拾参
源太郎は見知らぬ場所に居た。豪奢な内装の広間に、大きな寝台。そこには美しい姫君が体を横たえ、眠っていた。
姫君は目を目を開き、むくりと起き上がった。簪の飾りがしゃらんと揺れ、きらきら光っている。
「お蘭…?」
姫君は蘭丸によく似ていた。姫君は源太郎の存在に気付くと、寝台から降りて駆け寄った。
「駄目だ、来たら…!」
嫌な予感と同時に声を荒げると、姫君は何者かによって体を拘束された。
「お蘭!」
複数の男らに体を押さえ付けられ、服をはだけられ、白い肌が露になる。
「お蘭!」
源太郎が繰り返し名を呼んでも男らの暴動を止めることは出来ない。男らは蘭丸の口に押し込み、後ろから貫き、美しい脚にむしゃぶりついた。
「止めろ、止めろー!」
源太郎の声に影響はなく、蘭丸は男に犯され続けた。代わる代わる男は蘭丸の口や後孔に入り込んで、強引に吐精を促す。口を塞がれながら、蘭丸は源太郎を横目で見た。大丈夫だと笑うように目を細めると、溜まった涙が雫となって頬を伝う。
「お蘭!」
この状況で、何故自分は何も出来ないのか。
「お蘭…、もう止めてくれー!」
泣き叫んでも繰り返され、男らが手放した頃に、蘭丸は力尽きていた。
「お蘭…」
投げ出されたままの蘭丸の顔が見えない。源太郎は駆け寄り、蘭丸を抱き抱えた。
「おら…」
源太郎は自身の目を疑った。腕の中にあるのは、見知らぬ少女の亡骸だった。首や胸の膨らみに刻まれたどす黒い痣、鼻や秘裂から垂れた血、光りを映さない虚ろな目、冷たい肌、硬直した体。一目で彼女がどんな目に遭った分かる、惨たらしい有り様だった。
「何てことを…」
雨が降り、源太郎と少女の体に打ち付けた。
「ん…、うう…」
呻くような息苦しい声に、源太郎は目を開けた。隣にいる蘭丸が、眠りながら泣いていた。
「お蘭…?」
眉間に皺を寄せて、閉じた瞼から涙が溢れ出ていた。源太郎は思いがけない出来事に、蘭丸を抱き寄せて子供をあやすように頭を撫でた。
「お蘭、大丈夫だか?」
繰り返していると、蘭丸の涙と呻き声は止み、眉間の皺も取れていた。怖い夢でも見たのだろうか。源太郎は一先ず安心して蘭丸の体を布団に預け、起き上がった。
「え?」
自分の顔から雫が落ち、拭う。目から零れていた。
(おら、なして…)
何故泣いているのか分からなかった。目を擦り、蘭丸の寝顔を確認すると、穏やかに眠っていた。
「お蘭の涙が移ったんかな…」
源太郎は土間に降りて水桶から水を掬い、茶碗に移して飲んだ。熱い体内が冷たく潤って目が覚める。手拭いを濡らし、体を拭いて寝間着の浴衣を羽織った。すると、戸がかたりと鳴った。風かと思ったが、その音は小さく規則正しく繰り返され、外側で誰かが遠慮がちに戸を叩いていることに気付く。今朝も中哉が診察に来てくれたのだろうか。源太郎は閂を外し、ゆっくりと戸を開いた。
「…源太郎…」
戸の外で、見知らぬ青年がまじまじと源太郎を見つめていた。源太郎は少ない隙間から、青年の姿を上から下へと眺めた。年齢は二十代程で、薄汚れた作業着を身に付けている。恐らく同業者だ。この青年が寿一なのか。
「本当に、目が覚めたんだな」
青年は淡々と呟いた。
「あ、ああ…」
「なあ、中入れてくれないか?話がある」
「え?否、それはちっと…」
恐らく、まだ昨夜の行為の名残りが匂いとして漂っているし、布団の中の蘭丸は裸のままだ。部屋に入れる訳にはいかない。源太郎は外に出て、後ろ手で戸を閉めた。
「話なら、外でしよ」
「平気なのか?そんな薄着で」
「うん」
肌寒いが仕方がない。
「…じゃあ、向こう行くか」
源太郎は青年の後をついていく。青年は頭巾を外し、源太郎に手渡した。
「これ着けてろ。見てるだけで冷える」
「ああ、有難うな」
源太郎は分厚い頭巾を受け取り、被った。温もりと土埃の匂いに包まれる。
青年は民家から距離を取る為、源太郎を井戸端まで連れ出した。空は薄暗く、まだ人の姿は見えない。足を止め源太郎が冷えないように息を吐いて手を温めていると、青年が話を切り出した。
「何時、目が覚めたんだ?」
「えと…もう四日経ったかな?」
「怪我の具合は?」
「良くなってる。頭の傷も、もう抜糸も終わった」
「……」
青年は俯いた。
「なら、一言挨拶に来るべきじゃないのか?」
「仕事復帰前にする予定だっただ。だが、もうすぐだって中哉も言ってくれた。心配かけてすまね」
「は?」
青年の顔色が変わった。
「ん?」
「お前の心配なんざしてねえ!あんなことがあったんだから、一言こっちに挨拶すんのが礼儀ってもんだろうが。余所者はそんなことも知らないのか」
青年の豹変振りに源太郎は戸惑う。
「否、だから挨拶はこれから…」
「ふざけるな!人を馬鹿にしやがって!妹を返せ!」
「妹?」
源太郎が分からず口にすると、拳が跳んできた。避けれず顔面に入って源太郎は仰向けに倒れてしまう。
「確かにうめはお前にとって迷惑な存在だったかも知れない。だからってあんまりだ」
痛む顔に手を当てると、血がべったりと着いていた。鼻血を出したようだ。源太郎はゆっくり起き上がる。
「うめってなんのことだ…?」
青年がわなわなと震え出した。こんな風に人が怒りを体全体で表す姿を見たことがなかった。青年は源太郎の元に歩み寄ると、草履を嵌めた足を源太郎の股間に目掛けて踏み下ろした。
「おい、何してる!」
声に驚き、青年の足が寸前で止まった。血相を変えた様子で若い男が駆け寄ってくる。
「寿一…」
男に顔を向けながら、青年が呟く。寿一はこっちか、と源太郎は一先ず危機を回避出来たことに安堵しながら思った。
「大丈夫か?」
寿一は肩に掛けていた手拭いで源太郎の鼻を押さえた。
「桃太、これはどう言うことだ?」
桃太と呼ばれた青年が、寿一を睨んだ。
「お前こそ、何でこんな奴庇うんだよ!こいつは俺の妹を…」
「違う!それは源太郎がやったことじゃない!」
「どうして言い切れるんだ!」
「だって仲間だろ?源太郎がそんなことするような奴じゃないって、お前だって知ってるはずだ」
「知るか!たった三月だ!今んなって本性が出たって可笑しくない!」
「桃太…」
「それに、源太郎はうめを疎ましく思ってた。だから、あんな風に犯して、殺したんだ!」
撃たれた顔よりも、ずっと胸が痛く、苦しい。動悸が止まず、源太郎は胸に手を当てた。
寿一は源太郎を心配し、庇ってくれている。桃太は、源太郎を恨んでいる。犯して殺した?桃太の妹を?
「……!」
一瞬、おぞましい映像が過った。見知らぬ少女の無惨な姿。頭の傷が鼓動と同時に脈打って、不快感が込み上げて来た。
「源太郎、どうした?」
「うっ、うぇ…」
膝をつき蹲って目覚めたばかりに飲んだ水と混ざった液を吐き出した。寿一がゆっくりと背中をさすってくれている。もう吐くものは残っていないのに、不快感がおさまらない。
「源太郎はこの通り、まだ病人だ。頭を怪我して、記憶をなくしてる」
「記憶を?」
「ああ。俺たちのことも忘れてる」
「そんなのありかよ!こいつが目え覚まさないって言うから起きるまで待ってたのに…覚えてないだ!?」
「桃太、お前の気持ちも分かるが…」
「お前になんか分かるか!」
桃太の矛先が寿一に代わり、寿一の胸ぐらを掴んで突き飛ばした。
「や、止め…」
源太郎は止めようと起き上がろうとすると、自分の吐いた胃液で足を滑らせてしまった。桃太は倒れた寿一に馬乗りになり、抵抗する間を与えず寿一の顔に拳を食らわす。
「止めろー!」
「止めなさい!」
源太郎のと同時に叫びが重なり、その瞬間、細い体が宙を舞ったかと思うと、一撃を食らった桃太の体が倒れてきた。
「え…?」
「大丈夫ですか!?」
蘭丸が横たわった桃太の体を跨ぎ、源太郎に駆け寄って体を起こした。
「…おらは平気だ。大したことない」
「良かった。けれど、鼻を打っていますね。手当てをして貰いましょう」
蘭丸はまた桃太の体を跨いで今度は寿一に駆け寄った。
「寿一殿、大丈夫ですか!?」
寿一の体を抱き起こす。頬が腫れ、口と鼻から血を流していた。蘭丸は浴衣の裾で寿一の唇を拭った。
「すまん。俺は大した怪我じゃないが、桃太が…」
「桃太…?」
蘭丸ははっとして飛び蹴りを喰らわせた相手を見下ろした。しっかり顔面に直撃したのは源太郎も寿一も見ている。
「気を失っていますね」
蘭丸は桃太の腕を引き、肩に乗せて腰に手を回し引き寄せて立ち上がる。
「養生所で手当て致します故、源太郎様、寿一殿をお願い出来ますか?」
「うん」
蘭丸は桃太の体を引き摺りながら養生所に向かった。
「寿一、すまなかっただ。だが、なして此処へ?」
「昨日、蘭丸の話を聞いて、仕事前に挨拶しとこうと思ってな。したら、早朝から騒がしいから気になって来てみたらこんなことに」
「巻き込んじまっただな。本当にすまね」
源太郎が頭を下げると、寿一は頭にぽんと手を置き、髪をくしゃくしゃと撫でた。昨夜、蘭丸の頭を同じように撫でていたことを思い出した。
「顔、上げろ。また血が出る」
「ん」
「好きでしてることだ。気にするな」
「好きで?お前、変わってるだな」
「そうか?お前も俺の立場だったら、庇ってたと思う。お前はそういう奴だ」
寿一は優しく微笑んだ。寿一は源太郎を信頼してくれている。しかし、桃太は違う。源太郎を妹を殺した犯人だと疑っている。
「な、養生所に一緒に来てくれ。手当てするから」
「ああ」
蘭丸は既に曲がり角まで進んでいた。寿一と共に、蘭丸の後を追う。
「さっきの蹴りも見事だったが凄いな。自分より大きい桃太を引き摺ってあんな先まで進んでる」
隣で顔を抑えた寿一が呟く。そう言えば、康太郎も蘭丸はそこいらの男より強いと言っていた。確かに、蘭丸が全力で拒否をすれば源太郎は負けてしまうかも知れない。
「そげん強いのに、なして…」
無意識に言葉が零れた。その後、何と口にしようとしたのか、自分でも分からなかった。
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