健やかな亡骸



光彦達を振り切って阿笠博士の研究所を訪れると、阿笠博士は何やら嬉しそうな顔で奥の部屋からコナン達を出迎えた。
その手には服のようなものがあり、今度の発明はその服だという事が容易に見て取れる。
元々高校生男児であるコナンが幼児にまで縮んでしまった事で身体機能は著しく低下してしまっている。その身体機能を補っているのが阿笠博士の発明品だ。今履いているシューズや蝶ネクタイ型変声機も阿笠博士の発明品である。

「おお新一!遂に完成したんじゃよ、君の使用しているキック力増強シューズの仕組みを応用した特製のインナーが!」
「今度はインナーか?…ただのインナーにしか見えねえけど」

自慢気に見せられた発明品は、何処からどう見ても普通の黒いスポーツインナーにしか見えない。
一見ハイネック長袖とレギンスタイプのスポーツインナーじゃが…と阿笠博士はウキウキしながら説明を始める。

「さっきも言った通り、これは新一の今履いておるキック力増強シューズの仕組みを応用した筋力増強インナーじゃよ。これを着れば哀君でも大の大人をパンチ一発で沈める事も可能なんじゃ!」
「本当か博士!?」

それは素直にすごい。この非常に薄手のインナーにそんな技術が込められているとは。
素直に感心するコナンに、哀は冷静に見解を述べる。

「でもそれ、筋力を増強するのはいいけど使い方を間違ったら全身の関節や筋肉繊維に著しい負担がかかるんじゃない?」
「うーむ…そうなんじゃよ…それが今のところの課題じゃ。己の肉体の仕組みを完全に理解した上で的確に動ける人間でないとこのインナーが使いこなせんのじゃ」
「……誰が着れるんだよこれ」

少なくともコナンでは無理だ。哀は以ての外。
これもお蔵入りかしらね。という哀の結論に、阿笠はトホホ…と項垂れた。
相変わらずすごいものを作る時は作ってみせる人だが、肝心なところで抜けてんなあ。というのはコナンの見識である。
まあそれはお蔵入りしておいて、だ。コナンがここに来たのはインナーを見に来るためではない。
コーヒーを片手に今日一日の事を振り返りながら、阿笠博士にあらましを伝えた。

「で、あの転校生の事なんだけれど…」
「ああ。俺と灰原が感じた「違和感」についてだ。…どうだったんだ、灰原」
「……あの転校生。梁川百合、だったかしら。……どこかで、見覚えがある気がしたの」

あくまである「気」よ、と付け加える哀の表情は釈然としない様子だ。
哀は今まで組織にいたのだから、活動範囲は極めて狭い筈だ。

「組織でか?」
「…わからない。容姿も具体的には思い出せない。でも、私はどこかで一度あの子を見た気がするの」
「……灰原の話と俺の感じた違和感を照合して考える限り、…黒寄りのグレーってところか」
「…工藤君は?何か感じたの?」

コナンは、彼女から感じた事を一通り伝えた。
哀が感じた彼女への既視感と、コナンが感じた彼女の違和感を照らし合わせれば十分すぎるくらいに黒である可能性が高い。
だがそれだと一つ疑問が残る。

「…もしもアイツが黒だったとして、『小学一年生』の姿をしているのは変だ」
「私達のように薬を飲んで幼児化し、潜入した…という線も充分にあるわ。でも…」
「一か八かで死ぬ確立の方が高い毒薬を服用し、身体機能が低下するリスクを抱えてまで、って事か」
「ええ」

あの恐ろしい程に隙のない立ち振る舞いは、彼女が「ただの小学生ではない」という事を顕著に表している。
すれ違った際のパーカーから聞こえた金属音。聞こえない足音。気味が悪い程に希薄な存在感。
注意に注意を重ねて観察しなければ、彼女の『存在すら見過ごしてしまう』程に彼女は存在感を消す事に長けている様子だ。休み時間や放課後、クラスの子供達に気付かれずに瞬く間に姿を消しているのが裏付けている。
その真意は、全く読めないが。

「……リスクはあるが、明日一日もう一度アイツを監視する。様子を見た方がいい」
「…そう、ね」

黒だと断定するには相手にとってのリスクが高すぎる。かといって白だと証明する証拠などないに等しい。
限りなく黒に近いグレー、という胃の痛むような結論に至るしかなく、コナンはその優秀すぎる頭を悩ませた。



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