妄想、愉悦。





   


 やはり暑い。源太郎は目を開けた。湿った感触が頬にあり、視界が薄い色で埋め尽くされている。

(おおっ…!?)

 源太郎は状況を把握した。源太郎は蘭丸に抱き締められ、体の一部を枕にしてしまっている。押し当てた鼻孔から汗ばんだ肌の匂いが届いて脳を痺れさせる。源太郎は体に巻き付いた腕をゆっくり剥がし、腰に絡み付いた脚を退けようと手を添えた。腿を掴み、少しだけ持ち上げて体をずらし、解放された。朝からこんな状態では胸に悪いと思いながら源太郎は起き上がる。

「…っ!」

 寝乱れた蘭丸の襟は大きく開き、その白い肌を晒していた。源太郎の頬が密着していた箇所が赤くなっている。くっきり浮いた綺麗な鎖骨の下に、平らな薄い胸が続き、淡い桃色と小さな突起が見えている。

「え?」

 女性の胸は母親と志津しか見たことがないが、恐らくこの二人は基準にはならないだろう。胸の小さい女性がいるのは知っているが、ここまで平らなものだろうか。乳房と言うより胸板だ。そして、乳首も小さすぎる。これではまるで男だ。

(男…?)

 源太郎は布団を捲った。蘭丸の寝巻きの浴衣は裾がすっかり割れ、脚が付け根付近からむき出しになっていた。そのしなやかな形に、源太郎はますます混乱した。

(否、でも…)

 源太郎は、戸惑いながらも確かめるために手の甲で蘭丸の足の間をすっと掠めた。すぐに分かった。蘭丸は間違いなく男だ。生理現象で硬くなっているのもあって、持ち上がった先端が当たった。

「……」

 源太郎は、布団を蘭丸の肩まで掛け直した。改めて寝顔を見つめる。確かに、柔らかさもありながらすっきりした頬は、少年にも見えなくはない。

「あ…」

 蘭丸が態度を変えてしまった瞬間を思い出す。源太郎が蘭丸をおなごだと言ってしまった時に表情を曇らせていた。それからは途端に距離を持つようになり、親密さが窺えそうな行動は取らなくなってしまった。
 源太郎の十五年の人生の中で、同性同士の情交が存在することを知らなかった。最後の記憶の志津が言っていたこともまるで別の世界の話のように聞いていたし、男を抱くと言う発想に至ったこともない。しかし、蘭丸の言葉を信じるとなると、源太郎は蘭丸としていたことになるのだろう。
 これだけ美しいと、男に愛でられることもごく自然なことなのかも知れない。それだけではない。女性同様に危険もあり、傷付けられもした。昨夜の蘭丸の話を思いだし、源太郎は胸が苦しくなった。布団の上から蘭丸の肩を抱き寄せ、こめかみに額を押し当てた。前髪が源太郎の肌をふわりとなぞった。

「…源太郎様…?」

 薄く開いた目が合わさった。源太郎は慌てて起き上がる。

「すまね!起こしちまった!」

「いえ、もう明るいですし」

 蘭丸は布団を捲り体を起こした。襟は乱れ、肩から胸が露出した状態で蘭丸は寝起きの瞼を擦っている。顔を上げると、源太郎が無言で直視していることに気付き、咄嗟に両手で胸を隠した。

「あの、私…」

 姿だけならば裸を見られて恥ずかしがる娘だ。しかし、腕の間は当然膨らみも谷間もない。源太郎は蘭丸の手を取る。

「すまね、おなごって勘違いして」

 源太郎は蘭丸の襟を直した。

「いいえ。蘭も、ずっと言えずにいて…」

「そりゃ、言えないだよ。でも良かっただ」

「良かった?蘭が、男で…?」

「そう言う意味じゃなくてな、おらがおなごだって言った時から、お蘭の態度が急に変わったから、嫌われたんかと思っただ」

「私が源太郎様を嫌うなんて、天地が引っくり返ってもあり得ません!」

「ん、だから分かって良かっただよ」

「私こそ、源太郎様に嫁さんかって聞かれた時、きちんと性別を告げるべきでした」

「否、そもそも、おなごと勘違いしたおらが悪いし」

「半数の方は蘭の性別で悩んだり、間違えたりします。嫌でない訳ではないですけれど…」

「ん?」

「源太郎様が誉めて下さるのは嬉しいです」

「そっか。散々可愛いとか言っちまったけど、それは嫌じゃないんだな?」

 蘭丸は頬を染めたまま黙って頷いた。その姿も可愛いと思うのだが、敢えて口には出さなかった。

「だからさ、男同士だし着替えも、風呂も、わざわざ隠さなくていいだよ?」

「男同士…。そうですね。隠す必要はないですね」

 蘭丸は帯を解いて浴衣の前を開いた。今しがた目にした筈なのに、肌の白さやきめの細やかさにどきりとしてしまう。源太郎は不自然にならないように背を向けると、囲炉裏の炭を集めて部屋を暖める。鍋には昨夜の残りがまだあった。

「これ、温めて朝飯にするだか?」

「はい。米を研いでおきましたので、残り汁で雑炊にします」

「旨そうだな」

 鍋が焦げ付かないように調節しながらも、着替えの衣擦れが気になって仕方がない。いやいや、気にする必要はないと言ったのは自分だ。振り返ると、半襦袢一枚の蘭丸の姿があった。やはり、脚の形が美しい。源太郎が見ているのにも気付かず、蘭丸は着替えを続け、屈んだ。下帯を巻いた尻が現れる。肉付きは薄いが円みがあり柔らかそうな形をしている。源太郎は自身の体の変化に気付き、席を立つ。

「厠、行ってくる」

「勝手口からどうぞ」

「昨夜も行っただよ」

 蘭丸に違和感を悟られないように注意しながら出る。厠として利用している裏庭は、建物と高い塀に囲まれて周りからは見えなくなっている。源太郎が裾を捲り、下帯を横にずらすと、勢いよく先端が持ち上がった。

「おお…」

 愚息の予想外の成長に、思わず声をあげてしまう。通常の姿は既に目にして時間の流れを実感していたが、この状態は初お目見えだった。しかし、同性の尻を見て勃起している現状は戸惑うばかりだ。思い出すと余計に血が集まり、先走りまで垂れてくる。さっさと出してしまおうと源太郎は握った。

「はっ、はっ…」

 瞼を閉じると、布越しの入浴姿や、着衣のはだけた寝姿が浮かんでくる。そして、熱がどんどん促されてゆく。目を開けると、見たことがない程に己自身が腫れあがっていた。

「うっ…くあっ!」

 粘液が迸る。何日振りの放出かは分からないが、予想外の濃さと量と勢いを、源太郎は冴えゆく思考で眺めた。

「源太郎様!」

「え?」

 まだ大放出の途中、蘭丸が勝手口の戸を開け、源太郎は振り向く。蘭丸は目を大きくしながら白い放物線を見ている。

「わー!」

 現状把握して叫ぶ源太郎の口を手で塞ぎ、蘭丸は屋内に引きずり込んだ。勝手口の戸を閉め、源太郎から離れる。

「申し訳ありません、近隣の方に見つかってしまいますから…」

 源太郎は返す言葉もない。蘭丸の着替えを見て、用足しと嘘をついてまで自慰をしている姿を見られてしまった。

「苦しそうな声が聞こえて、声もかけずに戸を開けてしまいました」

「おら…」

「本当にごめんなさい。けれど、具合が悪い訳でなくて良かった」

「うぁっ」

 蘭丸はむき出しのままの一物に触れた。たったそれだけで源太郎はまたむくむくと反応してしまう。

「何するだ」

「其処へ掛けて下さい」

「え…?」

 蘭丸は源太郎を板間に座らせると、膝の前でしゃがんだ。

「一度では足らないのでは?」

「…」

 蘭丸は源太郎の浴衣の裾を拡げ、下帯を解いていて下半身をすべて晒け出すと、持ち上がった肉竿を手が汚れるのも構わず掴んだ。

「あっ…」

 蘭丸は手を上下に動かし、もう片方の手で袋を絶妙な力加減で揉みしだいて、源太郎を追い込んでゆく。自分でするよりずっと心地いい。長く味わっていたくて腹筋に力を込めるが、叶わずに直ぐに上り詰めた。

「お蘭、汚れる…からっ」

 先端が温かい。何をされているのかと見下ろすと、蘭丸がそれを口に収めていた。

「な、何して…っ!」

 止められるはずもない。蘭丸の狭い口内に体液が満ちてどろどろとした感触に包まれる。これはどちらの熱なのだろうか。蘭丸はゆっくり啜り上げて、白濁を溢さないように口を結んで源太郎のものを離した。あの小さな口の中に、己の出したものが入っている。

「何してるだ、早く、出すだ」

 心配する源太郎から半歩下がり、蘭丸は少しずつ飲み込んでいる。

「そげんもの飲んだら…」

 蘭丸は息をつき、顔をあげた。

「大丈夫です。障るものではありません」

 何てことだろう。確かに汚れはしないが、まさか口の中で射精してしまうとは。源太郎は驚きでまじまじと蘭丸の唇を見つめた。

「まだ元気ですね」

 唇が動き、また膨張した源太郎に近付いてきた。

「くあっ」

 今度は一気に食らいつき、呑み込んでゆく。奥の方の狭い部分で強く締め付け、根元を手で押さえたまま顔を前後に動かした。粘膜の感触と律動を源太郎は抵抗を止めて受け入れ、身を委ねた。そう長い時間もかけず、再び果ててしまう。

「んぶっ」

 蘭丸の頭や肩が大きく揺れ、土間に源太郎の体液が落ちた。萎れた茎に蘭丸が吐き出した白濁で汚れ、蘭丸が咳き込んでいる。

「大丈夫だか?」

 蘭丸は噎せながら頷いていた。大丈夫ではないだろうと思いながら、源太郎は蘭丸の華奢な背中を摩った。

「ごめんなさい、一方的にした上に、上手に出来なくて」

「いや、気持ち良かったから…」

 立て続けにすぐ出して弁解何て出来るはずもない。蘭丸は綺麗な手拭いを手に取った。

「お拭き致しますね」

「いいだよ、自分で拭くから」

「はい…」

 蘭丸は少し残念そうに布を手渡した。源太郎は蘭丸の頬に手を添え、布を口元に押し当てた。

「苦しそうにしてたけど、慣れてないんか?」

 蘭丸は恥ずかしそうに俯いた。あんなことをしておいて、今さらそんな表情をするとは。

「源太郎様のは大きいですから、歯を当ててはいけないので、ずっと大きく開いていなくてはいけないのです。何回もしてはいるのですが、奥に入れるとえずきそうになって…」

「何回もか」

 指や舌の動きは巧みだった。源太郎は蘭丸の歯の間に指を入れ、開かせた。体液は残っていないが、成程、小さい口をしている。整った配列で並んだ白い歯と、先まで源太郎を包んでいた桃色の粘膜をじっくり眺める。

「えんあ…?」

「あ、すまね…」

 発音の僅かな舌の動きで、源太郎は我に返り、手を離した。蘭丸が立ち上がり、気遣いで背を向けると、源太郎は手拭きで股間の白い汚れを拭った。

「今は、蘭がしたいと思ったから、一方的にしただけですから。ですから、罪悪感を抱く必要はありません」

 蘭丸の言葉の意味が分からなかった。

「なして罪悪感になるだ?」

 源太郎は綺麗に拭いたものを白布の中にしまい、帯を結び直した。

「今、蘭がしてしまったことで、源太郎様の志津殿への気持ちを裏切ったことにはなりません」

 源太郎の中の志津が薄れていたことに、蘭丸の言葉で気付かされた。蘭丸は源太郎の手慰みは志津を想ってしていたことと思っただろう。しかし、実際は蘭丸の着替えを見ての行為だ。たった二日でこんな風に心境も変われば、蘭丸は軽蔑するかも知れない。蘭丸の言う、『誠実』や『一途』と言った言葉が肩に重くのし掛かった。

「ごめんなさい、私…」

 下を向く源太郎に掛けた不安げな蘭丸の声。源太郎は立ち上がって蘭丸に背を向けた。こんな情けない顔は見せたくなかった。

「ちっと、外行く」

「どちらへ?」

「今、一人で考えたい」

「他所へ行っては駄目です」

 蘭丸が源太郎の着物を引っ張り、前へやって来た。

「安静にしていただかないと。一人になりたいのなら、蘭が外へ行きますから」

「へ?」

「お腹が空いたら召し上がって下さいね」

 蘭丸は鍋を指差し、戸を開けて外へ出ると、後ろ手で戸を閉めた。蘭丸はいつだって源太郎のことを考えてくれている。なのに、源太郎は自分のことばかりだ。源太郎はすぐに戸を開いた。振り返った蘭丸と目が合う。
「お早いですね。考えは纏まりましたか?」

「うん。お蘭が、おらのこと嫌いになるなんて有り得ないって言ったばっかなのに、もう忘れてた」

「早いです。決定事項なので、頭に叩き込んでください」

 蘭丸は笑って言った。源太郎は頷いて、蘭丸の頬に触れる。まだ温かいことを確認して、手を引っ込めた。

「こげん寒いのに、羽織りもなしでずっと待ってるつもりだったか?」

「ずっとは待てません。養生所にも寄らなければなりませんし、せいぜい半時くらいかと」

「体が冷えるには充分な時間だ」

「そうですね」

 相変わらず笑顔が可愛くて、胸が締め付けられる。心苦しさの正体は分かっている。けれど、節操がなさすぎて伝えるのを止めた。
 かた、と戸が音を立てた。

「誰でしょう」

 蘭丸が前に立って戸の隙間から外を覗いた。

「中哉殿」

 蘭丸の声が明るい。確か、中哉とは康の夫だと言っていた。

「おはようございます」

「ああ、お早う」

 中哉らしき青年は、背が低いががっしりとした体つきをしていた。丸い鼻と細く垂れ下がった目が愛嬌がある。蘭丸に優しい笑みを向け、屋内に足を踏み入れる。その薄く開いた目が源太郎の姿を捉えると、急に飛び付いてきた。

「ああ、良かった、良かったよ」

 長くはないが固く逞しい腕に抱きしめられ、源太郎は面を食らう。

「え?」

「堺から帰って来てさあ、源太郎君が大怪我したって聞いたもんで…」

 中哉は源太郎の胸に顔を擦り付けながら泣いている。その強い力に、源太郎は胸が熱くなった。

「あ、あんたも家族だか…?」

「でも良かったよお、目ぇ覚めてさぁ…」

 源太郎の問いは耳に入っていないようで、中哉は泣き続けている。源太郎は隣の蘭丸に訊ねた。

「お蘭、おら、この人のこと何て呼んでただ?」

「親しみを込めて中哉と呼んでおりました」

「そうか。なあ、中哉」

 源太郎は中哉のがっちりした双肩に手を置いて、身を引いた。短時間ではあり得ないような涙の染みが胸に出来ている。

「心配かけてすまなかった。おら、記憶なくしちまって、中哉のこと覚えてねえけど、また仲良くしてくれたら嬉しいだ」

「当たり前だよお!」

 中哉は分厚い掌で源太郎の背を叩いた。蘭丸が中哉に新しい手拭いを渡して語りかける。

「中哉殿、良ければ朝食を召し上がって行かれませんか?大したものは出せませんけれど」

「有難う、戴くよ」

 中哉は瞼を赤くさせたまま優しい笑顔を向けて答えた。

「じゃあ源太郎君。診察を始めようか」

「診察?今から?」

「ああ。義兄さんに会いに行くならって頼まれたんだ」

「分かっただ」

「此方へ」

 蘭丸が炉端に座布団を並べ、源太郎は其処へ中哉と向き合うように座った。中哉が膝を立てて包帯を外す。

「ああ、傷口が綺麗だ」

 中哉は落ち着いた声で言うと、冷たい糸切りを患部にあてがう。こそばゆさを伴うじわじわとした痛みがむず痒い。

「順調に良くなってるよ」

「もう、風呂に入れるだか?」

「そうだなぁ。頭を濡らさず、体を温め過ぎなければね」

「なら、仕事はいつから出来る?」

「結構な重労働だからね。仕事はもう二、三日は休んだ方がいいよ。はい、糸は全部取れた。消毒するからね」

 酒の匂いのする布で傷口を拭かれ、新しい包帯を巻かれる。

「わざわざ来診していただき、有難うございます」

 温めた朝食を盆に並べながら、蘭丸は言った。

「いや、康ちゃんたちから聞いて、居ても立ってもいられなくてね」

「中哉殿は何時お帰りになったのですか?」

「昨夜だよ。遅かったから、会いに行っても迷惑だろうし、蘭丸君が寺に行く前に訪ねなければと思って」

「寺に行くだか?」

 源太郎が蘭丸の方へ向くと、蘭丸は源太郎の前に盆を置いた。

「ええ、四日置きに通っております。源太郎様がお怪我をしてから、一度休んでしまいましたが」

「蘭丸君は博識だからね、子供や働き口を探す人に読み書きや計数を寺で教えているんだよ」

「へえー。凄いな」

「いえ、専門的なことではなく、簡単な読み書きと計算だけですから」

「そいでも凄いだよ。だが、なして寺で?」

「先生や中哉殿が斡旋して下さいました。もともと、ご住職とお弟子さんがお教えしていたのですが、もっと小さな子供たちや学び損ねた方へ勉強の機会が与えられたらと」

「蘭丸くん、評判良いんだよ。優しいし、丁寧で分かりやすいって」

 源太郎は、子供たちに勉強を教える姿を想像した。しかし、源太郎自身はそんな経験がないもので全く浮かんで来ない。

「なあ、今日は寺に行くだか?」

「まだ、決めかねております。源太郎様は安静にしていなければなりませんし、一人にはさせておけません」

「だが、手当ても終わったし世話ないだよ。一人が心配なら、おらも寺に行っていいだか?」

「え?」

「お蘭が先生しているとこ、見たい。駄目か?」

 源太郎は中哉に顔を向けた。中哉はうーんと考えている。

「寺まで多少歩くけど、それくらいなら構わないよ」

「本当だか?」

「うん。ただし、傍でじっとしてることだね」

「分かっただ。いいだな?」

 源太郎は蘭丸に向き直る。蘭丸は頷いた。

「中哉殿が仰るなら」

「良かった。楽しみだな」

「近くの寺へ行くのが楽しみなのかい?」

「ああ。だって、ここと養生所以外の場所行ったことねえもん」

 中哉の問いに答えると、中哉と蘭丸は視線を合わせ、何やら考え込んでいた。源太郎は意に介さず目の前の食事を平らげた。





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