拾陸
信長が部屋へ戻って来たのは、清澄らが帰ってから一刻程過ぎた後だった。話し合いでもしていたのだろうが、蘭丸らが呼ばれることはなかった。
信長と入れ違いに、迎えに来た光郎と共に長興は部屋を出て行った。
「安土城は焼け落ちた」
二人きりになると、信長は言った。瞳に何も映さず、遠くを見つめながら。
覚悟はしていたが、やはりすぐには事実として受け入れきれない。数えきれない思い出の品も景色も、全て失ってしまった。
「お蘭」
信長がいつの間にか隣りへ座り、蘭丸の手を握った。
「城なら建て直せば良い」
蘭丸は笑顔を作って頷いた。
「また、天主から空や琵琶湖や城下を眺めたいです。信長様のお隣で」
「しかし、取り戻せぬものもあるな」
信長は、また遠い目をしながら蘭丸の髪を撫でた。失った家臣や家族を思い出しているのだろうか。
「明日、宿を出ると言ったが、汝はそのまま長可の元へ帰れ」
「え…?」
「暫し体を休めて…もう葬儀は済んでしまっただろうが、坊丸と力丸の墓参りもせねばな」
これは信長の気遣いだ。そんなことは分かっている。
「そんなの嫌です!蘭は信長様と共におります!」
「だが、長可も心配しておるぞ?顔を見せてやれ」
「ならば、兄上を呼び寄せれば良いのです。仕えていた信忠様が亡くなって、遣りきれないでしょう。きっと、いいえ、絶対、信長様のお役に立ちたいはず!坊と力だってそうです!墓参りは、生きていればいつだって出来るのに、何故お館様から離れるのだと、墓前の蘭を叱ると思います」
「そうか」
信長の目に蘭丸の顔が映った。
「信長様、私たちは、信長様の為に存在しているのですよ。父上や弟たちが殉じたのも、蘭が生きるのも、信長様の為です」
信長は、本来ならば相手本意の行動を嫌う。しかし、信長は何も答えずに蘭丸を抱き寄せた。促されるまま、向かい合って膝にのる形になると、信長は蘭丸の肩口に顔を埋め、息を吐いた。こんなに分かりやすく、信長が疲労を見せるのは珍しい。蘭丸は信長の背に腕を回した。
「汝には辛い思いをさせたな」
「いいえ。今はこうして信長様のお傍にいられて嬉しいです」
「……」
信長は顔を伏せたまま無言になってしまった。何を考えているのだろう。遠退いてしまった天下か、後継者のことか。ともかく、問題は山積みだ。立て直しはどれくらい掛かるのだろう。そして、またどれだけ多くの血が流れることになるのだろう。けれど、今は悩んでいても仕方がない。安土に帰り、仲間と合流すればどうしたって向き合わなければならないのだ。ならば、今は。
「信長様、暫しお休みを。蘭が傍におります故」
「嫌だ」
「何ゆ…」
返事の途中、眠りながら魘されていた信長を思い出した。そして、長興の言葉も。
「横になっているだけで良いのです。蘭の話相手をして下さいますか?」
「うむ」
信長が蘭丸の膝の上に頭を預け、横たわる。畳の上では背中が痛むのではないか気になったが、寛ぎ体勢を邪魔することも出来ず、蘭丸は会話を切り出すために懐に手を入れ、木の実を掴んだ。手を引くと、袖から紙の包みが落ちた。
「あっ」
蘭丸が声を荒げると、信長はつかさず包みを拾う。
「粉薬か?」
「い、いえ…それは、光郎殿が…」
「光郎に貰ったものか?」
「下さったのは長興様ですが、作られたのは光郎殿と窺っております」
「ほう」
蘭丸は赤くなった頬を両手で抑えた。信長はこれの正体を知っているのだろうか。
「何故、貰ったのだ?」
「……長興様が下さると仰いました」
「無理やり押し付けられたのか」
「違います、蘭も、興味があって…」
「熱心に見いっていたものな」
「何故知って…!」
偶然の出来事を、何故信長が知っているのだろうか。まさか、二人のどちらかが気付いて信長に伝えたとでも言うのだろうか。否、信長の洞察力と性格から、鎌をかけただけだろうか。
「見いってなんておりません。すぐにその場を退散致しました」
蘭丸の苦しい言い訳に、信長は口許を抑えたまま笑った。
「そんなことより、今は信長様はお風邪を召していて、休んでいただかないと…」
「熱を下げるには幾つか方法がある。薬を飲み、休息を取る」
信長は蘭丸の膝から起き上がった。紙の包みを開き、蘭丸の顎を持ち上げる。
「それから、汗をたっぷりかくことだ」
蘭丸は口を開く。さらさらとした粉が舌の上に落ちていく。粘りが強く、唾液が足りずむせそうになった。
「んむっ」
信長に口を塞がれ、唾液を流され、舌の摩擦で溶け合う。塞がれた口内が、淫らな水音を立てている。長興の部屋で漏れ聞いた音が、自分の中から生まれている。蘭丸は膝を擦り当てながら、中心に集まる熱を感じていた。
ぴちゅっ、と唾液だけでは鳴らない音を立てながら、信長が唇を離す。
「もう出来上がっておるのか?」
きらきら濡れた膜が、信長の唇を覆い、語り出す度に粘液が艶のある声を飾り付ける。
「光郎の通和散は独自で材料を選別し、配合していると言っていたが、僅かに催淫作用を引き起こす生薬も入っている」
「…!」
蘭丸は粘液を飲み込まないように、溢さないように口内に留め、掌で蓋をした。まだ口付けだけなのに、肌が熱く、鼓動も速くなっている。
「若い汝には少々効いてしまったようだな」
言葉通り、追い詰められている。こんな風ではまたすぐに陥落してしまう。蘭丸は、口を引き結んで信長の股間をまさぐった。察した信長が足を開くと、簡単に取り出すことが出来た。蘭丸はまだ柔らかいそれに粘液を吐き出し、手で擦った。
「凄い…」
ぬるぬるとしすぎていて、手淫の感覚があまりない。しかし、手の中のものは感触がはっきり変わってくる。蘭丸は、その行為に夢中になり始めていた。脈打つ熱や硬度に、蘭丸自身も連動するかのように腫れていってるのが分かった。
捕らわれている間は、蘭丸を傷付け辱しめるだけの凶器でしかなかったのに、しかも、信長の物は他の男よりも大きく、屈強な出で立ちなのに、信長の持ち物だと言うだけでここまで愛着を抱いてしまう。
「んっ…」
蘭丸が屈んで熱い楔を口に収め、触れた粘膜がぴちゃりと鳴る。少し塩辛さが加わった、信長の匂いがそのまま味覚となり舌に伝わる。これを欲しがっているかのように、浮かせた尻の割れ目の奥がひくついている。けれど、直ぐに移行しては蘭丸が早く潰れてしまうのは間違いない。蘭丸は喉奥に信長自身を迎え入れる。苦手な行為だが、粘液が負担を減らしてくれている。蘭丸は喉と手を使いながら長大な信長を締め付けた。えずかないように息を止めて、繰り返す。揺れる視界の中で、信長の綺麗に割れた腹筋がひくついているのが僅かに見えた。温かい水が零れ、怒濤の白濁が蘭丸の口内を満たして行く。蘭丸は受け止め、全て飲み込んだ。
「美味しい…」
蘭丸の呟きに、信長は目を少しだけ見開いた。何てはしたないことを口にしてしまったのだろうと蘭丸は我に返り、顔を手で隠した。けれど、本当に信長の精は美味しいと思った。捕らわれていた時、無理やり飲まされた時は嫌悪でしかなかったのに。
蘭丸は指の隙間から信長をちらりと見詰めた。まだ、萎んではいなかった。
「信長様…、蘭が致しても…」
やはり恥ずかしくて、誘い文句の一つも言えなかった。しかし、信長は優しく妖しい笑みで蘭丸を受け止めてくれる。蘭丸が信長の腰を跨いで擦りよると、危なげな腰や背に手を添え支えてくれた。
「……」
間近で見る信長のかんばせは、どこも整っていて何よりも美しい。特に深い瞳と、濡れた唇。
「ん…」
蘭丸はたまらず自ら信長の口を吸い、貪る。信長も応えてくれて、ぴちゃ、ぴちゅ、ちゅる、と、派手な水音と荒い呼吸音が室内に繰り返される。
「ふ、ぅ、あっ?」
信長が蘭丸の服の中に手を入れて、下帯の紐を解いた。足の間からまだ新しい布が落ち、それを退かすと軟膏と汗で湿った窄まりに指を押し当て、滑らす。蘭丸は、膝の力が抜けそうになり、信長の頭を抱くようにしてしがみついた。
「痛むか?」
「ああ…痛いのに、それ以上に、むずむずして…指よりも、もっと…」
蘭丸は、後ろ手でぬめる熱を掴んで、入り口に押し当てた。
「こっちが欲しいです」
「良いぞ」
信長の鼓膜を擽るような囁き。蘭丸はそれだけで中心が疼くような感覚に支配された。これを体に収めてしまったら、この頼りなく淫らな体はどうなってしまうのだろう。不安と遥かに上回る期待を抱きながら、蘭丸は腰を落とす。粘液に包まれた信長に触れると、つぷっと音がした。
「あぁー…」
まだ中途なのに、内部からの刺激で既に腰が砕けそうだ。そして、粘着音が体内から響いて、余計に気持ちも昂ってしまう。
「ん…」
腰をようやく着地させ、蘭丸は一息つく。こんなことでは信長を満たすことは出来ない。蘭丸は腰を上下に揺すって抜き挿しを始めた。
「ああっ…」
長興の部屋で聞いた、あの淫らな音が、自分と信長の間から漏れている。外の者にも聞かれているかも知れない。
「どうした、お蘭」
「え…?」
「随分嬉しそうな顔をしておるな」
「そ、そんなこと…」
信長に言われて、また一段肌が熱くなるのを感じた。
「あっ、ああ…!」
段々と昂められていた熱が、堰を切って迸る。信長と自身の肌を白く汚しても、まだ蘭丸自身は真っ直ぐ天を向いていた。光郎の通和散の作用のせいだろうか。
「汚してしまって、申し訳ありません」
蘭丸は、信長の口許に付着した白濁をぺろりと舐めた。まだ信長を満たせていない。蘭丸は、唇を離すと信長の上体を仰向けにゆっくり倒した。これで、もう少し自由に動けるようになる。
「んんっ…」
また尻を上げて抜き挿しを再開する。先よりも派手な水音に合わせて、蘭丸は激しく上下運動を繰り返した。
「あっ、ああ…」
弱点を擦り立てられて、声が抑えられない。信長はどうだろう。相変わらず熱く張りつめているが、視界が揺れ、滲んでいて表情が確認出来ない。
「信長様…っ、蘭ばかり、気持ちよくて…」
「心地良いぞ、強く握られておる」
「んっ…」
信長に熱く大きな手で無防備に揺れていた性器を握られた。
「ああっ駄目ですっ」
衝撃に抗えず、蘭丸は再び放ってしまった。崩れそうになった体を信長が起き上がって支えてくれた。逞しい肩に蘭丸は腕を回す。
「蘭ばかりが…」
「汝は早いからな」
「……」
恥ずかしい。蘭丸は信長の肩に顔を埋めた。しかし、脇に手を入れられ、今度は蘭丸が寝かされてしまった。体制が代わり、内から腹側が圧迫され、また快楽を煽られる。
「あっ」
片足を持ち上げられる。これでは、繋がった箇所が信長から丸見えだ。すると、信長は蘭丸よりも激しい抽挿を始めた。あまりの力強さに、蘭丸は声も出ない。
じゅちゅっ、ぬじゅっ、ずにゅっ。長興の部屋で聞いた音は、こんなに激しかっただろうか。快楽と疲労の臨界点を越えて、段々と蘭丸の意識が靄がかって遠のいていく。
「んぅっ…!」
信長が蘭丸の中で放ち、意識が唐突に引き戻される。何て熱く力強い奔流なのだろうか。蘭丸は、爪先や指先に力を込めて受け止める。それは最奥まで届くと、逆流し、引き抜かれた信長と共に溢れ出てしまった。 信長に足を下ろされる。力が出ず、頭がぼうっとして耳も膜が張られたように聞きづらくなっている。目の前に信長の顔らしき影が重なり、蘭丸は口付けられるのかと思い、それを待った。しかし、信長は蘭丸の腰の位置に跨がり、殆どはだけていた寝間着の前を開いて、胸を覆う布を持ち上げた。隠され、守られていた敏感な部分が空気に触れ、つんと起ち上がったのが分かった。
「ひゃうあっ」
信長が持ち上げた包帯の隙間に、体液と粘液を纏ったままの男根を挿し入れ、扱き出した。滑る感触と熱に乳首が押し潰され、また新たな刺激が加わり、蘭丸は信長の体の下で悶える。
「あっ、あっ」
舌や指とは異なるもので小さな粒を弄られ、いつもとは違った高揚感だった。そして、包み込まれるような心地よさで、暫く味わっていたくもある。しかし、敏感な器官はひりひりと痛み出してしまい、漏れ出した先走りがしみた。腫れた突起を先端の窪みに嵌め込むようにして添えらると、其処から白濁が勢いよく吹き出し、四方に散った。信長が蘭丸のまなじりに掛かった汚れを指先で拭う。相変わらず、視界はぼやける。
「……」
蘭丸は、信長の足の下でまだ隠れたままの方の布を指に引っ掻けて捲った。
「信長様…」
「何だ?」
蘭丸の要望を、信長は知っているはずだ。けれど、信長は敢えて言わせようとする。
「こちら側も、同じようにして下さいませ」
信長が、もう片方を覆う布を押し上げて狭い隙間に入ってくる。また心地良い刺激が送られ、蘭丸は体を快楽に任せた。
あんなに感じたのにまだ欲しいのも、きっと光郎が拵えたあの粘液のせいなのだ。
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