無粋なれど貴方は



翌日。編入した学校の、3日目の登校だ。
正直転校初日の子供達のテンションが恐ろしくて時間ギリギリで登校するようにしている。
ただの小学校のはずなのに、毎朝登校時に一種の覚悟を決めねばならない程度には学校に苦手意識がある。

(…ただ、流石教育大国日本といったところか。教育に随分力を入れている)

百合の生まれはイラクだ。常時内戦状態のあの国に教育なんてそんな余裕がある筈がない。
そもそも今の自分の年齢程の人間でも読み書きが困難な人とている。百合も自分の名前が書けるようになったのは10歳の頃だ。
そしてそれを教えてくれたのは、

「おはよ。今日ははえーんだな」
「Goodmorning,ボウヤ。いつ声をかけてくるのか考えていたところだ」
「………さいですか」

おうおう。朝から熱烈な視線だ。後ろからついてきてた事は知っているよ。

「キミは尾行技術を磨いた方がいい。探偵としても必要だろう?」
「それなら今度御教授願いたいね。…つーか、口調に気を付けろよ?その軍人みてーな口調。怪しまれんぞ」
「御心配なく、潜入には慣れている。この二日間私が窓際最後列で子供達を見ているだけとでも思ったか」
「へーへー、流石教官」
「…………」
「…?どうした」
「…いや、やっぱりあの人の息子だと思ってね」

こういうところまでそっくりだとは。
あの人によく似ているとは思ったが、と顔を緩ませた。
コナンはそういや、と思いだしたように切り出した。

「確か親父に武器の扱い方や仕組みを教えたんだよな。親父とはいつ会ったんだ?」
「優作先生と会ったのは私が9歳の頃さ。キミが2歳頃だな。幼い頃のキミは随分と可愛らしかった、私の手を握って離さなかったよ」
「9歳!?…そんな頃から銃を扱ってたのかよ」
「勿論。私は国籍はアメリカだが生まれはイラクでね。生まれた当時も国内では内戦状態だった。この国の子供達にとっての安眠グッズが絵本であるように、私にとっての絵本の代わりが銃だっただけだ」

そう珍しいことじゃない。そう付け足せば、コナンはどこか遠い目をした。
平和な国で、平和に育った子供からしたらそうでもないんだろう。これが価値観の差異というやつだろうか。

「はは、大変な子供時代だとでも思ったか?ボウヤ」
「…まあ、そりゃそうだろ。紛争地の子供からしたらそうでもねーだろうが」
「だがこんな生まれでも私からしたらラッキーだった。技量のお陰で工藤夫妻に逢えたのだから」

思い出すのは、夏の日。子供だった頃。
よく覚えている、イラクと比べて随分と涼しい夏だった。行き交う大人達が誰一人として銃を持っていない国。
戦車の音も、砲撃の音も聞こえない。砂埃一つ舞わない。
人々の顔には笑顔がある。子供が両親に笑っている。両親が子供に笑っている。
あんな世界が、本当にあったのかと思った。夢を見ている気分だった。

「銃の扱いに長けている人と話したい、というのが先生の依頼でね。それで私が呼ばれたんだ。大柄でマッチョな大人が来ると思っていたんだろう、連れられてきた子供の私を見て大変驚いていた」
「だろうな。そもそも大人の兵士押し退けて抜擢されたのが少年兵ってなあ」
「まあ並の兵士よりは兵器の扱いに長けている自負があった。当時私がアメリカに滞在する時期は1か月の予定だったんだが、結局3年も滞在してしまった。その内工藤夫妻に世話になったのは1年半程だが」
「大分伸びたな……大方、母さんがごねたんだろ?」
「はは、御名答。だがあの時は先生もごねたよ」
「親父も?」

最初は、大人しく武器の特徴について教示した。
だが、初期は銃の扱いを詳しく教えるたびに、優作の表情が曇っていくのに気づかなかった。
気付いたのは一週間ほど経ってからだった。


『……と、こうなる。こういう構造だからこの銃が弾詰まりを起こす事はまず少ない。品質のいい銃だ、紛争地では高値で…………どうした』
『うん?どうしたんだい』
『…何故そのような顔をする。何か私は、貴方の気に障るような事を言っただろうか。だとしたら謝罪しよう、何なら報酬から引いてもらっても――――っ、!?』

淡々と武器について語っていた幼いこの身体が引き寄せられて。気が付いたら誰かの腕の中だった。
決して弱くはない力だったが、あの時の自分でも振り払う事の出来る程度のものだ。
問題は、その腕が決して敵意も悪意も持っていなかったことに酷く驚いて、自分が何もできなかった事だ。
ここが戦場なら死んでいた。咄嗟に撃ってしまっていたかもしれない、気を付けてほしいと言って、懐のナイフを取り出そうとしていた手を引っ込めた時。
この身体を抱きしめていた、優作の妻・有希子が震える声で言った。

『ごめんね、暫くこうさせてくれないかしら……』

何故、と。言おうとは思わなかった。
何故そうしたのか。あの時の自分では全く分からなかったが、この腕を今は振り払うべきではないと思った。
ただ、あの時の自分がこの行為を「抱きしめる」という名前のものであった事、そして、ナイフを取ろうとして行き場の無くなった手が抱き返すという行為を知らない事に、有希子が静かに泣いていた事を覚えている。

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