妄想、愉悦。


知らない刻み目


   

 小姓時代の蘭丸と信長。
 番外編の少し後の話。




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 ぱたん、と蘭丸は自室の畳で横になった。
 疲れた。ここの所忙しくて、ずっと走り回っていた気がする。蘭丸は何にもない天井を眺めた。

(あそこの染み、顔みたいだ…)

 どうでもいいことを発見した。そう言えば、貰い受けたこの部屋も、ただ眠るだけの場所となっていた。
 寝返りを打ってうつ伏せになる。畳は綺麗で、取り替えてから時間が経っていないようだった。畳縁の布に可愛らしい花模様があしらってある。先人の趣味であろうか。

(夜叉丸殿…)

 この持て余してしまう広い部屋を蘭丸に与えてくれた人。とても綺麗で、優しい人だった。ふと、夜叉丸の美しい泣き顔を思い出した。あの人は、今どうしているだろうか。
 よし、と蘭丸は起き上がり、硯を出し、炭を摺った。筆を取り、そこで手を止める。

「やめよう…」

 墨の染み込んだ筆を置いて、再び寝転がる。何だか信長に近しい自分が文を送るのは、夜叉丸の足を引っ張ってしまうような気がした。

 夜叉丸がこの城を離れて二月経とうとしている。きっと、今頃寂しい気持ちに折り合いがついている頃かも知れない。

「お蘭!」

 ぴしゃりと部屋の戸が開いた。蘭丸は驚いて身を起こす。

「信長様…」

「よい、寝ておれ」

 信長は後ろ手に戸を閉め、部屋へ入る。
 自室に主を招き入れるのは初めてだった。蘭丸が戸惑っていると、信長は隣に身を横たえた。

「枕をお持ちいたします」

「枕はいらぬ。汝も寝ておれ」

「では、膝を貸しましょうか?」

「必要ない」

 信長は起きあがってしまった。表情がむすっとしているように見える。気に障ることでも言ってしまっただろうか。

「文か?」

 信長は机を指した。

「はい、家族に」

 咄嗟に嘘をついてしまった。何故か信長の前では夜叉丸の話をしたくなかった。信長の最愛の小姓を手離した寂しさを垣間見る瞬間がある。それ故の気遣いか、嫉妬なのかは自分でもよく分からない。

「寂しいのか」

「え?」

 蘭丸はどきりとした。しかし、それは信長が蘭丸に問いかけた疑問の言葉で、「家族と離れて」と付け足した。

「いいえ、寂しくはありません。信長様がいてくださいますから」

「では、そう書けばよい」

 信長は筆を取り、さらさらと紙へ走らす。
 蘭丸は信長の隣で文字を目で追いかけて真っ赤になった。

「信長様…!」

「何だ?」

 信長は達筆な文字で、破廉恥なことを書き綴った。二人しか知り得ぬ夜のことや、蘭丸さえ気付かない弱点を、事細かに。

「お止め下さい!」

「家の者が読んだら驚くであろうな」

 兄や母が小姓の勤めを理解はしていても、こんなことを知られては顔向け出来ない。蘭丸は信長から筆を奪おうとした。その時、つんと酒の匂いがした。

「甘い」

 信長は蘭丸の肩を掴んで左腕一本で畳へ倒した。

「信長に適うと思うたか?」

 信長は楽しそうに笑っていた。蘭丸は今更になって信長が酔っぱらっていることに気付いた。腰には酒が入っているらしい瓢箪がぶら下げてある。

「読まれては、母が卒倒してしまいます」

「そうか。つまらぬな」

 信長は腰の瓢箪を取り、一口飲んでまた蓋をした。

「信長を楽しませよ」

 これはまた唐突に。蘭丸は起き上がって考えた。

「では、将棋をしましょうか」

「汝相手ではつまらぬ」

「では、ご…」

「碁も弱いではないか」

 言葉の先を読まれてしまい、蘭丸は口ごもる。無言で考えていると、信長の筆を持った手がこちらに寄ってきた。

「わ」

「動くでない」

 蘭丸の顔に筆を走らせた。口周りがくすぐったい。

「信長と揃いだ。似合うぞ」

 どうやら髭を書かれたらしい。酒に酔って上機嫌な信長は、子供のように無邪気だ。

「そんなことをしたら、服が汚れてしまいます」

「ならば脱げば良い」

 信長は蘭丸の両肩に手を置き、左右に開く。

「…畳も汚れてしまいます」

「汚れたら取り替えれば良かろう」

「それは、嫌です…」

 夜叉丸のが残してくれた部屋の畳。出来れば、この部屋は形を変えずに使いたい。

「そうか」

 信長は筆を机に置いて、蘭丸の頬に手を伸ばす。ゆっくり顔を近付けられ、蘭丸は目を閉じた。唇が触れ合うより先に、信長が吹き出した。
 目を開けると、信長が腹を抱えて笑っている。顔に滑稽な落書きがあっては、甘い雰囲気にも持ち込めない。

「酷いです!信長様が書いたのに…」

「すまぬ。拭いてやる」

「もう…」

 信長は腰に下げた瓢箪を開け、懐から手拭きを取って中身を染み込ませた。

「それは、お酒じゃないですか」

「水だ」

 布を蘭丸の顔に近付ける。

「ん、やっぱりお酒じゃないですか」

「黙らぬか」

 顔を拭かれる。酒の匂いと、刺激的な清涼感が肌に伝う。拭き取ると、信長は蘭丸の唇を吸った。蘭丸は広い背に腕をまわして酒の匂いがする口づけを受ける。

「ん、ふ…」

 二人の唇の隙間から、蘭丸の甘い吐息が漏れた。相変わらず息継ぎが下手で、すぐ苦しくなってしまう。そして、唇を離したの信長の優しい眼差しにまだ胸が疼いて、自由になったのにまだ少し息苦しい。
 蘭丸は信長の目尻に指を伸ばした。大笑いした時零れた涙で濡れている。熱い視線が絡み合うと、信長が些か乱暴に蘭丸のはだけた服の合わせを開いた。やはり酔っているせいで、動作が荒っぽい。
 あっという間に服を脱がされ、足袋と下帯だけの姿になる。空気に晒され、全身鳥肌が立った。

「寒いか?」

「少し、寒いです」

「飲め。温まるぞ」

 信長は瓢箪を差し出す。笑い泣いたせいか酒のせいか目尻が少し赤い。まだ夕餉も前なのに酒を飲むにも気が引けて、蘭丸は首を横に振った。

「信長様に、温めていただきたいです」

 言ってから、誘い文句みたいだと気付いた。蘭丸は赤い顔を隠すように信長の胸に顔をうずめた。信長は蘭丸の手首を掴んで身を剥がす。蘭丸の両手首が拘束され、頭上でひとまとめにされた。

「持っておれ」

 信長が酒の入った瓢箪を蘭丸の片手に持たせた。信長は瓢箪に繋がった紐で蘭丸の手首を結ぶ。きついが太い紐であるため、痛みはない。

「これでどこも隠せぬな」

 信長が満足げに笑って、蘭丸を壁に寄りかからせた。硯箱にある、まだ汚れていない細筆を取って、白い毛先で蘭丸の肌を擽る。

「あう」

 初めての感触にびくっと蘭丸の体が揺れると、瓢箪の中がぱしゃりとゆらいだ。水滴が一雫髪に落ちた。どうやら詮を抜いてあるようだ。

「零すでないぞ」

「そんな…あっ…」

 柔らかい筆先に乳首を包まれ、柄を押し付けてくりくり回される。その刺激で触れられていないもう片方も段々尖ってきて、弄って欲しいと主張しているようだった。

「どうだ、お蘭?」

「筆先が…割れてしまいます…」

「そうか」

 信長は筆を瓢箪の酒に浸して、濡らしてからもう片方の乳首をさすった。

「やぁっ…」

 蘭丸は身を捩る。ぴちゃんと瓢箪の中身が揺れる。酒が零れないように身を真っ直ぐにして瓢箪を強く握った。

「嫌、か?」

 信長は蘭丸の中心を覆う布を取った。解放され、中から元気よく分身が顔を出した。それを見て、信長が低い声で笑った。

「家の者に教えてやればよいものを…。お蘭の乳首に触れれば愛らしく鳴くと」

「……信長様以外に知られたら…」

 酒浸しの筆が触れていたせいで、片方だけが色濃くなり、淫らに腫れてしまった。其処を信長に摘まれると、鋭い刺激が走る。

「あううっ」

「そんなに大きな声を出せば知られてしまうぞ?」

 信長は胸に口づけて、乳首を口に含んだ。

「いやあ、ああ!」

 酒のせいでその箇所ばかり敏感に火照っているのに、温かな粘膜に蹂躙される。舌先で舐られ、根元を甘く噛まれながら吸われると体がびくんと揺れて、瓢箪の口から僅かに酒が零れた。
 もう片方を筆でつつかれる。蘭丸は身悶えるも、足の間には信長がいて閉じることも出来ず、ただ、逃げるように腰を捩っていた。

「あ、駄目、駄目え」

 ぴちゃんとまた零れて、蘭丸の手首はびしょ濡れだった。蘭丸は淫らに叫びながら、無意識に昂る中心を信長の膝に押しつけていた。信長は唇を離して、蘭丸の両足を大きく開いた。
 蘭丸の体制は背を壁について腰は大きく前のめりになっている。中心の桃のような先端からとろりと蜜を吐き出していた。もう少しで達してしまうのは目に見えている。信長は蘭丸の顔を見つめた。潤んだ瞳が物足りないと訴えている。信長が手を伸ばすと、蘭丸は首を横に振った。

「畳が、汚れてしまいます」

「では、信長の中に出せば良い」

 信長は屈んで蘭丸のものを口に含んだ。

「い、いけません、そのようなことをなさって…!」

 まだまだ未熟なそれは容易く信長の口内に収まってしまった。主が身を低くして、自分の股間に顔を埋めている。いけないと思っても、湧き起こる快楽は止まらない。

「ああっ…」

 蠢く舌の愛撫に、蘭丸は容易く達してしまった。放出の最中、あまりの気持ちよさに力が抜け、頭から酒を浴びる羽目になった。

「甘いな」

 信長は受け取ったものを総て飲み込んでしまった。蘭丸は細い手首から瓢箪をぶら下げて、唇を舐める妖艶な主を見上げた。主に奉仕させてしまった罪悪感が、沸々と欲情を煽ってしまう。

「床が濡れてしまったな」

「後で、拭きます故、信長様」

「何だ」

「次は、蘭の番です」

「まだだ」

 主導権はない。ならば、次はどうされてしまうだろうか。蘭丸は困りながらも期待している。俯くと、床に転がった濡れた筆が見えた。

「お蘭、何を考えておる?」

「何も…」

 信長は細筆を取り、まだ濡れている乳首を撫でた。

「これか?」

「ら、蘭は、筆よりも…」

「筆よりも?」

「信長様に…」

 幾ら感触が新鮮でも、信長の指や舌で触れられる方がいい。

「あ!」

 信長が蘭丸の腰を掴んで引きずり寄せた。畳に背中が擦れた。信長は蘭丸の腰を持ち上げると、中心の少し下の息づく箇所に、筆を挿した。

「ああ!」

「どうだ、お蘭」

 信長が抜き挿しを繰り返す度に、筆先が形を変えながら内壁を撫でた。まるで毛の生えた未知の生き物が体の中を這うような、経験のない感触。体が驚いて、行き場もなく何度もくねらせ、嬌声を上げた。

「嫌です、抜いて下さい!」

「嫌なのか?」

「蘭は、信長様がいいです!」

「仕方のない奴だ。これではまだ足りぬ」

 呆れたように言いながらも、顔は笑っている。信長は懐から小さな筒を取り出した。行為で使う潤滑油だった。これを持って蘭丸の部屋に赴いたと言うことは、用事など明確だが、蘭丸はそんなことに気付くゆとりもなかった。
 信長は一旦筆を抜き、ぬるぬると重みがある油を絡めると、再び挿し込んだ。欲しがりな窄まりは、求めるように細い筆先を、柄を呑みこんでゆく。

「ひゃあ、ひやぁ」

 蘭丸は悲鳴のような喘ぎを漏らした。中を広げるように、柔らかい筆先をくるりと回すと、より切なげな声になる。

「信長様…」

 快楽に促されて目頭が熱くなり、濡れた瞳で見上げると、信長は頬に手を当てながら、そっと口づけた。温かい掌と、慈愛に満ちた優しい口付け。

「ん…」

 蘭丸が唇から熱い吐息を漏らした。こんなに与えてくれるのに、まだ欲しいだなんて、自分は何て欲張りなんだろう。  入り口が解れると、信長は筆を抜いて、蘭丸の腰を引き寄せ手首の紐を解く。蘭丸は四つん這いにさせられた。背後で衣擦れの音がした。信長が服を脱いでいるようだ。

「う、ああっ…」

 ゆっくり挿入される。筆よりもずっと太くて、熱いものがめり込んでゆく。幾ら慣らしたとはいえ、その圧迫感は凄まじいものだった。

「痛むか?」

「いいえ…」

 信長の気遣いが嬉しい。すると、信長が腰を掴んで蘭丸の背を体に密着させ、そのまま胡座をかいた。

「あ、ああっ」

 信長は蘭丸の両足を開き、両膝に載せる。蘭丸の腰が沈み込んで交わりはより深くなった。

「締め付けておる…。辛くないか?」

「平気です…」

 蘭丸の体は小刻みに震えている。信長は小さな胸板に手を伸ばし、乳首を指先で可愛がる。

「お蘭、前を見てみろ」

 言われて顔を上げる。窓の外に年若い庭師がいる。背の高い木の手入れをしているようだ。蘭丸は背筋に冷や汗をかいた。

「お蘭が鳴く度に、ちらちら見ておったぞ」

「え!?あ、あっ…」

 指先のものを捻られると、声が漏れてしまう。信長はもう片方の手で下にある二つの袋を弄る。中を弄ぶように揉みしだき始めた。

「あ、はああっ」

「良いのか?信長以外に知られても」

 信長はふっと酒の匂いのする息を耳に吹きかけた。

「嫌、嫌です」

 蘭丸は身をくねらせた。腰を信長に押しつけてしまい、中で刺激される箇所が変わり、また快楽がこみ上げて体が震えた。

「うう…」

 蘭丸は声を殺した。信長は蘭丸の耳元で囁く。

「見せてやればいい」

 蘭丸は首を横に振る。すると、信長は腰を突き上げるように激しく揺すった。蘭丸の体が浮いてしまうぐらい勢いがあり、肌のぶつかり合う音が響いた。
 両手で口を塞いだ。中が擦れて、深いところまで突かれて、そうしないと、溢れてしまうのだ。

「存分に乱れぬか?」

 信長は蘭丸の両手首を掴んだ。

「もう、充分に…!」

 こんなに激しい突きを見せながらも、信長の息はちっとも乱れていない。凄いとしか言いようがない。

「あっあ…!」

 涙で滲む視界の先の庭師の顔が、こちらを向いている。視線や表情までは分からない。
 どうしよう、見られているかもしれない。

「見ておるぞ」

 信長は囁いて、蘭丸の中心を掴んで、一際大きく突き上げた。

「いやああああ!」

 蘭丸は嬌声をあげながら放った。信長の掌が白い熱を受け止め、二度の絶頂を迎えた小さな体を畳へ寝かせる。

「はぁ、はぁ…」

 蘭丸は天井を見ながら息を乱した。先程見つけたばかりの顔の染みがこちらを見ている気がする。

(信長様…)

 信長は手の汚れを拭いていた。酔っているのに、畳を汚さないように気遣ってくれている。
 蘭丸はむくりと起き上がって、窓の向こうを見た。庭師は懸命に木を整えている。

「信長様」

 蘭丸は信長の首に腕を巻きつけ、抱き付いた。

「お蘭、あやつがまた見ておるぞ」

 尻を突き出したような格好の、無防備な後ろ姿が丸見えだろう。

「蘭は、かような信長様を、他の方に見せたくありません」

 正室と大勢の側室や小姓を召し抱えている信長に何を言っているのだろうか。信長の浮かべた笑みが、現実味のある侘びしさを引き寄せた。
 信長は蘭丸の頬に手を添えた。

「どうした?」

 信長は直ぐに人の感情を汲み取ってしまう。いけないと、蘭丸はかぶりを振った。信長は、今蘭丸を求めてくれたのだ。ならば、今自分はそれを全うしなくてはならない。

「いいえ」

 まだ、信長の中心は天に向かっている。蘭丸は屈んで、その先端を口に収めた。長さもさることながら、太さもあるから、口をめいいっぱい広げなければならない。

「っ、んん…!」

 信長は蘭丸の頭を掴んで前後に揺すった。口いっぱいに、苦しくてえずきそうになる。

「飲め」

 口の中の変化と信長の声に、蘭丸は見上げて、出して下さいと言う代わりに目を閉じる。同時に熱い粘液が口内に満ち溢れた。

「んむ!?」

 この瞬間は、いつも驚いてしまう。すぐに容量を越えてしまって、飲み込んでも足りずに口からぼたぼたと零れた。

「ん…」

 もう一度飲み込む。まだ出てくる。三度、ごくりと飲み込むと、長い放熱は終わり、口の中のものが柔らかくなっていった。
 蘭丸は信長の股に顔を埋めたまま、体液で汚れた箇所を舐める。そのまま手を添えて大きな膨らみを弄んだ。

「お蘭、もう良い」

「もうですか?」

 信長は深い息をついて寝そべった。蘭丸は上から覗き込む。

「…まだ、一度だけですよ」

 蘭丸の言葉に、信長は笑った。

「蘭は、何か変なことを言いましたか?」

「いや…。相変わらず汝は愛らしいな」

 頬に手を添えて、顔を引き寄せられた。信長の熱い唇は始めは優しく、段々と情熱的に触れられる。
 終わり?始まり?蘭丸は分からずに甘い口付けにも没頭出来ずにいた。唇が離れた時、信長は蘭丸を抱き締めた。

「信長様…?」

 少し苦しい。でも、いつにない行動に蘭丸の鼓動は抑えきれなくなっていた。体制が辛い。上体を信長の体の上に預けて、足を絡ませた。信長の腕の力が少しだけ緩むと、静かな呼吸音に合わせて、ゆっくり胸が上下していた。




 時刻を知らせる鐘の音で目が覚めた。蘭丸は目を開け、起き上がる。状況を飲み込む為に辺りを見回した。
 差し込む夕日、転がった瓢箪と乾いた筆、それから脱ぎ散らかした服。自分は足袋だけ残して全裸で、眠り続ける信長は下は何も着けていない。

「信長様、風邪を引いてしまいます」

 蘭丸は信長の肩を揺すった。しかし、信長は鬱陶しそうに蘭丸の手を振り払い、寝返りを打っただけだった。

「信長様」

 もう一度声をかけると、信長は目を開けた。酒と眠気のせいで少し血走っていた。

「風邪を引いてしまいますよ」

 蘭丸が言う。信長は、不思議そうな顔をして蘭丸を見た。

「お蘭…?」

「はい?」

「……」

 信長が仰向けになり、天井の顔を一瞥して、壁や窓の外を見回している。

「信長様?」

「お蘭、眩しくはないか?」

「眩しいですか?」

 西日が部屋に入り込んでいる。

「日除けをお持ちいたします」

「いらぬ」

 そう言いながら、信長は蘭丸を腕の中に収め、畳へ組み敷くように寝かす。頬に掛かった髪をのけて、口づける。信長の吐息はまだ酒の匂いが残っていた。眩しいのか、顔を上げて窓から西日を見ていた。
 信長と同じ方向を見る。塀の向こうの山間から、沈みかけた夕日が顔を出している。

「ここの景色は変わらず美しいな」

 この部屋を訪れたのは初めてではないのだろう。蘭丸はそんな当たり前の事実に、何故か胸が締め付けられた。

「蘭は、天守から見る夕日の方が好きです」

 信長は金色の光を浴びながら、蘭丸を見詰めた。

「そんな顔をするな」

 蘭丸は自分がどんな顔をしているか分からなかった。少なくとも、信長はこの嫉妬心を見抜いている。
 あんなに良くしてくれた夜叉丸に対して、こんな醜い感情を抱いてしまう自分を恥じた。今の自分があるのも、夜叉丸のお陰なのに。

「寒くないか」

 信長が体を密着させた。何よりも嬉しくて、気持ちが解れてゆく。

「温かいです」

 嫉妬の代わりに罪悪感が生まれた。あの人が失ったこの温もりを、今独り占めしていることを。
 どうしよう。手紙を書こうか、止めようか。蘭丸は用済みの転がった筆を見詰めた。油塗れで、もうあれで文をしたためることは出来ないだろう。
 蘭丸の視線に気付いた信長が筆に手を伸ばそうとすると、蘭丸はそれを止めた。

「じかに、触れて下さい…」

 恥ずかしい。けれど、信長は優しく笑って伸ばしかけた手で蘭丸の額を撫でてくれた。
 この部屋と同じように、信長との関係も、距離もこのまま変わらないでいたい。無理だと分かっていても、蘭丸は心から願っていた。
 



-了-   


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