探究心は己を殺すか・2



外で情報収集してきたコナン達によると、公衆電話に置いてある住所一覧と自転車置き場の自転車から、305の島、705の石田道弘の二つに絞り込めたらしい。
305の島の下の名前は島正和、そして奥さんの名前に島明日香、とあったらしい。
あと一つ程度の候補なら、周囲の聞き込みでも大丈夫だろう、という事で近所に聞き込みに行くことにした。
705の隣は留守。隣がダメなら真下、という順序で回っていく。
着いたのが605号室。光彦によると、夫婦のイニシャルが明彦と美里、で逆の部屋だったそうだ。
チャイムを鳴らすと、中から女性が出てきた。が。

「何?」
「あっ…その、僕たち生活科の授業で、日本人の……」
「何!?良く聞こえない!」

生理中か?と思うくらいにイラついていらっしゃるマダムが出て来た。
怯んでしまった光彦に代わりコナンが愛想を振りまきながら「日本人の名前を調べてるんです!それで、上の階の石田さんの奥さんの名前、知りませんか?」と聞いた。
流石女優の息子、猫かぶりは上手いな。

「上の階の人の名前なんて知るわけないでしょ!?」

カン!と苛立ったように彼女はヒールを踏み鳴らす。
その不自然な苛立ちの中に、何か違和感を感じた。特に証拠があるわけではないが、これは勘だ。
彼女の挙動に目を潜めていると、彼女は勢いよく扉を閉めてしまった。
…子供相手くらい愛想を振り撒けよ、オバサン。どの国にもああいうのはいるな、と貴重な万国共通に皮肉の笑みを浮かべた。
真下がダメだったら真上だな、とさっさとあのおばさんの事は忘れる事にして真上に向かう。


「石田さんの奥さんの名前?確か、文子さんじゃなかったかしら。文章の文、と書いて文子」

一度郵便物が間違って入ってたことがあるのよ〜と、真上の階の今度は親切な女性が教えてくれた。
文子、という事は頭文字はF。これは外れか。
女性はさらに親切な事に、彼女の子供の事も教えてくれた。頭のいい子で、納戸に閉じ込められてしまった時に小窓からトイレットペーパーを垂らして、下の人に伝えたのだと。

「!おばさん、その話、このマンションの人ならみんな知ってるの!?」
「?ええ、知ってる筈よ。マンション中の評判になったから…」
「…!」

コナンの質問への答えで、百合の脳内に可能性がよぎった。
それはコナンも同じのようで、直ぐにエレベーターの方へ駆け出して行った。
後始末くらいしろよな。親切な女性に「ありがとうございました、助かりました〜!」とお礼を言い、コナンを追った。

「コナン君!」
「どうしたんですか!?」
「…三階へ行く。MtoAに該当するのは305に該当する島正和と明日香だけだからな」

(『本物』の可能性がある。…名探偵、お手並み拝見と行こう)


3階に降りると、すぐ島の場所から如何にも怪しいサングラスの男女二人が出て来た。
咄嗟に隠れる。光彦が「ご、強盗ですよぉ…!」とビビっていた。手袋してるしな。

「…後始末もしない癖に、どうして殺したのよ」
「っせーな」
(遅かったか…)

二人の会話が完全にそれだ。まずい、ここには子供達がいる。
警察に知らせなければ、と彼らがエレベーターに乗り込む前に非常階段を駆け下りた。
マンションを飛び出し、運よく巡回中の警備員を発見した為彼らを呼び止める。

(…いや。でも待て。…本当にあの二人組なのか?本当に?)


そして誠に残念な事に、百合の懸念は的中する事になった。
エレベーターで下に降りて来た二人組を警備員が呼び止め、彼らの話を聞いていると。
『殺した』という言葉は、虫の話。
というか、そもそもその二人組の片方の女性こそが、『島明日香』だという。まったく。免許証まで見せてくれたのだから疑いようがない。
島明日香がとても陽気に笑って数々の失礼を許してくれたのだから頭が上がらない。
本当にすみませんでした。

では、あの指輪は結局誰のものだった?
皆で頭を捻っていると、哀が提案を出してきた。

「ねえ、705の石田文子って、あやこって読むんじゃない?」
「!ああ、そうか。頭文字はAだもんな!」
「へえ…そう読む事もあるんだね」

これは素直に感心した。日本語は実に奥深い、純粋に百合が気づけなかった部分だ。
その時、外から帰って来たマンションの住人らしき二人組の女性と子供が帰って来た。
子供がいる、という事はあの女性がまさか島文子だろうかと予想を立てていると、ピンクのセーターを着た方の女性が島道弘の郵便受けに鍵を差し込んだ。ビンゴだ。
だが、もう片方の女性が「ふみこさん」と呼んでいたのを聞く。

「…やっぱり「ふみこ」か」
「しかも、無事…となると、あの子供、トイレットペーパーの子って事だよね」
「それにしても、随分と痩せた母ちゃんだな〜!俺の母ちゃんなんてよ、太りすぎて父ちゃんの服着てるんだぜ?」
「ふふ、それアメリカではよく見る光景だなあ」
「マジ!?」

そんなやりとりをしていると、コナンが何かに気付いたのか「歩美ちゃん、その指輪貸して!」と指輪を持ってオートロックの扉に駆け込んでしまった。
あの馬鹿。「ごめん、追いかけてくる!」と断りを入れてコナンを追った。


「ちょっと江戸川君!待って!」
「あ!?着いてきたのかお前!」
「貴方一人にすると何しでかすか分からないし」

まあ、優秀なボディガードが来たとでも思って。
そう言えばコナンは溜息をついて、降りた先である6階の605号室のチャイムを鳴らした。
ここあのババアの所じゃねーか。直ぐに扉は開いた。そしてまたあのおばさんが出てくる。

「…またアンタ?今度は何の用?…!?ちょ、ちょっと!」
「うわ強引だな。お邪魔しまーす」
「何よアンタたち!?」

コナンが無理矢理入っていくので、仕方なくこちらも無理矢理お邪魔した。

「おばさん、上原明彦さんの奥さん?美里さんっていうの?」
「っ…そ、そうよ」
(嘘だ。目が一瞬右上に逸らされた。挙動不審、緊張で指先が強張っている)
「じゃあこれ、おばさんのだね?さっきドアの前で拾ったんだあ」

そう言って指輪を出す。AtoMって、明彦さんとおばさんの頭文字が彫ってある、と。
嵌めさせると、彼女の指に指輪は嵌まらなかった。
コナンがニヤリと笑う。

「おばさん、よく見てよ。本当はそれ、MtoAって彫ってあるんだ。MからAへ。…美里さんから明彦さんへ。本当はそれ、明彦さんの指輪なんだ。それを美里さんがしてたんだよ、だから中々わからなかったんだ」

ご近所の人に聞いた話によると、最近美里は少し太ったらしい。
コナンがエントランスに滑り込んだ時、そこにいた文子から聞き出していたらしい。
颯爽と聞いて颯爽とエレベーターに乗り込みおって、話が聞けなかった。

「だから自分の指輪が嵌められなくなって、明彦さんの指輪をしてたんだ。…日本の男の人ってさ、結婚しても指輪しない人多いから」

彼女の目が変わった。コナンを黙らせる気だろう。
コナンに注意が完全に行っている内に、静かに気配を消した。彼女はこっそりと後ろ手でドアの鍵を閉めている。

「……何が言いたいの、ぼうや」
「それにこの靴。アンタが履くには小さすぎると思ってね。…俺が言いたいのは、アンタが美里さんの偽物って事だ」

そう言った途端、彼女が動いた。
麻酔薬をしみ込ませたハンカチを手にコナンに飛び掛かった。
咄嗟に後ろに回り込み、彼女の首に手刀を叩き込む。
良い所に入ったのか、一瞬でノックダウンしてしまった様子に笑みを浮かべた。

「…随分容赦ねーな、捜査官さん」
「今はキミのボディガードだろう、ボウヤ。後先考えずに行動しないでもらいたいな」
「善処するよ」



その後、無事その部屋からは監禁されていた本物の美里が発見された。
あの偽物の美里が何故そんな犯行に及んだのかは心底どうでもいい。到着した警察に無事確保されたのだから。
結局あの落ちて来た指輪は、本物の美里が助けを求める為に出した救難信号のサイン。だが直後様子を見にやって来た彼女に見つかり、窓を閉められ麻酔薬を嗅がされてしまったのだという。
…実に、理解に苦しむ話だ。きっと一生、理解する事もないんだろう。

ちなみにその後、皆を置いて突っ込んでいったコナンは置いて行かれたメンバーに罰としてランドセル持ちをさせられていた。
いやあ可哀そうに。百合はコナンが事情聴取を受けている間に気配を消してサッと帰った。
コナンが罰を受けているのには可哀そうだとは思うが、そんな事よりも滑り込んだスーパーにまだ安売りのキャベツが残っていた事の方が重要だった。

(わるいなボウヤ!あとは任せたぞ!)
(あのヤロー絶対覚えとけ)


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