妄想、愉悦。


追憶の綻び


   


 小姓時代の蘭丸と信長の話。



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 昼下がり、陽当たりのいい縁側で蘭丸は本を読んでいた。畳んだ膝の上に寝入った主の頭を載せている。眩しくないように本で影を作りながら、文字を目で追い、中の半面を捲る。
 ちょうど本を読み終えると、もぞりと信長が寝返って、顔を蘭丸の腹に向けた。ずり落ちた小袖を信長の肩に掛け直して、瞼が日陰へ隠れたのを確認して本を床へ置く。
 こんな風に何もせず、穏やかな時間を信長と共にするのは久しい。蘭丸は自由になった両腕を下ろして、日向の清らかな空気を吸い込んだ。

「!」

 信長の腕が蘭丸の腰を抱いた。ぐいっ引き寄せて、閉じた足の間に顔を埋めている。
 どうやら目を覚ました訳ではないらしく、信長は静かな寝息を立て続けていた。袴の布越しに温かい風が肌を伝う。微かに上下する広い背を撫でた。
 こんなこと、前にあった気がする。いつだったろうか。ずっと前のような…。けれど、信長と出会ってまだ二年も経っていない。既視感に戸惑っていると、信長の手が蘭丸の腰をぎゅっと握った。

「あ」

 思い出した。蘭丸は一人納得して、過去の出来事を頭に巡らせた。あれからもう、八年が過ぎた。
 再びもぞりと信長が動いて、蘭丸の腰を抱いたまま顔を上げた。

「信長様…?」

 信長の力強い双眸から、清らかな雫がぽろぽろ落ちている。

「何故、泣いていらっしゃるのですか?」

 蘭丸は指先で信長の目尻の水滴を拭った。

「寝起きだからだ。眠い」

 信長は体を起こして、無防備な欠伸をした。

「汝こそ、今にも泣き出しそうであったぞ」

「え?」

「眠気ではあるまい」

 信長は眠る前に食べていた蜜でくるんだ甘い煎り豆をぽりぽり食べ始めた。咀嚼の音が語尾に混ざる。

「……」

 蘭丸は頬に手を当て、下瞼を指先でなぞってみる。涙は溜まっていない。

「ここだ」

 信長は蘭丸の眉間をこつんと突いた。

「汝は泣くのを堪える時、皺を作る」

「え?ああ…」

「如何した?」

「…過去を、思い出していました。父が死んだとの報せが入った時のことを…」

「そうか」

「坊丸が…、一つ下の弟が泣いていたんです。母にすがりついて、大きな声で」

 信長がやったように、弟は母の膝に顔を埋めて、腰に抱き付いて泣きわめいていた。
 母は、弟を抱きしめながら、弟の小さな背中を涙で濡らしていた。兄は体を震わせ、口を真一文字にして、まるで怒っているみたいに涙を堪えていた。二つ下の弟は命の尊さをまだ知らず、父を失ったことも気付かずに、泣いてる兄を案じていた。
 自分はと言うと、頭で理解しても感情が追いつかず、ただ、見守りながら、坊丸の悲痛な声を聞いていた。

「結局蘭は、一人きりになるまで泣けずにいました」

 信長が蘭丸を抱き寄せた。手を頭に回して優しく撫でる。顔が近付いてくると、目を閉じて擦れ合う温かい唇の感触に没頭した。煎り豆の香ばしさと覆っていた蜜の甘さ。

「あ…」

 信長の手が腰にまわって、固い結び目を解こうとする。蘭丸はその手を止めた。

「今はまだ…」

「お蘭を慰めたくなった。必要ないか?」

「お心遣い、有り難うございます。けれど、此処では駄目です」

「座敷へ参ろうぞ」

 信長が蘭丸の手を取って障子の向こうを指した。蘭丸は首を横に振る。

「蘭は、悲しみに浸っている訳ではありません。ただ、信長様の寝姿が泣いている弟の後ろ姿と、その…重なってしまって、思い出していただけなのです。誰かがあんなに激しく泣く様を他に見たことがなかったので」

「そうか」

 信長は優しい顔をして、頭を撫でてくれた。

「信長様も、とても気持ちよさそうに眠っていましたよ。何か夢でも?」

「汝と同じように、昔を思い出していた」

「どんな過去を?」

 信長は、返事はせずに手の中の煎り豆を見つめた。そして、口の中に放りこむ。太陽が涙の跡を光らせ、整った横顔に憂いを添えていた。

「信長様…」

「何だ?」

「その過去は、もう取り戻すことは出来ないのですか?」

 蘭丸の言葉に、信長は少し驚いたように目を見開いた。同時に、蘭丸は馬鹿な質問だと気付いて手を口に当てた。

「当然だ、時間は戻るまい」

 信長は瞳の色を変えずに笑っている。

「そうですね」

 何を思い出したのだろう。この人は、色んなものを得ながら、多くの大切なものを失っていた。知識としては色々思い当たるけれど、それでも沢山ありすぎて見当もつかない。
 信長は、不意に蘭丸の眉間を指でつついた。

「皺」

 また泣きそうな顔をしてしまったらしい。結局、こうして気を使わせている自分が不甲斐ない。

「信長様」

「どうした」

 蘭丸は信長の少しべたついた手を取った。

「蘭は、信長様を慰めたくなりました」

 信長は、さっきと同じように驚いて目を丸めた。そして、不敵に笑った。

「そうか」

 信長は蘭丸を座敷へ引っ張り込む。体制を崩した蘭丸の膝が煎り豆の器に当たって、何粒か零れた。振り返って転がる煎り豆を目で追いかけると、障子をぴしゃりと閉められる。

「菓子が…」

 言葉を遮られるようにもつれながら体を倒した。蘭丸は、切り替えて上になり唇を押し当てる。慰めるのは自分。主導権は渡さないと主張するように信長の甘い唇を吸った。

「ふ…」

 唇を離して息をつく。次はどうしよう。信長がしてくれるように、着物の襟を開いて首筋に口づけてみる。何の反応もなく、今度は美しい喉仏をぱくりと口に含んで、ちろちろと舌でなぞってみる。相変わらず何も応えてくれず、吸ってみると、喉がきゅっとしまった。

「苦しいですか?」

「いいや」

 でも、あまり気持ち良くはなさそうだった。鎖骨や胸板をゆっくり舌でなぞってみるが、信長の肌はぴくりともしない。段々と舌が痺れてくる。綺麗に割れている腹筋に到達した頃、信長が手を伸ばした。

「ん」

 信長は二本の指を蘭丸の口に押し入れた。蜜が付着した指で舌をなぞる。蘭丸は口をすぼめて吸い立てた。甘さが消えた頃、信長は指を引き抜いた。ちゅぽ、と粘着質な音を立て、唾液が糸状に二人の唇と指を繋いでいた。

「信長の指は美味いか?」

 信長の問いに蘭丸は顔を真っ赤にして俯いた。その仕草は、頷きと似ている。
 信長は蘭丸の腰紐のゆるんだ結び目を解き、袴を落とした。純白の下帯をよけて肉付きの薄い尻を直接撫で上げる。

「舌が止まっておるぞ」

「…!」

「信長を慰めるのであろう?」

「は、はい…」

 信長の腕の中で、信長の掌の動きに意識が傾いてしまっていた。蘭丸は信長にしがみつきながら体を持ち上げて、信長の耳を唇で挟んだ。輪郭を舐めて、耳朶を甘噛みする。

「!」

 信長の指が奥へ、閉じた表面を湿った指でなぞっていた。舌の動きが疎かにならないようにしても、どうしても後孔から引き出される快楽のせいで集中出来なくなる。

「ん…あっ…」

 指が、ゆっくり侵入する。徐々に深く、深く。あの場所に触れられたら、きっと自分の方が落ちてしまう。

「お蘭」

 信長が名前を呼び、指を止めた。蘭丸ははっと我に返る。信長の耳は唾液で塗れていて、その下の首に口付け、吸い立てる。信長が指を進め始める。寛げるように小刻みに左右にゆすり始めた。

「信長様…、蘭には、このお役目は…」

「果たせぬ、か?」

「自信がありませぬ。どうしても、自分が気持ちよくなってしまって…」

 信長は短く笑って、優しい瞳で蘭丸を見詰めた。瞳には暗い影は見えず、代わりに艶を帯びていた。相変わらず目力があって、吸い込まれそうになる。

「汝は、変わらずにいればそれでよい」

「え…」

 信長は蘭丸に口づけた。舌を口内に侵入させ、小さな舌を絡め取ってしまう。
 変わらずにいれば良いのなら、既に、自分は信長の慰めになっているのだろうか。

「…が、様…」

 蘭丸は口付けの合間に名を呼び、また塞がれて口内を蹂躙された。愛おしさが昂りを掻き立て、蘭丸は信長の背を強く抱き寄せた。唇が腫れる程吸われ、夢中になっていると、後ろの指を増やされる。

「うん…!」

 少量の唾液のみでは滑りが悪く、なかなか指が進まない。無理矢理開口された皮膚が引っ張られて、ぴりりと痛んだ。

「痛むか?」

「いえ…」

「無理はするな。服を脱いで待っておれ」

 信長が体を引いて立ち上がった。蘭丸が言われた通りに服を脱いでいると、信長は床の間にある壺を手に取った。蓋を開け、中から刷毛を取り出した。刷毛には半透明の白い粘液が付着している。

「それは…」

 障子の張り替えの際に使う糊だった。

「わ」

 信長は、蘭丸を畳に座らせ、膝裏を掴んで持ち上げた。さらけ出された箇所に刷毛を撫でつける。蘭丸は冷たい感触に体をぴくぴくと震わせた。前にも、筆でこんなことをしたことがあるが、幅が広い刷毛により、後孔と一緒に小さな二つの袋まで、糊にまみれてしまった。
 信長は、どろりとした粘液を指に纏わせ、蘭丸の中に押し入った。一本はすぐ入り、続けて二本、広げる為に指を回すと、蘭丸の体温で柔らかくなった糊が卑猥な音を立てる。

「んん…」

 ぴちゃり、くちゅり、と粘膜が鳴らす度に体が熱くなって、鼓動も速まる。それだけで達してしまわないように下腹に力を込めた。きゅっと指を締め付け、見つめて合図を送る。

(下さいませ…)

 蘭丸がもう片方の足を外側にすると、信長は指を抜いた。信長はまだ服を着たままで、蘭丸は慌てて起き上がる。

「すみません」

 また、自分ばかりが欲しがってしまった。恥ずかしくて顔が見れない。蘭丸は尻が畳につかないように膝を立て信長の腰の袴を脱がせた。蘭丸はごくりと固唾を飲む。信長のものはしっかり反応して、下帯を押し上げていた。それを取り払うと、窮屈そうにぶるんと首を出し、同時に先走りの水が蘭丸の顔に跳ねる。
 見慣れているはずなのに、この迫力には圧倒されてしまう。何回繋がっても、これが自分の中に入るのだと思うと、初めての時のような緊張感と、それ以上に知り得る快楽に期待してしまうのだった。

「お蘭」

「はい!」

 見入っていると声を掛けられる。

「入れやすくしろ」

「え…」

 蘭丸は言葉の意図のまま、信長に背を向けて犬這いになる。片手を後ろに回し、めくるように尻肉を持ち上げた。手に糊がついて滑りそうで、指が震えてしまう。そして、糊にまみれた小さな窄まりは、呼吸し、白い膜が同時に動いていた。信長は蘭丸の腰を掴むと、それを突き破って一気に侵入する。

「はあああっ!」

 追い詰められていた蘭丸は、ただ挿し込まれただけで達してしまった。

「あ、ああっ」

 畳に白濁液が蒔かれる。どうしよう、止まらない。蘭丸が受け止めようとすると、信長は蘭丸の手首を取って制し、胸に手を滑り込ませ、自分の体に密着させた。蘭丸は膝立ち状態になり、重心が後ろに傾いて、内側の弱点が強く圧迫される。体制が変わったことで、綺麗な放物線を描きながら、眼前の障子に跳ばしてしまった。

「紙、変えたばかりなのに…」

 蘭丸は殆ど一人ごちるように呟いた。

「よう出たな。こんなに小さいものから」

 信長は蘭丸の足の間にある柔らかい袋を揉んだ。吐精後の鈍痛が解れていくような優しい指使いだった。
 蘭丸が脱力すると、信長は胸板に置いていた手を移動させた。桃色の輪に糊をなすって、乳首を指先で突いて転がし始めた。

「あっ」

 薄く伸ばした糊が乾き始めて、指を乳首に貼り付けたり、剥がしたりしながら遊んでいる。ぺとぺとした感触が皮膚を引っ張って、ぴりっと離れると、色付きが濃くなり、大きく腫れてしまった。

「信長様、右側も…」

「どうした?」

「右を…」

「何の右、だ?」

「!」

 信長は、たまにこんな意地悪をする。蘭丸は足の間にある信長の手を取って右胸に導いた。

「触れて下さい…」

「こうか?」

「そう、です…。ひっ、ああっ…!」

 信長が右の乳首を掴み、引っ張ると胸から快楽が零れて、全身に広がり、下腹部を疼かせた。信長は体を前のめりにして、蘭丸の体を倒した。

「弱いな、お蘭。受け止めきれるか?この小さな体で」

「大丈夫です。信長様も、気持ち良くなって下さい…」

 蘭丸は振り返って笑ってみせた。本当は目が潤んで信長の表情がよく見えないけれど、視線が合うようにぼやけた信長の目元を見詰めた。体に収まった信長自身がどんどん熱くなってきた。
 信長は腰を浮かせ、激しく抜き挿しを始めた。

「あ、あっ!」

 体内の急所が何度もこすれて、際限なく昂ぶる。もう何度も感じてるのに、どこまでこの感覚は続くのだろうか。信長の腰つきも、指の動きも容赦なく追い詰めて、頭が変になりそうだった。

「信長様ああ!」

 蘭丸は主の名を呼び果てた。結合部は強く信長を締め付け、ぱたりと力が止むと僅かに隙間が生まれた。蘭丸は畳に倒れ込み、信長と体が離れてしまった。

(ああ、また…)

 自分から堕ちてしまって、腰に力が入らなくて動けない。自分の弱さに落ち込みそうになると、腰や背に温かいものが降った。蘭丸は顔を上げ、振り返る。

「わっ」

 白濁液が跳んできて、蘭丸の顔を汚した。胸や腹まで及び、伝って畳を汚す。相変わらずの濃さと量、そして、改めて見る飛距離。いつも、こんなものを体内で受けとめていたのか。

「凄いです…」

 感心しながら顔を上げると、信長は笑っていた。

「そうだな」

「やはり、凄いのですか?」

「やはり?」

「い、いえ…。その…一般的な基準が分からないもので」

 他の小姓らも、信長の激しさにばててしまうのだろうか。

「そうだな。汝程、強欲な者はそうはおるまい」

 信長は含み笑いながら答える。薄く開けた瞳が艶めかしい。

「蘭のことではありません!信長様が沢山…なさる、ので…」

 段々と語尾が小さくなってしまう。

「汝がしたいのであろう?」

「違っ」

「違う、か?」

 信長が蘭丸を腕に抱き止める。信長の体はまだ熱い。力強い眼差しに、自分の熱も上がってしまう。

「違います…、信長様が、して、下さるのに、蘭はすぐに疲れてしまって…、本当は何度もしたいです。ずっとだって…」

 話しながら、改めて信長の存在の大きさを思い知らされる。自分の中で信長への気持ちが溢れて、涙が出そうになった。零れないように上を向いて見上げた。力の入った眉間に信長は唇を寄せてくる。顎髭が瞼に近付いて、反射的に目を閉じると、雫で濡れた睫に信長は唇を寄せた。

「信長様…」

 唇が降りてきて触れ合い、強く吸われる。そして顎から首筋へ徐々に下がる。

「あっ…」

 また胸。蘭丸は信長の頭を抱き締めた。密着したせいで、もはや糊なのか体液なのか分からない粘着質な固まりが、信長の顔を汚している。それでも構わず信長は腫れてしまった乳首を噛んで吸い、舌でつついてくる。また、体内で火を灯し始めて、下腹部がじんじんしてきた。
 本当に、信長の言う通り自分は欲張りで、どうしようもなく淫らなのを実感させられる。けれど、そうさせているのは信長自身だ。
 蘭丸は信長の下半身に手を伸ばした。豊穣な鬣が糊のせいで部分的に固まっている。ごわごわとした毛束を指で弄ぶ。

「後程、湯浴みをしませんと」

「後で、か…」

 そして、その先へ。完全ではないものの、身に収めるには事足りる堅さで持ち上がっているものを撫でる。蘭丸は片手を信長の頬へ伸ばす。

「今度は私が…」

 信長の腰に跨り、尻に当たる物を掴み、後孔の狙いを定める。上手く出来ずにもたついていると、信長は蘭丸の両の尻肉を掴んで、窄まりに指を添えて広げた。

「良いぞ」

 蘭丸は腰を落として信長を受け入れる。腰を上下に揺すって小刻みに抜き挿しを始めた。信長の表情はまだ余裕がある。悔しいような気分になって下腹部に力を込めた。

「お蘭、焦ってはすぐにばててしまうぞ」

「焦っていません」

「焦っておらぬか?早く欲しいと言っているぞ」

「言っていません」

「言っておる、ここが」

「あっ」

 信長はここ、と言いながら腰を突き上げた。蘭丸はつい力んで信長を締め付けてしまう。信長は自身を包み込む入り口の襞を指でなぞる。もう片方の手で蘭丸の左側の胸を撫でた。

「ここもだ。体は正直だな、されど、汝の唇は…」

 信長は蘭丸の口に親指を嵌めた。舌で撫でると、乾いた膜が溶けて、体液と微かに米の味がした。もう煎り豆の蜜の甘さは残っていない。蘭丸は味わい尽くすように丁寧に舐った。信長の素肌の味は蘭丸の下腹部を疼かせる。そして、中の信長自身もどんどん熱くなっている気がする。どきどきする。この胸の鼓動は、確かに語っている。欲しい、欲しいと。
 蘭丸は腰を上げて、後ろ手で結合部の下にある錘の入った大きな袋を包み込んでもみしだいた。そして胸を反らしながら腰を上下に揺する。近くとも別の急所を同時に責めると、手や体内で信長は形を変え、躍動した。その変化は蘭丸を刺激し、互いに上り詰めていく。
 余裕がなくなって力の調節が効かなくなってくる。蘭丸は手をのけ、信長の肩に腕を載せた。そして、更に激しく腰を揺する。

「次は、中に…、あっ」

 信長が蘭丸を抱き締めた。中で信長が蠢く。

「あ、あー!」

 信長の熱が中ではぜて、粘膜の壁を勢いよく叩きつけた。熱と激動とで思考回路が途切れて、自我が曖昧になる。このまま体ごと溶けて、信長と融合してしまうような感覚になった。

「信長様」

 蘭丸は信長にぶら下がるようにしがみつきながら、夢中で口を吸った。その拍子に腰が浮き、中で役目を果たしたものが抜け落ち、どろりと体液が零れる。畳を汚していることも、今の蘭丸は気付けなかった。

「お蘭」

 珍しく信長から顔を引き、静かに名前を呼んだ。蘭丸は我に返った。信長の濡れた唇が目に入る。

「も、申し訳ありません」

「何故謝る?」

「欲張ってしまって…」

「それが汝であろう?さらけ出そうぞ」

「え?」

「恥じらいで覆う欲求をだ」

「ですが、今は信長様から止めてしまいました」

「汝の表情は豊かで面白いからな。恥いる顔も愛らしい」

 信長は目を細めて笑った。

「茹で蛸のようだな」

 からかわれていると気付いて、蘭丸は唇を尖らせた。けれど、この笑顔を見ていたら力んだ口元も自然と力が抜ける。細くなった目がちらりとこちらを向くと、また心臓がどくりと疼いてしまう。

「仰る通り蘭は欲張りです。でも、蘭が欲しいのは信長様だけです」

 蘭丸は信長の頬に手を伸ばす。信長の深い瞳。蘭丸は手を被せて信長の視界を塞いだ。力強い眼差しを向けられると羞恥心で挫けてしまうから。

「今度は、はぐらかさないで…」

 顔を近づけ傾けて唇を押し当てた。まだどきどきしてる。きっと、密着した胸から鼓動が伝わっているかも知れない。






 障子が西日で橙色に染まっていた。
 抱き合った後、二人は畳に横たわっていた。暫く余韻を噛み締めてから蘭丸は目を開ける。信長はまだ目を閉じていて、剥き出しの体は寝息と共にゆっくり上下していた。
 蘭丸は静かに起き上がって、部屋を見渡した。畳は乾いた糊などがへばりついて、掃除が大変そうだ。
 蘭丸は床の間のつづらを開けた。普段、客間としても使われるこの部屋には、客人用の浴衣が常備されていた。そっと信長の体に掛ける。
 風呂を沸かしてもらって、その間に信長の体を拭いて、部屋を掃除しよう。風呂では入念に体を洗わないと。互いに、至る所にまで糊が付着している。

(あ…)

 信長の耳の下に、無意識に付けてしまった淡い吸い跡を見つけた。どうしよう。誰かに気付かれたりしないだろうか。思わず凝視する。

「ん」

 信長が寝返りを打った。顔がこちらを向き、耳の下の痣が向こうを向いた。安らかな寝顔だった。何だか満ち足りて、幸せそうに見える。
 思い上がりじゃないといい。蘭丸はそんなことを願いながら、もう一枚の大きい浴衣を引っ掛けて、これからの準備のために部屋を出て行った。



-了-   



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