陸
「世話の焼ける」
長興は部屋に戻るなりため息を吐き、襷を外した。風呂から上がったにも関わらず、その顔は黒く汚れていた。風呂場を洗い、湯を捨て、水を汲み、湯を沸かしたせいだ。
「私がやると申しましたのに」
光郎は手拭いを濡らし、主の顔をそっと拭った。白いかんばせに戻ると、長興は赤い唇を尖らせた。
「良いのだ、お館様の好みは知り尽くしているし、口で説明するよりも自分で用意した方が早い」
「左様で」
光郎が長興の浴衣の襟に手を掛けると、長興はその手を払った。
「良い、あとは休むだけだ。ここは城ではない」
「しかし、かように汚れた服では、布団も汚れてしまいますが」
「そうか…」
長興は浴衣を脱いで差し出した。光郎は受けとると新しい清潔な浴衣を長興の腕に通し、着付ける為に膝を付く。少し前に同じことをした少年の痛々しい裸を思い出した。
「美しいですね」
長興は何も答えない。睫毛の影を作りながら、光郎を見下ろしていた。
「蘭丸様のお気持ち、痛く分かりますよ」
「……」
長興は眉間に皺を刻んだ。
「勿論、長興様のお気持ちも」
「……」
襟を整えて帯を結んだ。立ち上がって、抱き寄せると、長興は大人しく光郎の腕に収まった。結い上げた濡れ髪の紐を引っ張ると、ほどけ落ちて香料が甘く香った。
「わざわざ着替えさせて、私を抱くのか?」
「貴方が望まぬなら致します故」
「望まぬなら…?」
「私は怒っているのですよ」
光郎は腕の力を強めて、そのまま長興の体を布団の上へ押し倒した。
「お前が寝たら、結局布団が汚れる」
「何故か、分かります?」
光郎は自らの質問を押し通す。長興は一呼吸置いて答えた。
「私が蘭殿を傷付けたからか?」
「それもあります。嫉妬が絡んで悪態をついたのは仕方がないにせよ、私は貴方がどれだけ蘭丸様を心配していたかも存じ上げております」
「蘭殿は私と違って素直だからな。お前が伝えれば聞き入れるだろう」
「ええ。夜叉丸殿に謝りたいと」
「ならば良いではないか。そろそろ離れてくれ、重い…」
「まだ分かりませぬか?」
「違うのか?ならば、私がお館様のことで蘭殿に嫉妬しているのが…」
「違います。かようなこと、貴方にお仕えした日から存じ上げております」
「では何なのだ!はっきり申せ!それから離れろ!」
長興は声を荒げた。光郎は体制を変えず、赤く染まった長興の顔を見下ろした。
「貴方、蘭丸様に仰ったこと、覚えてます?」
「覚えているが…」
言葉を区切り、長興は思い当たったのか「ああ…」と、表情を変えた。
「其処まで聞いていたのか。悪趣味な奴だな。あれは、蘭殿があまり聞き分けがないから…」
「蘭丸様の心情を察すれば当然でしょう。しかし、あの言葉は本心なのですか?」
「だったらどうなのだ。今更、私がどうなろうと、お館様が以前のように…」
威勢をなくし、言葉が途切れた。
「私はもう、小姓ではない…」
視線をずらし、睫毛を震わせる。この人は、安土を離れた時からずっと信長を求めては諦めていた。あれから四年の月日が流れたのにも関わらず。そして、光郎はずっとそれを見ていた。
「ならば、試してみましょうか」
「何をだ?」
「汚い男の慰み者になれば、お館様はまた貴方を抱いて下さるかも知れない」
長興は一瞬目を見開いてから、すぐに細めて余裕のある笑みを浮かべた。
「ふん…。山賊の群れにでも放り込んでみるか?お前が私をそんな目に遭わせようと?出来るのか?」
長興は光郎の肩を押し上げて、布団からすり抜けた。光郎に背を向けて、乱れた襟を整えている。
「出来もしないことを口にするな」
光郎は後ろから強引に長興の手首を取り、捻る。
「急に何を…」
「私がその役を買いましょうか」
光郎は結い紐で長興の手首を結んだ。
「痛い、緩めろ」
「緩めてはほどけてしまいますから」
「光郎、お前の思惑は察しがつく。けれど、それは無駄なことだ。私がお前を慰み者にしていること、お館様はとうに気付いているし、お前が私をどう想っているかも知っている。いくらお前が私に乱暴して、それをお館様に発見されたとしても、行き過ぎた戯れだと悟られるだけだ」
今度は光郎が黙りこんで、手首の紐をほどいた。長興は振り返り、光郎の肩に腕を回してしがみついた。
「それに、万一、お館様の怒りを買ったらどうする。お前が処罰されたら、誰が私の面倒を見るのだ」
「長興様…」
「違う」
「夜叉丸様…」
「寂しい、寂しいのだ」
長興は顔を上げた。潤んだ瞳が光郎を捉えていた。
「今頃、お館様は蘭殿と…。自分自身で望んでいたのに、そう考えたら、寂しい、堪らなく」
光郎は細い腰に腕を回して湿った髪を撫でた。
「貴方様は立派です。寂しい気持ちを圧し殺して、お館様の良き家臣と、蘭丸様の良き先輩となっている」
「良い先輩などではない、蘭殿には酷いことを言った」
「酷いことは言いました。けれど、そのお陰で蘭丸様は悟りました。夜叉丸様の働きがあればこそ」
「そうか」
長興はゆっくり顔をあげ、ちゅ、と児戯のような接吻をしてから顔を離す。鼻先が触れ合う位置で見つめあう。
「慰めろ」
「仰せのままに」
「さっきは私が望むならしないと言ったが?」
「貴方の命に背くことはありませぬ」
長興はふふ、と笑った。吐息が顔にかかる。
「お前らしい」
その言葉を最後に、長興は光郎の唇で自らの唇を塞いだ。うっすら口を開いて舌をねだる。光郎は長興の帯に手をかけ、結び目を緩めながら、応える。夢中になりすぎてはならない。あくまで、この人を満足させる為の行為なのだ。しかし、蠢く舌や、華奢な骨の造りや、すべらかな肌の感触で、忘れそうになってしまう。
「あ…ぅ」
首に移動し、耳の下を舐めると、長興は鼻にかかった声を漏らす。
「ここがいいんですよね?」
囁きながら浴衣の中をまさぐる。背骨をなぞっていると、長興の体は仰け反り、汗の匂いが湧き立った。光郎は、胸に顔を埋めて瞼を閉じた。香料に混ざった汗がつんと舌を刺激する。体温の上昇と共に、汗の割合が濃くなる。
「み、光郎…、んぐ」
焦る長興の口に指を入れて塞いだ。滑る粘膜と熱い吐息に指が包まれた。ちょん、と舌が胸の小さな小さな突起に触れた。相変わらず淡くて可憐なそれを、歯に挟んで顎の力を強めた。
「あっ」
指を噛み返される。光郎はもう片方の乳首を強く噛んで赤く腫れさせた。
「ここは嫌なんですよね、何処が宜しいですか?」
指を突っ込んだまま歯に引っ掻けるようにして顔を上げ、乱暴にうつ伏せに転がした。
「此処ですか?それとも、こちらでしょうか?」
把握した弱点に噛みつくと、口を塞がれた長興の肌が跳ねる。
「っ…!」
喘ぎが悲鳴に変わり、指を抜くと、すっかりふやけて歯形が残っていた。
「痛いのは嫌だ」
「この程度も耐えられないのですか?とても綺麗な背中ですよ。お見せ出来なくて残念です」
真っ白い肌に花弁を一つずつ撒き、辿っていくと、肌が段々と桃色に染まっていく。
「差し上げますから、膝を立てて」
長興は従い、光郎に尻をつき出す体制になった。痛がりながらも体は反応している。腹にくっついてしまうほど持ち上がった茎と、実を包む袋。その下の入り口に指を添え、ゆっくり押し込む。
「痛いですか?」
「痛くない。先はあんなに噛みついていたのに…」
長興の薄い笑い声が聞こえた。指がきゅっと締め付けられる。光郎は通和散を懐から出し、包みを開いて口に含んだ。粘った液を吐き出して指に絡ませ、入り口に塗り込む。
「通和散、持ってきたのか?」
「ええ」
「あっ…」
長興の体温はより高まった。指を埋めると膝や足先をくっつけて、もじもじさせていた。指を抜き、光郎は袴を脱いだ。長興は様子を窺い、待ち構えながらちらちらと振り返っている。突き立てた尻越しに見える紅潮した物欲しげな横顔。こんな姿を見られるのは、信長を除けば自分くらいのものだろう。
「参りますよ」
「うあ!」
一気に貫く。柔らかく、そして強く締め付けた。
「苦しくないですか?」
「平気だ、早く…、んっ!」
光郎は抜き挿しを始める。肌とのぶつかり合いも、粘膜の擦れ合いも、もしかしたら部屋の外に届いてしまってるかも知れない。
「くっ…」
長興は一生懸命声を殺していた。鳴かせたい、自分以外の者に聞かせたい、そして知らしめたい。この人は、あんなに涼しい顔をして、自分の前ではこんなに淫らな顔をする。
「威厳も何もない…」
光郎の心の声が漏れた。長興はえ、と振り返る。汗だくで目は潤んでいた。
光郎は長興の中に入ったまま、ぴたりと前後運動を中断した。
「夜叉丸様、普段のようなお声は聞かせて下さらないのですか?」
「此処は屋敷ではないのだ…、聞かれでもしたら…」
「こんな薄い戸板では、どちらにせよ隠しきれる行為ではないですよ」
「あっ」
光郎は長興の脇から腕を入れ、肩を支えて自分の体に寄りかからせるように上体を起こした。
「大丈夫、一番聞かせたくないお方は今頃他の可愛い人の相手をされていますから、聞かれはしません」
長興は唇を強く噛んだ。悔しそうに見える。光郎は指の位置をずらし、くっきりした乳首を引っ張る。
「痛っ…」
ふっくらとした唇が開き、悲痛の声を漏らす。
「止めろっ痛い!」
「何処がですか?」
光郎はは上体をくっつけたまま、また下半身の前後運動を再開させた。長興の崩れ落ちそうな体を支えながら、芯を持った粒を押し潰した。
「あ、あー!」
「どちらが痛みますか?」
「ああ、ち、ちく、び、痛いから…!」
制する為に重ねた手には力が入っておらず、痛みよりも下半身の快楽に感覚が持っていかれているようだ。蕩けた顔が見たい。しかし、光郎は主の欲求を優先させる為に、同じ体制のまま、下腹に手を伸ばした。
「んんっや、止めろ…!」
滑る茎を扱き、促す。先に達して貰わなければ、こっちの身が持たない。
「あー!」
手の中で熱が弾け、光郎自身を包む肉壁が痙攣している。
「うっ、うう…」
長興の体を解放する。布団に倒れ込み、呼吸を調えていた。
「光郎…」
長興は仰向けに横たわり、自ら膝を開いた。
「有難う、お前の好きにして、良い…」
「長興様…」
もう、呼び名を訂正することはなかった。光郎は長興に口付ける。下の孔は、先よりも柔らかく、なのに収縮は強くなっていた。被さって入り込むと、長興は手足を光郎の体に巻き付けた。
「はぁ、ああっ、みつろ…」
「長興様…」
名を呼び合い、顔を上げて視線を絡ませ、もう一度口付け合い、舌を絡ませる。暑い吐息。光郎、有難う。
『お前の…好きにして、いい』
先の言葉を反芻する。こんな言葉をくれるのも、自分にだけだ。光郎は体を押し付けて、視線で合図を送る。長興は頷いた。
「ん、ああ…!」
中で吐き出すと、長興はきつく光郎を抱きしめていた。
「よう出したな」
余韻が遠退けば早々に処理をせねばなるまい。遅れたらそれだけ、体に負担が掛かる。
「久しいですからね」
指に少しだけ角度をつけて、柔らかい孔から体液を掻き出した。ぐちゅぐちゅと卑猥な音を長興は気にする様子もなく、布団に体を投げ出している。
「さあ、もう大丈夫でしょう。体を拭きましょう」
「良い。もう寝る」
長興は体の位置をずらして布団の隣半分を空ける。
「長興様…、血が」
「ああ…。痛い訳だな」
光郎の視線を追いかけ、長興は自分の肌を見下ろした。乳首の付け根から赤が滲んでいた。
「いけませんね。今、手当てを」
光郎は荷物の中から塗り薬を取り出した。蓋を取って指に乗せて、患部に塗り込む。つん、と豆粒が腫れた。
「遊ぶな。また痛くなる」
長興は横向きになって、光郎の手を引いた。
「寝るぞ。おまえだってろくに休んでないのだから」
枕を隣へ押し出す。光郎が枕に頭を預け、隣に横たわると長興は頭を上げた。光郎がその下へ腕を滑り込ませると、長興は小さな頭を乗せる。視線が合うと、長興は穏やかな笑みを浮かべる。
「お館様のお気持ちが、少し分かった気がする。私が今、お前を想うように、お館様も私のことを想って下さったのではないかと。私はそれが嬉しい。お前のお陰だ。お前が私を慕い、受け止めてくれたから」
「左様で」
「だが、私はお館様のように大勢を愛でることが出来ないがな。お前の存在でいっぱいになってしまう」
「私で…?てっきり、貴方の頭の中はお館様で満たされているものかと」
「そうだな。私も、そうだと思っていた。だが、違ったよ。もう、お館様が私の元に来ることはなくても、寂しいとは思っていない。勿論、この世で一番敬愛してる方には変わりないのだが、本当の気持ちに気付いた」
「長興様…」
光郎が額に唇を寄せると、長興は嬉しそうに目を細め、頬を赤らめ、光郎の頬に手を当てる。光郎は長興の手に手を重ねた。
「長興様…。眠る前に約して下さいませぬか?」
「珍しいな。何だ?私に出来ることなら、何でも聞いてやる」
「もう、あのようなことを口にしないで下さい。貴方様のお館様への報われぬ想いを見ています故、本心なのではないかと…」
「光郎…」
「仮にも、仮に…ですが、貴方様が蘭丸様のような目に遭ったら、私は…。相手を八つ裂きにしても、気は晴れないでしょう」
「…そうか…」
長興は目をぱちりと開いた。思考が切り替わっている。数秒前の甘く漂う空気が失せ、張りつめる。
「長興様?」
長興は起き上がる。
「光郎、感謝する。眠る前に、着替えよう」
長興は脱いで間もない汚れた服を指した。
「出立は明日では?」
「まだ仕事があるやも知れぬ」
光郎は従い、服を引っ張った。戸の向こうで足音がする。恐らく女中ではない。その足音は部屋の前で止まると、勢いよく開いた。
「お館様…」
信長が濡れ髪に浴衣姿で、浴衣にくるまれた蘭丸を抱えていた。
二人して全裸のまま。信長にこんな姿を見られ、光郎は長興の表情が気になったが、長興は心配そうに腕の中の蘭丸に駆け寄っていた。蘭丸の肌は濃い桃色に染まり、意識ははっきりしないようだった。
「借りるぞ」
信長は部屋に入り二人の間を通り抜け、蘭丸を布団の上に横たえた。
「蘭殿」
長興は全裸のまま、蘭丸の傍らに座った。
「長興…、お蘭の手当てを頼む」
「手当てを?」
長興は蘭丸の浴衣に手を伸ばす。肩から血が滲んでいた。
「それから、光郎を借りるぞ」
「私を?」
「うむ。四半刻後に出る。急ぎ準備せい」
「準備?」
「はっ」
光郎が把握しきれずにいると、長興は代わりにすぐ返事をした。信長は長興に向き直る。
「明日には戻るとお蘭に伝えおけ。出立は明後日に伸ばす」
「はっ」
信長は屈んで、長興に目線を合わせる。長興ははっと顔を上げた。その瞳が揺らいだ。
「風邪を引く」
信長は雑に置かれた長興の浴衣を肩に掛けた。立ち上がり、ちらりと光郎を一瞥する。光郎は、その眼差しが冷ややかなものに思えた。
「では、お蘭を頼んだ」
信長はそう残して部屋を出た。光郎は閉まった戸を見詰めた。
「何をしておる。早く着替えぬか」
「は、はい」
長興はすでに蘭丸の手当てに取りかかろうと、くるまれた浴衣を開いた。
「酷い…」
蘭丸の体の至るところから出血し、痣が残っている。
「噛み跡が…。お館様が?」
「そうだろうな」
「何故、このような…」
「痛そうだが、これよりも前からあった傷は目立たなくなっているな」
長興は呟いて、蘭丸の肌を再度隠した。立ち上がり、襟を広げて自分の体を見下ろした。
「きっと、私ではあの傷にも、痛みにも耐えられない。今共にあるのがお前で良かった」
信長に触れられたら、すぐにあのような顔を見せる癖に。光郎は口には出さずに、作り物の笑顔だけを向け、話題を変えた。
「お館様は、何処へ参られるのでしょう」
長興は浴衣の襟を正し、帯を巻き付けている。
「蘭殿をかような目に遭わせた者たちに制裁を下すのだろう」
「何故、今になって」
「蘭殿の姿を見て、語り合って、いてもたってもいられなくなったのだろうな。穏やかなお前でさえ、八つ裂きではすまないと言うのだから、お館様はあの者たちをどうするだろう」
「恐らく、簡単には殺したりせず、あらゆる種類の苦痛を与え…」
「お前もそう思うか?」
「私はその手伝いをするのでしょうか」
「かも知れないな」
長興は浴衣から長い髪をかき上げる。
「光郎」
「はい」
「自分が辱しめられれば、何て…もう、嘘でも言わないよ」
長興は、戸に手をかけ、引いた。腕枕をしていた時と同じくらい頬が赤い。
「長興様…」
「手当ての道具を借りてくる。お前は着替えたら、直ちにお館様のもとへ向かえ」
「はい」
着替えながら、光郎は横たわる蘭丸を見詰めた。安らかな表情と、桜色の頬のせいで、まるで幸せな夢を見ているような寝顔だった。
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