妄想、愉悦。


拾捌


   


 源太郎の帰宅時間と逆算して仕込んだ夕餉が出来上がってから随分経った気がする。蘭丸は戸を開けて見上げる。空はもう暗く、月が明るくなっている。蘭丸は戸を閉めて屋内に戻り、板間に腰掛けた。
 まだそれ程遅い時刻ではない。もっと暗くに終えたこともあった。しかし、普段は養生所で皆と夕餉の支度をしながら待っていたから、こんなに心細くはなかったし、長くも感じなかった。
 かた、と戸が鳴った。蘭丸は走って戸を開ける。息を切らした源太郎が向こう側にいた。

「遅れてすまなかった」

「そんな…走って帰らなくとも」

 言葉とは裏腹に嬉しくて蘭丸は源太郎に抱き付いた。養生所ではこんな風に迎えることは出来ない。久々で源太郎も驚いたようで、少し体を硬直させてから、蘭丸の背に腕を回した。

「待たせちまってごめんな」

「ご飯が冷めてしまいます。さ、手を洗って、席に着いて下さい」

 源太郎が手を洗っている間に蘭丸はおこわをよそった。盆に置いて源太郎に差し出すと、よほど空腹だったのか源太郎は手を合わせて掻き込むように食べた。

「旨い!」

「良かった。今日は康殿にしっかり教えてもらったんです。味付けと水加減と、漬け込む時間と、火加減…、炊き時間に蒸らし時間…」

「遅くなって本当にすまね」

「いえ。走って来て下さっていましたし、美味しく召し上がって頂けて…」

「本当に旨いよ」

 あっという間に茶碗が空になり、蘭丸はもう一杯よそい、自分の分もよそって隣で食べた。炊き立ての粒立ちも艶もまだ残っていて、十分に美味しい。一生懸命教えてくれた康に心の中でもう一度感謝した。




 二合炊いた米を二人で平らげ、先に食べ終わった源太郎が食後の白湯を用意してくれた。

「これ」

 源太郎は白湯と一緒にみかんを差し出した。

「有難うございます。先に頂いたみかん、皆様喜んで下さいました」

「そっか。良かっただ」

 源太郎はみかんを剥いて口に入れた。

「今日な、献上品のみかんを摘めてたんだが、おうめが夕方になってから数を間違えたって騒ぎだして」

「おうめ?」

「昨日、お蘭が来た時におらを迎えに来たおなごだ」

「ああ…」

 やはり、あの少女がうめだったのか。昨日、源太郎を迎えに行った時に背中越しで彼女の話を聞いた。

「で、うめ殿が失敗したと」

「ああ。終わり間近だったから焦っただ。積み上げた箱の中身を全部数え直さなきゃなんなくて」

「あの方は、真面目に業務をこなているのですか?」

「え?」

「見た時間は短いですが、あの方は源太郎様に気が向いて、与えられた仕事もまともにしていないように見えます」

 源太郎が蘭丸の物言いに驚いて、目を大きく開いた。

「おらに気が向いてるって言うより、不真面目なだけだよ」

 やはり、源太郎はうめの気持ちに全く気付いていない。蘭丸は源太郎の鈍感さに安心しながら呆れ、ほんの少しうめに同情した。

「迷惑を被るのは傍にいる源太郎様ではないですか」

「しょうがない奴だと思うけど、桃太には良くして貰ってるからな」

「桃太殿ですか?」

「見学の時に顔合わせた桃太っていただろ?おうめは桃太の妹だ」

 桃太が親切なのは初めて会った時から知っている。昨日も蘭丸を気遣ってくれた。

「桃太はな、まだおうめが小さい頃、両親が死んじまった。それから、桃太がおうめの面倒見ながら兄妹二人で生きてきただよ」

 源太郎の眉尻が悲しげに下がった。亡くなった妹のことを思い出しているのだろう。

「…境遇が似ていますね」

「ああ。しかし、桃太はおうめを甘やかしすぎた。だからあんなに我儘になっちまったってこないだ溢してただ」

「りん殿とは違うではありませんか」

「そうだな。でも、桃太とおうめが一緒にいるとこを見ると、何でかおりんを思い出すだ」

「……」

「桃太はおうめに寂しい思いをさせないように一生懸命だ。でも、ずっとは一緒にいられない。だから、おうめはいつも誰かの傍にいる」

 やはり、源太郎はうめに自分の妹を重ねてる。病弱な妹を一人家に置いて、家を出なければならなかったことが多かったから、妹を想う桃太に寄り添っているのだろう。

「りん殿は、うめ殿と似ていますか?」

「え?いや、似てないだよ。おりんは病弱だが、我儘は言わないし、元気な時は皆の手伝いを率先してやってただ」

 源太郎のうめ自身の評価も思わしくないことも分かった。

「りん殿に似ているのは、蘭なのですよね?」

 蘭丸は顔を近付けて源太郎を見上げた。源太郎の瞳が動揺で揺らいでいる。

「う、うん。特に目が」

 源太郎が指で蘭丸の目尻に触れた。

「目だけですか?」

「あと、優しいとこも、誰かの為に一生懸命になれるとこも」

「源太郎様が寂しいなら、蘭がりん殿の代わりになります」

「お蘭がいるから寂しくないだよ。それに、妹にはこげんことしねえ」

 そう言うと、源太郎は口付け舌を挿し入れて開いた蘭丸の歯の裏をなぞった。その舌が重なりあうと、昼と同じみかんの味がした。

「んん…」

 耳に触れる源太郎の手が冷たいのは、やはり、蘭丸がそれだけ火照っているのだろうか。

「醤の味がする」

 唇を離し、源太郎は唇を舐める。手順を踏むかのような、昼と同じ口付け。蘭丸の体の反応も同じだった。蘭丸は、腰紐をほどいて襟を開いた。

「ここが痛くて」

 蘭丸が羞恥で視線を反らした時、源太郎の固唾を飲む音が聞こえ、そこに視線が注がれているのが分かった。

「可愛い。触ってないのにこげん腫らして…」

「んっ」

 源太郎の吐息が当たってくすぐったい。源太郎が舌先で赤い粒をなぞり、蘭丸は肩をびくりと揺らしてしまう。

「すまね、余計に痛かったか?」

「いえ…」

「あんまり触ると明日も痛くなっちまうから、程々にするな?」

「はい…」

 左右交互に柔らかな舌や唇に包まれ、痛みより快楽が上回っていく。段々下腹部に熱が集まってくるのを自覚した頃、源太郎がその辺りを大きな掌でまさぐってきた。
 服の上から感触を確めて、袴をずり下ろす。脱ぎやすいように蘭丸は腰を浮かせた。

「痛っ」

 袴が持ち上がった先端に引っ掛かったまま引っ張られ、蘭丸は小さな悲鳴を上げてしまった。

「すまね」

 源太郎は顔を上げ、両手で丁寧に服を脱がせてくれた。下帯を窮屈そうに押し上げる様子を見てまた再度謝った。

「これじゃあ引っ掛かる訳だな。ごめんな、おら焦っちまった」

「いえ…」

 腹にくっつきそうなくらいの角度になっている。源太郎はそれを掴むと、頭を下げて先端を口に含んだ。

「んんっ…」

 蘭丸は無意識に閉じかけた腿を押さえられ、喉で締め付けられながら、源太郎の短髪が上下に揺れているのが見えた。源太郎が一生懸命に己に快楽を与えようとしてくれているのが涙が出る程嬉しい。きちんと返さなくては。

「んああっ、源太…郎様っ!もっと、触って…、一緒に…下も、胸もです!」

 感情に任せて願いを口にすると、源太郎の手が乳首に伸び、後孔を指先で擽りながらその上の袋を優しい力で揉みしだく。

「あっ、気持ちい…、指、中に…っ、あーっ!」

 言葉にならず、大きな悲鳴と共に精を吐き出した。源太郎はそれを口で受け止めて、蘭丸の腰を上げると息づく窄まりを舌先で撫で、指で拡げながら口内のものを流し込む。

「あっ…」

 狭い中に熱い液が通って行く。源太郎はそこに指を埋め、音を立てて内側をなぞった。

「すぐ柔らかくなっただ」

「では、早く下さい。じらすのは嫌です」

「ん、でももう一本…」

「其所は触れてはなりません!」

「なして?」

「すぐ…気持ち良くなってしまうから…」

「なればいいだよ」

「指よりも…」

 蘭丸は手を伸ばして源太郎の下腹部をさすった。布越しでも熱く、そして僅かに湿っていた。

「こちら、入れて下さい。中に…」

 源太郎のくっきりとした喉仏がこくりと動いた。

「何か、いつもより…」

 源太郎が何かを言いかけて、唇を閉じた。身を起こして服を取り、再び蘭丸の内腿に手を添えた。後孔に熱が触れる。

「ぎゅって締まってるけど、痛くないか?」

 源太郎が中に入って、拡がっていくのが分かった。

「痛くないです。早く奥まで来てください」

 蘭丸は源太郎の肩に腕を回し、耳元で囁いた。耳の傍で源太郎の唾液を飲む音が聞こえ、蘭丸の内側を埋め尽くしてゆく。

「あ、ああ…っ」

 源太郎の肌が密着し、蘭丸は手足を源太郎の体に巻き付けた。

「お、お蘭、これじゃあ…」

 身動き出来ず、当然抜き挿しも出来ない。

「少しだけ、このままでいてください」

「ん、分かった」

 源太郎は蘭丸の頬に口付け、視線を絡ませてから口を吸い合った。

「んむっ、あっ…」

 源太郎が唇の位置をずらし、首の布に手を掛けた。結び目をほどいて、巻かれた布をたわませて下にずらして隠れていた肌に吸い付く。

「い、痛っ…」

 打ち込まれたまま杭が、内側を圧迫する。源太郎の肌を吸う音と息遣いが中まで響いてくる。

「痕は、付けたら…」

「また、包帯で隠せばいい」

「ずっと…?」

「どうかな。お蘭が嫌になったらやめる」

「そんな言い方…」

 源太郎は笑ってまた首筋に噛み付いた。

「あっ」

 びくりと体が揺れ、中の源太郎が存在感を増した。

「お蘭、骨、折れそうだ」

「す、すみません…」

 蘭丸はぱっと手足を開いた。源太郎は優しく笑いながら蘭丸の手を背中の下に敷いた服を握らせた。

「な、もう良いか?お蘭のぎゅうぎゅうになってて、もう限界だ」

 蘭丸が頷くと、源太郎は腰を固定したまま上半身を上げ、蘭丸の腰を押さえた。激しい動きで腰を弾き、今度は押し付けられた弱点が強弱を付けて擦り付けられる。

「あっ、あ…!」

 目の前に汗みずくの源太郎の顔がある。眉間に作った皺が、快楽と比例して深くなる。そして、限界に到達すると解れて弱く下がった目尻に新たな皺を作る。ぽたりと、源太郎の汗が蘭丸の額に落ちた。

「あっ…!」

 源太郎の顔が滲んで見えなくなる。そして、目に白いものが落ち、視界を遮られる前に蘭丸は目を固く閉じた。



「お蘭」

 肩に手を置き、体を起こされ、掛けられていた小袖や緩んだ包帯を取られる。

「ん…」

 体を抱えられ、土間に運ばれて浅い湯の中に下ろされた。下半身が温められ、段々と思考が戻ってきた。
 源太郎が洗料を水で溶いて、蘭丸の頬へ優しく撫で付けた。

「じ、自分で出来ます故…」

「嫌か?」

「そんなことないです」

 寧ろ、源太郎の掌の感触は心地いい。

「お蘭、今日も頑張ってたからな、ご褒美」

「夕餉、美味しかったですか?」

「うん。それだけじゃないけど」

 蘭丸は下を向いて水を掛けて洗料を落とした。源太郎は蘭丸の背に洗料を塗る。

「お蘭は、恥ずかしい時口数が少なくなる。そん時、はいかいえしか言わんし、声も我慢しちまう。けど、今日は恥ずかしがってても話してくれて、聞いてくれて、声も聞かしてくれた」

「気付いていたのですか?」

「うん」

 源太郎は後ろから蘭丸の肩を抱きしめた。

「源太郎様は、今日みたいに、その…いっぱい口に出した方が良いですか?」

「どっちでもいいだよ。今日は頑張ってたのが嬉しかったけど、普段の恥ずかしがってるお蘭も可愛いから」

 源太郎は蘭丸の耳に口付けた。

「それに、気持ちいいとこは口に出さなくても分かる」

 源太郎は蘭丸の耳たぶに短い口付けを繰り返し、今浸かっている湯よりも蘭丸の肌を熱くさせた。

「でも、なして今日は頑張ったんだ?」

「…そんな気分だっただけです」

「そっか。で、声出してどうだった?やっぱ、いつもより気持ち良かったか?」

「そ、それは…分かりません。夢中になってしまうのは、今日に限ったことではないですから」

「そっか」

 口付けの雨が首筋に移った。蘭丸は身を捩って源太郎に顔を近付ける。

「洗料が口に入ってしまいます」

「ん」

 源太郎が口付けをくれた。
 こんなに大切に想われているのに、些細なことで蘭丸は乱されてしまう。二人の間に誰かが入り込むことはないことも分かっている。単に、昼の一時に源太郎の隣にいられないだけ。たったそれだけだ。

「んっ…」

 柔らかく温かい舌が侵入してきた。蘭丸は濡れた手で源太郎の肩を抱いた。あと、どれだけ愛を囁かれて、肌を重ね合えばこんなくだらない嫉妬心を抱かずにいられるのだろうか。





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