花を待とう



平和な事件が平和に解決して、その後も実に色々な事件に巻き込まれていた。
あの名探偵はどうも死神体質らしい、何度も危ない目に遭った。命がいくつあっても足りないくらいだ。
そんな中、百合はちょっとした伝手で『手先の器用な友人』の元に預けていたものを取りに行くついでに色んな物資の調達をしに数日間遠出する事があった。
その間に。

「…なーーーーーんで私が物資調達でちょっと遠出してる間に死にかけてるんですかねえ」
「いや、事件に巻き込まれんのは俺の所為じゃ…」
「別に君のその死神体質は今に始まった事じゃないと短い付き合いながら理解しているつもりだが、前々から口を酸っぱくして言っているが、キミは無茶が過ぎるぞボウヤ」

語気を強めた声が阿笠亭の部屋に響く。
百合が不在の間、少年探偵団で山奥にキャンプをしに行った時、そこで見つけた鍾乳洞の中で仲間を殺害していた強盗に遭遇した。
その強盗達から子供達を庇いコナンが撃たれ、命からがら脱出して病院に担ぎ込まれてしまった。
それからというもの、コナンの居候先である毛利探偵事務所に住んでいる工藤新一の幼馴染、毛利蘭に正体を感づかれ始めていたのだという。
しかも蘭にこれ以上は隠蔽は無理だと正体を明かそうとしたり、彼女から必死に真実を隠蔽する為に試作品の解毒剤を飲み、無理を押して事件の帳尻を合わせた。
阿笠博士もコナンの無茶には毎度冷や冷やしている様子だ。心中察する。

「好奇心は猫をもなんとやらだ。キミは探偵であってエージェントじゃない。些細な事件でキミの命が脅かされるような真似は是非避けてもらいたい」
「だけど、あの時は歩美達まで命の危険に晒されてたんだぞ」
「ああ。だが私が例えその場にいたとしても最優先事項はキミの護衛だっただろうね。キミかあの子供達を選ぶなら、私は何の躊躇いもなくあの子達を見殺しにするぞ」
「…!」
「私は確かに、市民を守るFBI捜査官だった。だが今は組織の壊滅を優先する。その為にキミが必要不可欠だというのに、キミ自身が避雷針に為ったら元も子もないんだ。…どうか理解してくれ、工藤新一君」

正しいことしか許せない子供に、そんな事を言うのは酷だとわかっている。
だが、百合はそんな子供の命を守る大人として彼を叱らなければならない。敢えていつもの愛称で呼ばなかった理由を彼はきっと理解はしている。
それでも、きっと彼は目の前にある命を諦められない。誰かの心も守ろうとする。
青臭くて、まるで汚れを知らない。在り方は違うのに、いつだって『彼』によく似ていると思える。

「…まあ、それでも。キミは無茶をやめないんだろうね。キミしかできる人がいないのだから。キミはきっと、そういう子だ」
「……悪いな」
「いいさ、慣れてる。尻拭いも私の仕事だ。だから結局無茶をするなら、どうせなら私のいるところでやってくれ」
「毎回尻拭いさせてんのは悪ぃと思ってっけどよ…嫌にアフターケア手慣れてねえか?FBIにもいたのか、お前が手を焼く奴が」

コーヒーカップを傾ける手が、一瞬止まる。
…世話を焼かせている自覚があるだけ、まあこっちの方が素直だなと思う。

「…いたよ。こっちに何も言わないで勝手に無茶して、何食わぬ顔で全部解決して。全部自分で背負い込もうなんて馬鹿な考え方をする奴がね。ボウヤの方がある意味マシだ」
「マシって…」
「…何かを成す為に、色々理由を付けて自制ができるのが『大人』なら、あの馬鹿は立派な大人だったが」

はは、と思わず笑い声が出た。なんせあの馬鹿には困らされた思い出ばかりだ。
着いて行くのに精一杯で、振り返りもしない。…振り返らずに進んで突き進んで、その過程で失ったものすら忘れられない不器用な男だ。
あの男の枷にだけはなりたくなかった。必死だった。その結果が今であるというのに、世界に置いて行かれるような気持ちになる。
それでも、守ると決めた。あの男の背中を直接守れなくてもいい、何かしらの形で守れるのなら。

「…組織に食らいつくなら、キミは間違いなくその過程でFBIに世話になる。彼らは必ず君の力になる、私が保証しよう。会う事があったら、皆によろしくな」
「…お前はいいのか?会わなくても」
「組織に私が死んだと信じ込ませる為に、まず彼らに私の死を信じ込ませるしかなかったからね。私がFBIからのスパイだと気付かせないよう何年も費やしたんだ、皆に今以上に苦労を掛けるのは御免だ」
「だけどFBIにお前の生存が知られても、寧ろ…!」
「違うんだよ、ボウヤ。……今の私は、逆に彼らの足を引っ張るだけだと言っているんだ」

自嘲気味に笑って見せる。
考えても見ろ。あの男の背中を守れるようになるのにどれほどかかったか。
あの男から、赤井から背中を任されるようになるまでどれだけかかったか。
どうか、他のパートナーを見つけてくれ。願わくば、捜査にのめり込むあまりに食事も仮眠もサボりがちな所をせっついてくれるような人と。
赤井ならあの死体の不自然な点に気付いても不思議じゃない。だが、だからこそ。どうか探してくれるな。

「今の私の役目はボウヤとあの子を守る事。あそこに戻れると思えるほど、甘い考えは持っていないさ」

百合の言葉は、正しい。
帰りたくても、そのほんの僅かな甘えが組織の介入を許すかもしれない。
僅かな歪が彼らを窮地に追いやるかもしれない。念には念を重ねる、彼女の対応は何一つ間違ってはいない。
間違ってはいない、はずなのに。

(痛ぇよな、お互いに)

大事な人達を真正面から守れないのは。
何度も泣かせてきた幼馴染を想い、コナンは目を伏せた。


前へ次へ
戻る
目次