幽霊のひみつ



翌日。
朝イチで囲まれる事を避ける為か、百合は予鈴ギリギリに登校してきた。
皆が話しかけに行こうとした矢先にチャイムが鳴る。実に絶妙なタイミングだった。
一限目が終わるとやはり休み時間彼女は忽然と姿を消していた。トイレを探してもいないというのだから一体どこにいるというのだろう。
彼女が席を外している間、コナンはこっそりと彼女の机の脇に掛けてあるランドセルに超小型発信機と盗聴器を仕掛けた。ランドセルに施された刺繍で上手く隠れる場所に、だ。
授業が始まる直前に彼女が席に着いたが、当然彼女が発信機に気付く様子はない。
学校が終わるまでこっそりと彼女に気付かれぬよう監視を続け、放課後が来るのを待った。

そして、放課後。
やはり彼女は誰よりも早く、そして誰にも気づかれぬまま教室から姿を消す。

「えっコナン君灰原さん、どうしたんですか!?」
「悪い、見たいテレビあるから〜!」
「灰原さんまで〜!」

彼女が姿を消して暫く待ち、彼女の後を追うべく哀とコナンは教室を飛び出した。
眼鏡にあるスイッチを入れると、発信機の場所が表示される。
耳にイヤホンを嵌めると、対象が歩行している際の特有の振動がノイズとして伝わってくる。しかしそのノイズがとても軽やかだった。やはり彼女の歩き方は非常に独特らしい。

学校の裏門を出て、暫く住宅街が続く。
頻繁にかちあう曲がり角を曲がり、眼鏡に表示されているずっと動き続けている赤い点を追いかける。
未だにノイズは軽やかだ、ずっとリズムが変わらない。走っていなければどんどん距離が離れていきそうだ。
徐々に住宅街も人気が無くなってくる。

「は、次の曲がり角を左だな!?」
「ええ!曲がったら暫く直進して…」

その時だった。突如赤い点がブツリと表示から消え失せた。
突然の事に二人は思わず足を止める。何度押しても応答がない。

「クソ、どうなって…!」

「――――さっきから後をついて来る子猫達がいると思ったけれど、キミたちだな?」

心臓が、止まるかのような感覚だった。
背筋が凍り付く。全く気配も何もない背後から、声がする。
まさかと振り返れば、コナンが発信機と盗聴器を付けて追っていた筈の百合がコナンと哀の背後に立っていたのだ。
凄まじい悪寒と殺気を感じて、コナンと哀は咄嗟に飛び退いた。哀を背に庇いつつ、コナンは百合をきつく睨む。

「酷い反応だな。寧ろ私がキミたちにそんな顔をしたいところだ。ランドセルに発信機と盗聴器を付けるだなんて、最近の小学生は実にいい趣味をしている」
「っ、いつ気づいて…!」
「いつ?何を面白い事を、そんなもの『発信機と盗聴器を付ける前から』に決まっている」
「な…、!」

そんなに睨まれるなど心外極まりない、といった表情を見せる。
だが、その表情に怒気や疑心、不信といったようなものが見えないのが引っ掛かった。
百合は寧ろ、この状況を楽しむように―――それこそ何の皮肉か、面白いおもちゃを見つけた子供のように無邪気な色を見え隠れさせて。

「キミたちなら私をきっと『警戒してくれる』と踏んだのさ。キミたちからコンタクトを取ってくることはないだろうが、間違いなく探りは入れてくると踏んだ。だからキミたちが何かしらのアクションを起こしてくれるのを待っていたんだが…思ったよりも行動が早かったな」
「だからってなんで、あんな場所に盗聴器と発信機があるって…!」
「おや。キミ、まさか学校に小型カメラと盗聴器が仕掛けられているなんて思っていなかったのか?」
「…!!」
「ちなみに仕掛けてくれたあのオモチャはさっき出逢った黒猫が欲しがっていたからあげてしまった。まさか猫の足取りを追っていたなんて、実に小学生らしい。可愛いじゃあないか」

拙い。どう切り抜ければいい。
完全に下手を打ってしまった、相手が一枚上手だった。
『グレーである』という可能性を重視するあまり、相手がその道のプロであった場合の目測を誤った。
こうなったら、腕時計型麻酔銃で一度動きを封じる事が脳裏によぎった。
その時、百合は「ああ、」と注釈を入れるような声色で呼びかけてくる。

「別に私は、キミたちに危害を加えるつもりはない。というか、そうなると困るんだ」
「………信用できないわ」
「まあ、そうだろうな。うむ…私は一応、紹介されてここに来た身なんだがね」
「紹介…?」
「ああ。工藤優作先生と、その奥さんの有希子さんにね」
「―――――、は?」

こいつは黒だ、と断定しかけていたコナンの耳にあまりに聞き覚えのある名前が飛び込んでくる。
それは、コナン…いや、工藤新一の両親の名前だからだ。
世界的推理小説家とその妻である伝説的大女優。新一の身体の事も理解して、時折助けてくれることもあった。
その二人の、紹介?
大混乱するコナンを更に混乱の渦に叩き落したのは、百合がランドセルの中からどう見ても父と母の直筆のサインが書かれた手紙が出てくるという予想だにしなかった出来事だった。

「こんな形での対面になってしまった事は誠に遺憾だが仕方がない。初めまして、江戸川コナン君。…いや、ここは工藤新一君と呼んだ方がいいな。優作先生と有希子さんからよく話は聞いているよ。もっと早くに出逢っていたらウチに欲しい人材だった。実に惜しい」

―――――オイオイ、ウッソだろ。
すっかり取り繕う事も小学生として白を切る事も頭から抜け落ちた、『高校生探偵』のただただ唖然呆然とした声は、閑散とした住宅街に響く事もなかった。
ただそれをしっかりと聞いていたであろう目の前の少女はニヤリと笑って手紙を差し出してくる。
その手紙には、しっかりと父の筆跡で「やはりまだまだだな、新一!」とこうなる事は予想していた書き口で書かれていて。

まるでドッキリ大成功とばかりに笑みを浮かべている百合からは、あの殺気など感じる事は二度となかった。

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