冷たい橙液
小姓になったばかりの蘭丸と信長の話。
番外編拾参話の前辺り。
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小姓達の剣術稽古の時間が終わった。皆談笑しながら、荷物を持って着替え部屋に向かって行く。
道場に一人、蘭丸は雑巾がけをしていた。これも、下っ端の蘭丸の仕事である。
水拭きを終えて、夕日を受けた床を眺めた。次は乾拭きをしなければ。蘭丸は乾いた雑巾でてきぱきと床を擦った。足音が近付いて、床が軋む。顔を上げると、小姓頭の夜叉丸が駆け寄ってきた。
「蘭殿、お館様がお呼びだ。直ぐに来るようにと」
「では、急いで着替えて参ります」
「すぐにと仰せだ。遅れれば、私がお館様に叱られてしまう」
「はい」
蘭丸はせかせかと誰もいない着替え部屋へ向かった。
信長は、時折こんな風に急に呼びつけることがある。新人小姓の蘭丸は業務的な仕事を任されることは殆どなく、急ぎの用と言っても、信長個人の気まぐれであろう。それでも、蘭丸にとっては何よりも大事な任だった。
「あれ?」
蘭丸の着替えを仕舞った籠が棚からなくなっていた。思い違いかと、きょろきょろと周りを見てみるが、何処にもない。
「あ」
棚の一番上に籠が伏せてあるのが見えた。蘭丸の背丈でめいいっぱい背伸びして、やっと見つけられる位置だ。
まただ、と蘭丸は溜め息をついた。こんな風に、些細な嫌がらせをされることには慣れた。しかし、今は状況が状況なだけに焦りを抑えられない。
蘭丸は棚をよじ登った。暫く放置されていた其処は埃が溜まっていた。籠を引き摺って着地する。
蘭丸の着替えは、黒ずんでしわくちゃに籠に収められていた。この棚でも拭いたのだろうか。中を広げてみると、かさりと何かが落ち、拾う。それは干からびたみかんの皮だった。
「……」
結局、蘭丸は着替えを諦めた。髪や服に纏った埃を叩いて簡単に汗を拭いて、雑巾掛けで汚れた手を洗う。もしも、体を求められた時の為、最低限の身嗜みを整え、信長の元へ向かった。
「信長様、蘭丸に…」
部屋の前で声をかけると、言葉の途中で、向こうから襖を開けられた。
「遅い」
信長に腕を引かれて部屋へ連れ込まれた。
「申し訳ありません」
「まあ良い、座れ」
信長は客人用の分厚い座布団を指差した。蘭丸は素直に従い、腰を落とす。
「暫し待っておれ」
信長はくるりと背を向けて、何やら準備している。信長は表情が乏しく、心情が読めないことが多々あるが、その後ろ姿はどことなく楽しそうで、蘭丸は安堵した。信長とは、蘭丸が初めて人前で失態を冒したあの日以来顔を合わせていない。
蘭丸は膝の上で拳を握った。
ほんの数日前のことだ。信長との謁見に、諸大名たちが集まった。献上品を運ぶ際に、蘭丸はみかんの入れ物を持っていた。みかんは高く積まれ、重くて足元が覚束ずにいた。
「汝の細腕では辛かろう」
信長がそう口にした直後、蘭丸は足を滑らせた。みかんが固い床に転がり落ちてしまった。その瞬間、どっと笑いが起こった。蘭丸は笑いの中、蒼白の顔を上げた。謝りながら四方に散らばったみかんを拾いに回る。みかんを献上した者も、にこやかに笑いながら手元に転がったみかんを蘭丸に手渡してくれた。完熟した柔らかい皮が凹み、果汁が漏れていた。
その日の夕餉の献立は、献上品の幾つかが加えられていた。中国の茶と山菜、それからみかん。どの膳にも、潰れたみかんはなかった。
「蘭丸殿は大人の気を引くのが上手いな。ああすれば、皆に名を覚えて貰えるものな」
ある小姓が嫌みたらしく言った。蘭丸は聞こえない振りをした。失態を引き摺って気落ちしていたせいで、否定の言葉を返しでもしたら、感情が溢れて泣いてしまいそうだった。
最後に水音を立て、信長がこちらを向いた。後ろ手に何か隠している。
「お蘭、目を閉じろ」
「目を?」
「そうだ」
蘭丸が従うと、信長は冷たい碗を蘭丸に手渡した。
「飲んでみろ」
蘭丸は碗に口をつけて傾けた。少し濃い、冷たい液が唇に触れ、流し込むと爽やかな酸味とちょうどよい甘さが口内に広がった。渇いた喉に心地良く、こくこくと飲み干した。
「どうだ?」
「とても美味しいです」
飲みきってから目を開けると、碗の中に氷が残り、橙の雫が付着していた。
「みかんの果汁ですか?」
「そうだ」
信長の後ろに傷んだみかんと皮が積まれていた。
「お蘭のお陰で良き発見があったぞ。潰れた果物は、搾って漉せば良い」
「私は何も…」
「次は、これにて皆を持て成そう」
「きっと、喜ばれますよ」
蘭丸が落ち込んでいることに気付いて、気遣ってくれているのだろうか。
「この為に、蘭をお呼びしたのですか?」
「そうだ」
「あ、有難う御座います」
信長の意図は相変わらず掴みづらいが、これは優しさなのだろう。蘭丸は嬉しさに頬を染めた。
「もう一杯飲むか?」
「では、一杯だけ」
まだ、道場の掃除と着替えの洗濯をしなければならない。時間も時間なだけに、長居も出来まい。
「では、目を閉じろ」
「またですか?」
碗を手から浚われ、蘭丸は目を閉じた。膝の上に手を置いて、受ける準備をしたが、寄せられたのは信長の濡れた唇だった。
「ん…」
口内に甘い液を流し込まれ、飲み込むと、唇は離れた。
「どうだ?」
「…先のより、甘味が強いです」
「水飴を混ぜたからな」
信長は碗の中をごくごく飲んだ。
「旨い」
飲み干すと、とろりとした液がぺっとりと口髭を濡らしていた。
「少し、甘過ぎます」
拭うものが見つからず、蘭丸は指先で髭をそっと擦った。信長が、その指先を口に含んで、音を立てて吸った。
「ほ、本当に、用はこれだけなのですか?」
信長は妖しく微笑みながら、蘭丸を抱き寄せた。
「誘ったのは汝であろう?」
「そうなのですか?」
そんなに物欲しそうに見ていたのだろうか。蘭丸は信長の腕の中で俯いた。
「お蘭」
耳元で囁かれる。こそばゆく顔を上げると、甘い唇が寄せられ、触れ合う。口付けを受けながら、道着を剥がされ、腰紐を解かれる。蘭丸は脱がせやすくなるように腰を持ち上げ、閉じた膝を立てた。
はっと蘭丸は目を開けた。足に信長の膨らんだ中心に当たったのだ。信長は唇を離した。唾液が糸状になって二人の唇を繋いでいた。蘭丸は顔を赤らめて信長の固くなった箇所を凝視してしまった。今、信長は自分を求めてくれている。蘭丸は信長の腰に手を伸ばした。ごそごそ腰紐を探っていると信長に鼻を摘まれた。
「慌てるな」
信長がからかうように笑う。こんなに猛っているのに、信長の方がずっと余裕がある。そして、自分の方がずっと貪欲に思えて恥ずかしかった。
「すみません…」
「良い、愛い奴だ」
信長はそっと蘭丸の体を倒した。剥き出しの胸の上に、碗を翳す。
「あっ…!」
信長はそれをひっくり返した。冷たい水滴と、大粒の氷が蘭丸の胸に落ちる。
「冷た…」
「体が火照っておるな」
つうっと雫が脇に流れ落ちた。その温度が、感触が、蘭丸の肌を泡立たせる。信長は氷を取って乳首にこすりつけた。
「ん…、あ!」
この冷たさは少し痛みにも似ていて、芯にじんと響いていた。同時に、沸々と熱がこみ上げて、氷に触れた箇所が痺れてゆく。
「や」
信長が赤く腫れた乳首を口に含んだ。強めに噛まれて絞り取るように吸われる。氷の冷たさで鈍っていた感覚が、段々口内粘膜の温もりによって引き戻されてゆく。
「ん…、ん…」
唇が離れて、乳首は更に赤くなった。信長は指先で氷を滑らせる。胸、脇腹、へその窪みを通り過ぎると、蘭丸の袴を引き下ろして下帯の中に落とした。
「や、あ」
「嫌か?」
蘭丸の体が飛び上がると、信長は肩を押さえながら、足の付け根から下帯の薄い布の中へ手を入れて蘭丸自身を握り締めた。
「冷たいです」
「ならば汝の熱で温めれば良かろう」
「うっ、ああ…!」
信長は握った手を上下に扱いた。溶けた水が滑りやすくさせて、中で肉刀の鞘の出し入れを繰り返している。
「痛…」
蘭丸は涙を浮かべ、眉間に皺を寄せながら信長を見上げた。目が合うと、信長はふっと笑った。手の中で大きくなっているのに、痛がっても説得力がない。
蘭丸の下帯は溶けた水と先走りの液でびしょ濡れになっていた。信長は上下運動を中断し、氷を根元の膨らみに押し当てる。手の中で三つの塊を弄んでいると、極まった蘭丸は白い熱を吐き出した。
「随分出したな」
信長は蘭丸の下帯を解き、布をまじまじ見ながら呟いた。
「信長様…」
蘭丸は息荒く、胸を上下させながら接吻を求めた。信長は応えてくれた。吐精後の倦怠感に信長の優しい口吸いはたまらなく心地いい。夢みたいに意識がふわふわと浮遊してしまう。けれど、まだ信長を満たせてはいない。
唇が離れた時、信長は蘭丸の内腿に手を添えた。蘭丸は自ら脚を開いた。白濁が下に流れ落ち、蕾はひくひくと震えている。
「あ」
信長は其処へ指を挿して、解しながら指の腹で内壁をさする。
「ん、んん…、くっ」
信長がニ本指を挿した時、蘭丸はつい力んで太腿を閉めてしまった。
「すみませ…」
「良い」
信長の笑みは優しく、まだ余裕がある。信長は蘭丸の膝を開いて、入り口から指を抜くと、自分の下衣を下ろして、下帯を解いた。
蘭丸は固唾を飲んだ。信長のそれは、天を貫く勢いで聳え立ち、先端の露が光っている。
「…下さいませ…」
蘭丸は小さな声で懇願した。信長は顔を寄せる。
「どうした?また接吻か?」
蘭丸は首を横に振る。
「ならば乳首か?それとも、ここか?」
「ああっ!」
信長は放ったばかりの蘭丸の下肢を掴んだ。そこに刺激を与えようとすると、蘭丸は叫んだ。
「いや!欲しいです」
「では、やろうぞ」
「っ…!」
信長は蘭丸の後孔に小さくなった氷を埋めた。待ち受けていたものとは違う。蘭丸が欲しかったのは、もっと熱くて猛々しい信長の雄なのに。
「やっ、うう…」
指で奥まで差し込まれる。無機質な張型よりもずっと冷たく、今まで感じたことのない体内の冷気に、蘭丸はおののき、解された蕾は縮みあがる。
「良いか?」
「中、冷たいです…」
「で、あろうな」
信長は蘭丸の冷えた其処に自身をあてがった。信長の熱い先端に溶かされたように、固くなっていた蕾が信長を受け入れた。
「ん!」
蘭丸は先端が埋まった頃合いに、二度目の熱を信長の腹にかけてしまった。余分な力が抜けて、結合部の締め付けが弱まると、信長は腰を進めた。
「ああんっ…」
信長が杭となって、更に氷が深い所まで進んだ。
「冷たいな」
身長差のせいで、繋がってしまうと信長の顔が見えず、どんな表情をしているのか確かめられない。
「蘭はあったかいです」
温もりに縋るように信長の腰を抱き締めた。
「これでは身動きが取れぬ」
信長は背を伸ばして、蘭丸の腰と肩を両手で床に押さえつけた。蘭丸は腕を解かれ、物寂しく信長を見上げる。
「くくっ…、すぐに温めてやる」
片方の足を持ち上げて、腰を何度も前後に打ちつける。
信長が抜き挿しする度に、瑞々しい胎内で、冷たい塊が遊んでいる。冷たさと熱さが何度も交互に来る。段々、中の杭が氷に熱を奪われ始めて、冷気で満ちた頃。
「あ…」
温かい先走りが零れたかと思うと、びくっと揺れて、一際高い熱が押し寄せて急速に中を満たしてゆく。
「いっぱい…」
信長の放熱はいつもより長く、量もあった。逆流した精が結合部から零れる。
はあ、と信長は深めに息をついた。体から抜け落ちて、大量の精が滴り、足の間から伝って落ちているのが分かった。信長が白濁の沼から小さい塊を拾い、蘭丸の胸の上に置いた。
信長と蘭丸の熱によって溶かされた氷だった。それはすぐに蘭丸の体温で形を失ってしまった。
信長は蘭丸を抱いたまま床に寝そべる。珍しく疲れてしまったのだろうか。
「信長様」
こちらを向かせて信長に口づけた。先に信長がしてくれたように、そっと唇を包み込んで啄むと、僅かにみかんの味を感じた。短い口付けを終えて、蘭丸はそのまま信長の胸に収まった。
余韻に浸りつつ、これからすべきことを思い返した。信長の体を拭いて、汚した床を綺麗にする。もう、とっくに乾いているだろうから、道場はもう一度水拭きをして、乾拭きをしよう。汚れた着物は今晩のうちに洗って、道場に干しておこう。朝、皆が目覚める前に取り込めば誰にも気付かれずに済む。そしてまた同じ服を着れば、くだらない嫌がらせもなかったことになる。素知らぬ顔をしてやり過ごせば、こんなつまらないことは終わるのだろうか。
「……信長様、蘭は、時折、周りの方を欺くことがあります」
信長は返事をせず、蘭丸の肩を抱いていた。
「本当は、悲しいこともあります。けれど、平気な振りをします。たまに、それに疲れてしまいます。だけど今日信長様に、元気を分けて貰いました」
蘭丸は身を起こす。
「本当に有り難う御座いました」
裸のまま、頭を下げた。
「お拭き致しますね」
蘭丸が立ち上がる直前に、信長は蘭丸を強引に床に転がし、組み敷いた。蘭丸の背中にちょうど体液の水たまりがあった。背を汚し、体液が跳ねて髪にまで付着する。
「信長様…?」
「まだ、終わっておらぬ」
「あ…」
迂闊だった。信長と体を重ねて、一回で終わったことなどない。
「でも、まだ…」
口を塞がれる。悪戯な指先が肌を這う。
「んっ…」
指先が蕾に辿り着いて、埋まった。
「まだ、なんだ?」
唇を離して、顔を間近で問う。
道場の掃除と、洗濯がある。
「仕事が」
「ほう。信長よりも大事な、か?」
「そんなもの、ある筈ないじゃないですか」
蘭丸にとって信長がどれだけの存在か分かっている癖に。蘭丸が頬を染めると、信長は満足げに笑った。
「あ、嫌…!」
信長が指を深く挿して、内部をなぞる。再び熱が灯ってしまう。
「信長様っ」
「何だ?」
「…どうか、お手柔らかに…」
蘭丸は、それだけ伝えて目を閉じた。そんなことを口にしても、手加減してくれる相手でないことは分かっている。押し当てられた唇を吸い返しながら、蘭丸は計画を立て直した。明日、早く起きて、まず洗濯をして、裏庭の桃の木に干せば午前中には乾く。朝餉までに道場の床を雑巾掛けして…。
「んぅっ…」
信長の唇が、舌が、掌が、指先が蘭丸を支配する。駄目だ、もう考えられない。蘭丸の思考回路が途切れた。
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