参拾壱
「お蘭」
布団の上から肩を叩かれて目を覚ますと、源太郎は既に朝の支度を終えていた。
「すまん、おら、またお蘭を失神させちまっただ」
頭の働かない蘭丸は源太郎に支えられながら体をゆっくり起こした。
「おら、もう行くけど、お蘭はもう少し休むだか?」
「いえ、私も出ます」
「そっか。じゃあ朝飯用意してあるから食ってな。弁当も包んである」
「すみません、私…」
「謝るな」
そう言いながら源太郎は口付けをした。蘭丸が赤面すると、源太郎も唇を離した時頬を染めていた。目を合わせて、互いの予想外の反応に戸惑い、笑った。これでしっかり目が覚めた。
「じゃあまた後でな」
「あっ」
見送りたくて蘭丸は布団を頭から被って引きずらないようにしながら源太郎の後をついていく。
源太郎が戸を開けると、見知らぬ青年が立っていた。蘭丸は驚いて源太郎の背後に身を隠した。
「ん?どうした?」
「い、いえ。どなたかいたもので」
「ああ寿一だよ。迎えに来てくれただな」
「やっぱり気になってな。元気そうで良かった」
「有難うな」
蘭丸は俯き、自分の白い脚を見下ろしながら源太郎の背中越しで二人の他愛のない会話を聞いた。挨拶をしなくてはならない相手なのは承知しているが、顔すら洗っていないこんな格好では目の前に出る勇気がない。
「そちらが連れ合いか?」
「えっ」
寿一は興味深そうに源太郎の肩の後ろを覗き込んだ。
「そうだ。おらの一等大事な人だ」
源太郎は蘭丸の肩を抱いて隣へ引き寄せる。
「お蘭、おらが世話になってる寿一。今日から寿一の班になっただよ」
寿一は源太郎と同じ程の背丈の、源太郎と似た優しく穏やかな空気を纏った青年だった。寿一ははにかみながら笑った。
「かような姿で失礼致します」
蘭丸は頭の布団を取って肩にずらした。すると、寿一は視線を外した。源太郎は慌てて蘭丸の姿を隠しながら寿一に背を向ける。
「お蘭、吸い痕見えてるだ」
寿一に聞き取られない声量で蘭丸に告げ、鎖骨を指し、襟を合わせるように布団で隠す。
「それに脚も見えてるし…」
脚はもともと出ていたし、寿一の前に出したのは源太郎ではないか。けれど、一等大事な人と言う言葉が嬉しくて黙っていることにした。
「すみません」
「ん。じゃあ寿一、行くか」
蘭丸が謝ると、源太郎は蘭丸に背を向け、蘭丸が寿一の視界に入らないように寿一の背を押して一緒に外へ出た。
「じゃあなー」
蘭丸は顔と手首だけ戸から覗かせながら手を振り二人を見送った。
閂を掛けて暖かい炉端に戻る。布団を肩から落とすと、空気に晒されて反応した乳首がつんと起って痛んだ。ふっくらと赤く腫れ、指先で軽く触れただけで甘い痺れが肩や背にまで広がる。この痛みは日中まで続いてしまうかも知れない。蘭丸は早く隠してしまおうと着替えに手を伸ばした。
肌に散った体液がちゃんと綺麗に拭かれていることに気付く。源太郎は蘭丸が意識を失った後に甲斐甲斐しく世話をしてくれたのだ。こんな出来事はしょっちゅうある。求めたのは蘭丸なのに、結局源太郎の手を煩わせることになってしまった。己を省みても、その時は源太郎でいっぱいになって、求めずにはいられなくなる。
きっと、また繰り返してしまう。また服の下で乳首が硬くなったのが分かった。
支度を終えて蘭丸が駆け足で寺まで赴くと、何時ものように寺小姓の佐吉が塀の外を掃除をしていた。
「蘭丸様」
佐吉は蘭丸を見付けると、手を振った。
「お早うございます。今日は休むのかと思っていました」
「すみません、少々寝坊を…」
「蘭丸様でもそんなことがあるのですね。けれど、いつもより調子が良さそうなのは沢山寝たからでしょうか」
佐吉の言葉に蘭丸はどきりとした。佐吉はそんな蘭丸には気付くことなく、箒を立て掛けた。
「生徒さん、少しずつですが集まっておりますよ。住職には私が声を掛けておきますから、部屋の準備をして下さい」
「はい。すみません」
蘭丸は佐吉の横を通り抜け、学舎に向かった。
部屋を覗くと、佐吉の言った通り生徒の殆どか揃っていた。蘭丸は作成した手本を子供たちに配り、書き取り時間を設けてから火鉢を借りに行くことにした。
教室を出て長い廊下を進む。火鉢置きの部屋からは暖気よりも先に声が漏れ出ていた。
「待って、嫌っ」
声の正体が分かった蘭丸は、勢い良く戸を開けた。暖かく、独特の甘い香りが立ち込めた部屋に佐吉が服を剥かれ、小さな口に強引に若い僧侶の指を入れられていた。
「何だ、お前か」
僧侶は蘭丸を一瞥して佐吉の口から手を抜いた。長い指は唾液で光っている。
「佐吉殿に何をしたのですか!?」
「お前にゃ関係ない」
「関係なくありません。佐吉殿は嫌がっているじゃないですか」
「嫌がってるように見えるか?これがか?」
「あっ」
僧侶は佐吉の腿を抱え、開いた。中心が腫れていた。蘭丸はその姿に背筋が冷えた。蘭丸も大勢の男に無理矢理体の熱を引き出されて、こんな風に脚を開かれ強引に晒された。
「止めろ!」
惨めな気持ちが甦り、蘭丸は僧侶を突き飛ばし、半裸の佐吉を引き寄せる。
「佐吉殿、大丈夫ですか?」
「蘭丸様…」
佐吉は涙を浮かべながら蘭丸を見上げた。一瞬、胸に顔を預けたかと思うとすぐに背けて、蘭丸から身を離した。
「火鉢を取りに来られたのでしょう?」
佐吉は襦袢で肌を隠しながら、一番近くにある火鉢の炭を移した。その背後で、僧侶はにやにやと卑しい顔で笑っていた。
「すみません、じきに温まりますのでこちらをお使い下さい」
佐吉は用意した火鉢を蘭丸に差し出した。佐吉は真っ赤な顔をして、汗の滲む全身を震わせていた。
「佐吉殿」
僧侶の方へよろよろと歩いて行く佐吉の手を思わず握った。
「蘭丸様、すみませんが、一人で運んで下さいますか?」
佐吉は此方を見ることもせず、蘭丸の手を払って僧侶の元へ行くと、膝に座った。佐吉は自ら僧侶に口付ける。
「佐吉殿…」
啄むような音が響き、蘭丸は目の前の光景が信じられずに呆然とした。
「佐吉、見られてるぞ?本当にお前はどうしょうもないな」
僧侶は襦袢を捲り佐吉の隠れていた尻を晒すと、割れ目に指を入れる。佐吉の甘い悲鳴が漏れ、僧侶は佐吉の肩越しに蘭丸を見つめた。その目付きに、蘭丸は自分が辱しめられているような気持ちになって、恐ろしくて火鉢を持って部屋を出た。行儀悪く足で戸を閉め、生徒たちの待つ部屋へ向かった。
授業を終え、生徒が帰って行くのを見届けて、蘭丸は敷地の掃き掃除をした。落ち葉が少なく、何時もより早く終えることが出来た。
「蘭丸様」
佐吉がやって来て、蘭丸に声を掛ける。
「そろそろ終わりの頃合いかと思いまして」
「はい、たった今。今日は塵が少なかったです」
「最近、新しい人達が入ったので、掃除の回数が増えたせいだと思います」
「そうですか」
何時もの朗らかな佐吉に戻っているが、蘭丸は直視出来ず顔を俯いたまま言葉を返した。
蘭丸が道具と塵の袋を運ぼうとすると、佐吉が隣に並び、箒を蘭丸の手から取る。
「お茶を淹れました。良ければ飲んで行きませんか?」
「有難うございます」
蘭丸は塵袋を裏に置いて、佐吉に案内された部屋へ向かった。
部屋は暖められ、菓子の用意がしてあった。
「どうぞ」
礼を言って差し出された湯気を立つそれを啜ると、佐吉がじいっと蘭丸を見つめていた。
「美味しいです」
蘭丸が感想を伝えると、佐吉ははにかみながら俯いた。すると、視線を彷徨わせてから躊躇いがちに口を開く。
「先程は失礼致しました」
「え?」
「驚かれたでしょう?」
「ええ、まあ」
佐吉はまた俯いた。蘭丸は言いづらく思いながら口を開く。
「あの、お役目なのは分かりますが、かような刻限から、まして小さな子達が出入りしている間にあのようなことをされては…」
佐吉は唇を噛んで、拳を震わせた。
「すみません。佐吉殿に言っても、仕方のないことですよね」
恐らく佐吉に拒否する権限などないのだろう。やはり、あの若い僧侶に伝えるべきだ。
「私…孤児なんです」
「え?」
「此処に来る前は、
襤褸をずっと着て、食べ物も寝る所も探す毎日で、それでも満足に得られなくって」
「佐吉殿…」
蘭丸は佐吉の震える小さな肩をそっと抱いた。佐吉は蘭丸の腰に腕を回して胸に顔を擦り付けた。
「私は不幸なのでしょうか?」
「かようなことを他人が決めるものではありません。佐吉殿はお辛いのですか?」
佐吉は蘭丸の胸の上で顔を左右に振った。
「此処に来る前の方がずっと辛かったです。寺での仕事は大変だけど、ご飯を食べられて、温かい布団で眠れて、お風呂に入ることが出来て」
「では、此処での生活に不満はないのですか?」
佐吉は少し考える表情をしてから、また口を開いた。
「少し前までは…、けれど今は少し考えが変わってきました」
「何かあったのですか?」
佐吉は頬を染めた。
「蘭丸様と出会ったからです」
「私と?」
「はい。蘭丸様は、見返りなしに私に親切にして下さいました。こんな方が主だったらって思って」
佐吉は懐から小さな容器を出した。蘭丸が二度目に寺に来た時に手荒れが酷かった佐吉にあげた軟膏だった。
「これを貰って、ああ、世の中にはこんなに親切な人がいるんだって、その日は感動してなかなか眠れませんでした」
「そんな…佐吉殿が親切にして下さったからですよ」
「それは、此処を案内するのは私の仕事だからです」
「それでも佐吉殿は優しかったです。きっと、佐吉殿が意地悪な人だったら私は手荒れを見て見ぬ振りをしていたと思います」
「蘭丸様はそんな人じゃないです。きっと、困っていたり傷付いた人を見付けたら、放っておけないと思います」
「買い被りすぎです」
蘭丸の返しに、佐吉は笑った。
「佐吉殿はまだお若い。これから成長して、生きて行く上で選択肢が増えていきます。きっと、その頃にはまた素敵な出会いがあると思います」
佐吉は視線を落とした。蘭丸の腰をぎゅっと握る。
「そうですね。有難うございます」
佐吉の髪からは、あの部屋で嗅いだ独特の甘い残り香が漂っていた。
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