」

 腕や肩を抑え付けられながら、蘭丸は名を呼んだ。卑しい笑い声と共に、耳に届いていた。






「信長様…!」

 蘭丸が此方を見下ろしている。

「目覚められましたか?」

 目の下を指で拭われた。信長は身を起こす。随分、汗をかいて、不快な感触が残っている

「魘されていましたよ」

 蘭丸が顔を近付けて、額同士をぴたりと当てた。まじまじと眉間に皺を寄せている。

「熱が下がりませんね。汗を拭いて着替えましょう。食欲は御座いますか?」

「ない」

「少しでも召し上がっていただかないと」

 信長は其処に存在する己の掌を見詰めた。

「信長様?」

 蘭丸が不思議そうに覗き込む。その手で蘭丸の頬に触れ、引き寄せた。蘭丸は肌を赤らめて、見つめ返してくる。輝く澄んだ目をしていたが、濡れてはいなかった。

「…夢を見ていた」

「夢を?」

 蘭丸が表情を変え、膝を立てると、信長の頭を胸に抱いた。

「嫌な夢だったのですね。けれど、こちらが現実です」

 蘭丸の心音、温もり、匂いに包まれる。信長はもう一度目を閉じた。

「現実、か。夢に引き込まれたのは、子供の時以来だ」

 瞼の裏に、あの情景が甦る。しかし、今は蘭丸の腕の中にいる。腕の中で、見上げる。髪も服も乱れてはいない。

「信長様…?」

「何か食べたか?」

「え?」

 信長の唐突な質問に、蘭丸は不思議そうに目を丸めた。

「ええと、信長様が目覚めるまで待っていようと思…」

 言葉の途中、信長は蘭丸の顎を掴んで強引に引き寄せ唇を塞いだ。間近で蘭丸は目を見開いて、すぐに睫を伏せた。

「ん、んん…」

 舌を忍ばせ、口内を擦り立てると、蘭丸は息苦しそうな声を漏らした。段々と体温が上昇し始め、睫が湿り出してくる。蘭丸が信長の袖を掴むと、信長は蘭丸の肩に手を置いて身を離した。

「信長様…?」

 蘭丸の頬は赤らみ、瞳は期待で濡れていた。信長は強引に蘭丸の襟を開いた。素肌から白い布が見える。

「長興様が、巻いて下さって…」

「外せ」

「え?けれど…」

 蘭丸は戸惑った顔をしたが、すぐに「はい」と頷いて、背を向けて服を脱ぎ始めた。一枚一枚丁寧に布を剥がしてゆき、下帯と足袋を残して服を全部取ると、包帯をほどき、最初は腕をそして胸を覆う布もくるくると外してゆく。
 後ろからでも蘭丸の肌が赤らんでいるのが分かる。信長は蘭丸の背中の傷に唇を寄せた。

「あっ」

 軟膏の苦さに塩味が加わり、盛り上がった赤い箇所に舌を押し付けると蘭丸の体はびくりと揺れた。

「くっ…」

 蘭丸は痛みを受け流し、腿の包帯を外している。信長は両手を蘭丸の脇から通して胸に置き、自分の方へ引き寄せた。掌の下で突起が熱を持ち、腫れていた。

「痛…っ」

 指で挟んで摘まみ上げると、蘭丸は信長の手を掴んだ。

「…痛みは平気です故…しかし、此処では寝床を汚してし…あぅっ」

 乳首を指の腹で転がすと、蘭丸の体から力が抜け、信長の手にただ手を添えているだけになってしまっている。

「これだけで、何故汚れるのだ?」

「…!」

 蘭丸は両手と膝でさっと己の股間を抑えた。信長は蘭丸の手首を取り、退かすと、ぶるんと陰茎が持ち上がり、桃色の先端から水滴を飛ばした。

「確かに、此れでは汚すことになるな?」

「すみません…」

 蘭丸は謝ってしまう。信長は、皺になった包帯を蘭丸の中心に巻き付ける。その間も、先端からはたらたらと雫を垂らしている。大人しくこの仕打ちを受けている蘭丸は、最後の結び目を作る時、「うっ」と小さく呻いた。

「此れで汚すことはあるまい」

 信長は指を乳首に戻し、蘭丸は腕の中でもじもじと体を揺らした。無意識なのか、尻を信長の中心に押し付けているような動きだった。信長は手を尻に伸ばし、割れ目の間の窪みに指先を当てた。まだ反応は見えず、表面を揉むようにして撫でる。

「んぅ…」

「怖いか?」

「え?」

 こんなに反応させていても、信長の指先を受け入れない。それでも、蘭丸は顔を左右に振り、返答する。

「殊勝なことよな…。後悔せぬか?」

「しませぬ…。蘭は、信長様になら、傷も痛みも…」

「そうか」

 信長は、蘭丸の背中を押して、足許から離した。蘭丸は膝をついて上体を伸ばした両手で支えた状態で振り返る。期待と不安を瞳に宿している。信長は、蘭丸の腰に手を置き、自身を取り出した。その時、濡れた先端だけが尻たぶをかすった。蘭丸の肌は、それだけでぴくりと反応した。まるで、待ち望んでいるかのように。

「行くぞ」

 蘭丸が息を飲み、吐き出した一瞬、搾まりが僅かに綻んだ。信長は、その間合いで一気に貫いた。

「うっ、ぐあぁっ」

 蘭丸の悲鳴は予想よりも大きく、信長は指を口に入れて遮った。歯が指に食い込む。蘭丸に埋めた箇所も、まるで歯を立てられているかのように強く締め付けている。蘭丸にどれだけ痛みを与えただろうか。先端を残して一気に腰を引く。接続部が裂け、血が滴っていた。そして、血を巻き込んでまた押し入る。滑りが悪く押し出してしまう程に抵抗しているが、信長は強引に蘭丸の中に押し入った。信長の指のせいで蘭丸の悲鳴は口内で消えている。
 まだ数度の往復のうちに、部屋の外から足音が聞こえた。部屋の前でぴたりと止まる。

「蘭殿?大丈夫か?」

 長興が声をかける。蘭丸の悲鳴を聞き付けて心配したらしい。

「長興か」

「お館様、お目覚めでしたか」

「うむ」

「失礼しても宜しいでしょうか?」

「入れ」

「はっ」

 すっと戸が開く。長興は、数年前までは信長の小姓を勤めていた。何度もこんな状況を目にしている。本来ならば説教の一つでもしそうな状況だが、信長の顔を見て、視線が合った瞬間、長興は唇を結んで言葉を飲み込んだ。

「どうした」

「朝餉をと…」

「うむ。風邪を引いたようでな…水菓子はあるか?」

「直ぐにご用意を」

 長興が戸を閉めたのを見計らって、信長は抜き挿しを再開した。繰り返すうちに、段々と抵抗が弱まりつつあった。

「お蘭、震えておるぞ。ここの中だ」

 信長は口から指を抜いて、蘭丸の下腹部に添えた。蘭丸は布団に顔を突っ伏して耐えている。信長は蘭丸の最奥を勢い良く突き、内側を擦り立てた。次第に、蘭丸の震えは全身に広がっていった。

「よう耐えたな…」

「うあっ…」

 信長は、蘭丸の中に放つ。一瞬、夢の光景が錯覚として目の前に広がった。そして、自身の奔流と共に押し出されて、歪んだ。

「……」

 目の前の、自身が犯している蘭丸は、錯覚と何が違うのだろうか。信長は、蘭丸の腹に手を回して、密着したまま胡座をかいた。蘭丸も信長の膝に座り込む体制になっている。

「うう…」

 蘭丸は全身で呼吸を繰り返し、肌の震えは止まらず、絶え間なく信長を締め付ける。

「お館様」

 戸の外で、長興が声をかける。「入れ」と信長が返すと、蘭丸はびくりと肌を揺らし、顔を背けた。

「食事をお持ち致しました」

 膳には二つの皿に、切った桃が載っていた。長興は確認しながら傍らに置く。

「直ぐにお召し上がりになられますか?」

「うむ」

 察した長興は皿を取ると菓子楊枝で桃を一切れ信長の口許に運んだ。甘く瑞々しく、爽やかに口内を潤してくる。
 変わらず蘭丸は、信長の膝の上で長興から顔を背けたまま、耳をそばだてていた。

「旨いな」

「ええ。季節のものですから」

 長興はそう答えて、もう一切れ差し出した。信長は蘭丸に身を収めたまま、短い食事を終えた。

「お館様、食後にこちらの丸薬を。熱冷ましです」

 長興は小さな包み紙を出すと、信長はそれを自分の手で取って口に放り、生ぬるい水で飲んだ。

「お蘭にも食わせてやれ」

 信長が長興に伝えると、蘭丸はびく、と驚いた様子で、長興に顔を向けた。長興は気まずそうな表情で、もう一つの皿に手を伸ばす。

「お腹が冷えてしまいます故、後で戴きます」

 蘭丸はそう言うと俯いてしまった。信長は、蘭丸の腹をさすり、うなじに鼻先を埋めた。

「やっ…」

「冷える?汝の中はかように熱いと言うのに…」

 蘭丸は快楽に抗う為に体に力を入れた。そんなに強く締め付けられては、鎮まったものもまた昂ってしまう。それを感じて、蘭丸は逃げ場を指先に増やし、敷布をぎゅっと握った。

「で、では、蘭殿の分はここに置いておく。何かありましたら、お呼び下さい」

 居たたまれない様子で長興は脱兎の如く部屋を出た。

「どうした?長興が邪魔だったか?」

 蘭丸は首を左右に振る。中で膨張する信長が苦しいようだ。信長は、蘭丸の腹を抑えたまま腰を打ち上げた。蘭丸の華奢な体が跳ね、着地すると階下の者に届いてしまうくらい大きく喘いだ。信長がその動作を繰り返す度に、蘭丸も声を立てている。初めは快楽を直に響かせていたが、段々と分かりやすく泣き声に変わって行った。まるで、幼子のそれのようだ。

「どうしたのだ?」

 信長が動作を中断して訊ねると、蘭丸は何も答えず変わらず泣きじゃくっていた。

「傷が痛むのか?」

 蘭丸は首を縦にも横にも振らない。

「犯された記憶が甦ったか」

 こんなにも残酷な質問も、蘭丸の反応は変わらない。

「縛られたままで辛いのか」

 そもそも、蘭丸の両手は空いているのだから、ほどくことも出来る。性格上出来ないのも知ってはいるが。

「また、長興に嫉妬したのか」

 蘭丸はまだ嗚咽を続けていて、そろそろ呼吸も怪しくなっていた。信長は、前屈みになって腰を上げ、自身を引き抜いて蘭丸の体を仰向けに寝転がした。縛りつけた包帯を緩めると、体液が堰を切ったかのように溢れ、蘭丸の胸や顔にまで届き、白く汚れた。蘭丸の顔は真っ赤で、涙はまだ止まらず、息継ぎもおかしい。信長は、蘭丸の口を塞いで、息を吹き込む。

「お蘭、ゆっくりするのだ」

 声をかけて、もう一度口を塞いで繰り返した。蘭丸は、信長に合わせるようにして、すうっと深呼吸をした。

「そうだ」

 徐々に調子を取り戻すと、蘭丸は薄く目を開いて信長を見つめた。

「全部です…」

「何がだ?」

「傷が痛いのも、辱しめられた恐怖が過ったのも、縛られて苦しかったのも、長興様に嫉妬してしまったのも、全て…」

「そうか。辛い思いをさせたな」

「けれど、蘭は、信長様に与えられるものは、全て受け止めたいです。それが出来ないのが、悔しくて、情けなくて…」

 全て。しかし、この細身な体も、あまりにもたおやかで、脆い。そして、深手を負った心だって、まだまだ傷は塞がっていない。深くしたのは己自身だ。

「もう、大丈夫ですから、信長様…」

 それでも、蘭丸は信長の為に分かりきった虚勢を張る。

「では、口を開け」

 蘭丸は従う。白い歯と桃色の舌が見える。信長は、其処に長興が置いて行った桃を一切れ入れた。蘭丸は目を見開いて、不思議そうな顔をして噛んでいた。
 こくり、と嚥下していくのが見えた。

「甘いです」

「桃だからな」

「信長様」

 蘭丸は、起き上がって真摯な顔を信長に向けた。不思議だ。蘭丸が生真面目さを滲ませる程、可笑しくなってくる。信長は、吹き出してしまった。

「な、何故笑うのです?」

「汝が面白いのでな」

「蘭が?」

「ああ。ほんに面白い…。こんな傷を作った相手に、ここまでの思慮を向けるとはな」

 信長の笑う様を不思議そうに見つめていた顔が、慈愛に満ちた笑みに変わる。

「お蘭、先に言ったのは本当か?」

「はい。もう、大丈夫です」

「ほう。肉を食い千切っても、どんなに乱暴に犯してもか?」

「あ、あまり傷を作っては長興様に叱られてしまいますから、包帯の量が増えない程度に…それから…」

 蘭丸は言葉を探している。

「何だ?」

「ただ、繋がっているだけでは怖いので、他も、触れていて欲しいです」

「それは大丈夫と言えるのかの」

「すみません…」

「良い」

 蘭丸の頬に手を伸ばし、顔を向かせる。期待を孕んだ澄んだ瞳に、己の顔が映っていた。自分はこの少年の前で、こんな表情をしているのかと気付かされた。

「手加減してやる」

「お心遣い、感謝致します」

 信長は、蘭丸の額に唇を落とした。そして、睫や鼻先や頬に移動し、唇を通る。蘭丸が吸い返してくる。桃の味が残っていた。

「ん…」

 唇を解放し、首の鬱血を舐め、白い箇所には新たに己の痕跡を残していく。弱点に触れる度に、面白い程蘭丸の肌は躍動した。

「ああっ…」

 乳首が赤く腫れている。周りをそっと舌でつつきながら、快楽を誘導して、まだ体液が残った後孔へ移動した。

「うぅっ」

 じっくり確かめる為に蘭丸の両足を担ぎ上げ、指でくいっと拡げた。今は止まっているが、信長が入ればまた出血するだろう。信長は、指を一本ゆっくり挿し入れる。それだけで、蘭丸の内部はきゅっと反応を示す。もう一本滑り込ませ、二本指を内側で開くと、襞の裂け目から赤い雫が垂れた。

「痛むか?」

 蘭丸は羞恥で顔を隠していたが、信長の真剣な声に手をずらした。

「そんなに、痛くないです」

「ふむ…」

 信長は指を抜き、顔を上げた。収縮する孔に、自身の先端を添え、ゆっくりと挿入する。蘭丸は、羞恥と期待が入り交じった顔で信長を受け入れる。しかし、内部の弱点にぶつかると、すぐに表情が乱れた。信長は其処から一気に貫き、根元まで埋めた。

「あっあっ…」

 既に入り込んでいたこともあって、蘭丸の入り口は柔軟ではあったが、内部粘膜は、まるで吸盤でも着いているかのように、信長に食らい付き、離さなくなっていた。先に恐怖を与えながら交合した時とは異なる感触だ。

「くくっ…」

 思わず笑みが零れる。如何なる輩が侵入しようと、こうは迎えられまい。如何に蘭丸の体は素晴らしいか死に際に高説を垂れた下衆も、この感触は知らなかっただろう。
 信長は、うねった窮屈な中道に自身を刻む為に角度を変え、何度も穿った。蘭丸は、喘ぎを繰り返し、悶えながら信長を受け止め続ける。

「信長様ぁっ」

 途中、一際強い緩急が表れ、波立たせながら蘭丸は吐き出した。腹にくっつきそうなくらい持ち上がっていた為、また蘭丸は自分の顔を汚していた。信長は、体を前に倒し、顔を近付けながら抜き挿しを繰り返す。蘭丸の体は揺れ続け、表情は蕩けきっている。

「駄目ぇ、可笑しくなるから…!」

 射精を終えても内部の強い波打ちは途絶えなかった。ずっと味わってもいたいが、信長自身も既にぎりぎりの所まで追い込まれていた。

「お蘭…」

 信長が名を呼ぶと、蘭丸は腕を広げ、信長を抱きしめる。信長は、ありったけを捧げ、蘭丸の満たしてゆく。

「は、は…」

 自分でも可笑しくなる程、息を荒げていた。蘭丸は潤んだ目で信長を見詰めている。

「一度しか言わぬぞ」

 蘭丸の反応が鈍い。くっついていても蘭丸だけ膜に覆われているかのような、不思議な感覚だった。

「汝を取り戻し、信長は己をも取り戻せた。何故か分かるか?」

 ぱちん、と膜が弾けた。蘭丸は迷いながらも、照れくさそうに答えた。

「蘭が…信長様の、希望だからです」

「うむ。信長は、汝の知らぬ闇、穢れと共に生きておる。それは、幼き頃からだ。しかしな、時折、その闇に彷徨うこともある」

 体が火照って、汗が蘭丸の顔や体に落ちていく。額から流れた汗が目に入って、蘭丸の顔が滲んだ。蘭丸が手を伸ばし、信長の瞼の縁を静かに拭った。

「汝が、迷い子となった信長を引き戻した」

「信長様…」

 信長は蘭丸と額同士を合わせた。冷たくて心地良い。汗が止まらず、蘭丸の目の周りに雫が幾つも落ちる。

「信長には汝が必要だ。傍におれ」

 蘭丸の瞳が濡れ出した。大粒の涙が、輝きをより一層引き立てている。あまりにも綺麗で、ずっと見ていたかったが、蘭丸に首を強く引き寄せられて、敵わなくなった。息苦しい程に密着し合う。この細腕のどこから、こんな力が湧いてくるのか。

「熱のせいにするのはなしです」

 これだけ伝えても、まだ足りないのか。信長は、蘭丸に耳打ちした。

「せぬ、ぞ」

「蘭も、信長様を離しませぬ。ずっと傍で、信長様のお世話をして、どんなに優秀な後輩が来ようとも、年を取っても、居座り続けます」

「うむ」

 蘭丸の腕の拘束が強くなる。ぼんやりと褥の白と、艶髪の黒が歪み、混ざっていく。しかし、それはとても美しい模様で、信長を包み込んでくれた。





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