妄想、愉悦。


拾壱


  


「よし」

 小蘭が筆を置き、立ち上がった。蘭丸の目の前にやってきて、手を引いて立たせる。

「お疲れ様。あなたのお陰で最高傑作が完成したわ」

「本当ですか?」

 蘭丸が小蘭の肩の向こうを覗こうとすると、小蘭は遮り襖へ促した。

「駄目。製品が完成するまでは、原本も見せてあげない」

「製品はいつ頃出来上がるのですか?」

「模写して木版にしなきゃいけないから、仕上がるのは五日後くらいかしら」

「…そんなに手間がかかるのですね」

「まあね。直接木版に描いた方がずっと楽ではあるのだけど、素敵なものは色んな形で残したいし」

 ならば五日間ここを訪れることはないのか。蘭丸は小蘭に背中を押されながら階段を降りた。
 小蘭は手を洗い、蘭丸に饅頭の皿を差し出した。今朝小龍と一緒に作ったものだ。

「食べて」

「いいえ、私はまだ」

「お腹空いてないか。お昼前だものね」

 小蘭は蘭丸が包んだ歪んだ饅頭を口に入れた。

「やっぱり、お饅頭はこれくらいの小ささでなきゃね。小龍のは大きすぎて、口寂しいおやつの時は食べきれないもの」

「でも、形が悪くて」

「私はもっと下手よ」

 小蘭は茶碗の水を一気に飲んだ。

「こんなに早く終わっちゃって退屈でしょう?」

「いいえ。小蘭殿と話すの、好きですから」

「有難う。可愛いこと、言うのね」

「あの、小蘭殿は、いつ頃から絵を?」

「物心ついた頃から好きよ。よく、庭に木の枝で絵を描いたの。本格的に始めたのは五年前から。その頃、やっと道具が揃えられたの」

「小蘭殿の画材は高価なもなのですね」

「そんなんじゃないの。普通の筆よ?単に、私たちの生活が貧しかっただけで。十の時に、両親が立て続けに死んでね、お祖父ちゃんはもう年だし、小龍はまだ七つで小さいし、その頃は体も弱かったし、私が働かなくちゃいけなかったの」

「十では、小蘭殿もまだ小さいではありませんか」

「…そうね。でも、体は大きかったし健康だったから、商いで色々働かせて貰ったの。辛いこともあったけど、小龍も働けるくらい健康になったし、生活も大分楽になったのよ。絵にのめり込んだのはその頃よ」

 小龍の言葉を思い出した。しがない弟。たった三つ違いの姉を一人働かせることは、弟にとって不甲斐なかったのだろう。

「でもね、私、その時がなければ、絵がこんなに好きって気付かなかったわ。裕福だったら、もっと違う生き方してた。色恋にうつつ抜かして、嫁いで、子供生んで、その夫と子供の為に残りの人生費やして、そんなの考えられない」

 小龍が小蘭に望んだ生き方だった。小龍は、罪の意識から姉が否定する生活を求めている。

「勿論、それが悪いって言ってる訳じゃないのよ?私には、それだけ絵が大事なの。絵は私にとって伴侶であり、子供でもある」

「小蘭殿がお幸せでも、小龍殿は、気にしています。ご自分を責めて…」

「姉が弟を守るのは当たり前なのにね?」

「きっと、小龍殿は男の矜持を幼いながら持っていたのだと思います。だのに、小蘭殿が幸せだと受け止められないで…」

「そうね。でも、私も、小龍のそんな気持ちを利用してるところがあるし」

「利用?」

「小龍は何でもしてくれるの。それに、私が気兼ねなく頼めば、その分…」

「利用だなんて、小龍殿が可哀相です。小蘭殿は、小龍殿に幸せだと伝えるべきです。小龍殿が納得するまで」

「蘭さん…」

 小蘭は目を丸くした。

「差し出がましいことを、失礼しました。けれど、二人とも想い合っているのに、 わだかまりがあったままでは悲しいです。小龍殿だって、心から小蘭殿も、小蘭殿の絵も、大切にされています」

「蘭さんは心根が真っ直ぐなんだね。だから、私は惹かれたのだけれど…」

 小蘭は少し遠い目をして、改めて蘭丸に向き直る。

「…ねえ、春画…、やっぱり駄目かしら」

「へっ!?」

 話を方向転換したことより、内容に驚いた。

「あなただと分からないように描くわ」

「駄目です」

「相手は源太郎さんでいいわよ。ほら、彼背も高いし体も綺麗だから、絵になると思うの」

「余計駄目です。源太郎様の姿が晒されるなんて!」

 小蘭は大袈裟にため息をついた。

「やっぱり駄目か。春画でも最高傑作が生まれると思ったんだけど」

「当たり前です」

 小蘭はくすくす無邪気に笑った。もしかして、からかわれたのだろうか。

「ごめんなさい。ねえ、お茶飲むでしょう?とっておきがあるの」

 小蘭は立ち上がった。色んな箱を取り出し、綺麗な動作で茶を注ぐ。次第に、甘い香りが漂う。

「おあがんなさい」

 小蘭が差し出した容器には、黄金色の液の中に小さな可憐な花が沈んでいた。

「こんなの、初めて見ました」

「可愛いでしょう?少し癖があるけど、甘くて美味しいの」

「いただきます」

 蘭丸は口を付けた。甘い味が広がり、舌がぴりっとする。

「酸味が強いですね。でも後味は…」

「美味しい?」

「はい」

「良かった」

 蘭丸はもう一口啜った。甘く、酸っぱく、ほろ苦く。湯気が睫に当たり、陶の底の花が見えた。本当の色は、鮮やかな赤紫だ。吸い込まれそうに綺麗で、意識がふわふわした。湯気で瞼が重くなる。蘭丸は湯飲みを置いた。ころん、と湯飲みが転がり、花が零れてしまった。

「よっ…と」

 力なく崩れる蘭丸の体を、小蘭は支えた。そのまま、長椅子に体を横に寝かす。寝息を確認して、裏口へ出た。朝よりも曇っていた。

「もういいわよ」

 裏庭の少年に声をかけた。少年は腫れ上がった頬をひきつらせて笑った。

「まま、待ちくたびれたよ」

「そう?まだそんなに経ってないけど。入って」

 小蘭は少年を土間に促した。

「ね、眠ってる、のか?」

「ええ。簡単には起きないわ。上に運んでちょうだい」

「わ、わ分かった」

 少年は蘭丸を抱き上げて階段を登った。

「ここに置いて、服を脱いで。下着もね」

「お俺が?」

「そうよ。あんただって絵に描くんだから」

 小蘭は蘭丸の腰の帯を解いて、着物の襟を開いた。白い肌の上に、点々と紫の痣が見える。やはり、していることはしているらしい。そして、下半身には白い帯が巻き付いていた。

「はは、やっぱ、ふ、褌してんだな」

 既に生まれたままの姿になった少年が、前を手で隠したまま蘭丸を見下ろした。

「一昨日も付けてたの?」

「ああ。なななあ、取って見せてくれよ。お俺、こないだ見れなかったんだ」

 少年は頬が腫れて上手く笑えなかったが、目つきから卑しさがにじみ出ていた。

「酷い痣。小龍にやられたの?」

 小蘭は少年の肩甲骨を見ながら言った。

「で、でも、俺は、ましな方だ。や、保次は歯折れたってさ」

「我が弟ながら容赦ないね」

「全くだ。む、む無抵抗な女性を辱めた報復だって、怒鳴ってたぜ。じ自分の姉ちゃんがこんなことしてるって、し知ったら…」

「失礼ね。私は誰も傷付かないようにしてるわよ?眠ってるこの子も、この子に惹かれている小龍も、この子の旦那さんも知らないうちに、あんたはいい女を抱いて、お金が貰えて、私は自分の描きたい絵が描ける」

「ううわ、おっそろしい女な」

「何よ、分かってて引き受けた癖に。言うこと聞くのね」

 小蘭は、蘭丸の下帯を解いた。背後で、固唾を飲む喉の音が聞こえる。白い布は簡単に取れた。

「……」

 絵師の職業柄、女体は細部まで見慣れている小蘭は、その佇まいに驚いた。これではまるで赤子だ。

「ななあ、中、みみ、見せてくれよ」

 少年の息荒い声に促されるようにして、足を広げ、薄い肉を捲ると、無垢な内部粘膜が晒された。

「こ、こんなんなってんだな…」

 少年は顔を近付けて覗き込んだ。しっかり反応しているらしく、前屈みになっている。

「ここ、こんなちっちゃいとこに、入るのか…?」

「どいて」

 小蘭は少年を退かして、剥き出しの粘膜に顔を近付けた。外も中も、男性が侵入した形跡はない。寛げ、入り口の縁を指でそっとなぞる。

「…この子、生娘だわ」

「ほほ本当か?へへっ…」

「これじゃあ出来ないわね…」

「でで、出来ないって?」

「交われないってこと」

「さ、さっきは中に出さなきゃいいってい言ってたじゃないか」

「旦那がいる身で生娘だなんて、思ってなかったのよ。眠ってても、入れたら起きたら痛みでばれちゃうわ」

 少年は大きく舌打ちをした。

「そんなに拗ねることないわ」

 小蘭は、蘭丸の服を大きく広げた。小振りな胸や細い腰の線まで余すとこなくさらけ出された。細い手首を取り、頭上で結ぶ。万一目覚めた時に暴れられないように。

「見て。繊細で、可憐で綺麗でしょう?この体、交われなくても、それ以外好きに出来るのよ」

 少年の中心はむくむくと大きくなっていた。

「あんたさえ良ければ、今度私がやってもいいわ。もっとも私は生娘じゃないけど」

 小蘭は豊かな膨らみを少年に押し当てた。少年は血走った目で振り向く。

「ほほ、ほんとか?」

「ええ」

「ほんとは、俺は、こんな子供より、あんたみてえな色っぽい大人の方が…」

「あら、その子、子供じゃないわよ?小龍の一つか二つ下って言ってたから、十七、八じゃないかしら。あんたから見たら、十分大人でしょ?」

 少年の興味が蘭丸に戻った。

「こ、ここんななりして、ほんとにお大人だったのか」

 少年はささやかな膨らみに触れる。初めて触れた女性の柔肌は、瑞々しさで掌に吸い付いていた。
 あとは彼の思うがままに触れればいい。小蘭は台に紙を広げ、道具を出した。






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