愛より出でて哀より蒼し



キョロキョロと見回すと、沢山のファイルが仕舞われた戸棚や忙しなく動き回すスーツ姿の大人達が見える。
ここは日本の警視庁だ。百合はあまり馴染みがない。
特に百合は何か悪い事をしたわけではなく、昨夜あった放火事件で、歩美が犯人らしき男を目撃したとの事で少年探偵団たちと一緒に事情聴取についてきたのだ。
その男がぶつぶつと言っていた言葉も歩美がうろ覚えに教えてくれていたが、本当にそれらの言葉を言っていたのだとしたらあれだぞ。組織並みの詩人(笑)だな。

歩美から聞いた特徴を元に彼らの知り合いの美人刑事・佐藤が描き起こした犯人像は控えめに言って画伯だった。
「絵ぇ下手だなぁ!」「それじゃあ子供のらくがきですよ!」「他にいないの?上手い人」という大変厳しい意見が届いております。
なんか、ジョディみたいだなあ。ジョディの絵も中々に独創的だった。逆に捜査が錯綜したレベルで。
思い出したら笑えて来た、なんせ赤井まで振り回されていたのだから。
ああ、懐かしい。
佐藤刑事が「仕方ないでしょ!!」と顔を赤くしてると、後ろから「ちょっと失礼」と色黒の男性刑事が似顔絵を取って行った。その後ろからハンサムな男性刑事が似顔絵を覗いて笑っている。

「佐藤さん、いくら何でもこの絵を捜査官に配布する訳には…」
「確かに、シュールで興味深い画風だとは思いますが…」
「あら、なぁに?代わりに描いてくださるの?お・ふ・た・り・さ・ん?」

佐藤刑事ににっこり微笑まれて男性刑事組は冷や汗をかいている。今上下関係見えたな。
じーっと観察しているのを次々と知らない人が出てきて呆気に取られていると見たのか、光彦がこそっと話しかけてくる。

「あの似顔絵を描いてたのが佐藤刑事、あの色黒の人が高木刑事で、その後ろの背が高くてハンサムな人が白鳥警部ですよ」
「みんな知り合いなの?すごいね、少年探偵団は」
「まあ、色々事件に関わってますから……」

すごいというか、やべえな。尋常じゃない頻度で事件に巻き込まれている。
百合もある意味トラブル体質ではあったが、コナンの死神体質には負ける。その死神体質が少年探偵団メンバーにも影響が出ているとしか思えない。
刑事たちの紹介をされている間にもいろいろと話は進んでいたようで、ある程度の所で切り上げて話を聞く。
歩美の言っていた男は、こんな暑い日にクソ厚いコートを着て手袋までしていたのだ。ズボンから灯油のにおいをプンプンさせてニヤついた顔で裏路地から出て来たとあってはもう黒に近いだろう。
コナンがそう言えば、歩美の証言に半信半疑だった様子の高木も納得した。
その時、高木と目が合った。

「あれ、その子見ない顔だね?その金髪の子」
「ん?ああ、そう言えばそうね!」
「この子は梁川百合さんです!ついこの間アメリカから転校してきたんですよ!」
「アメリカから来たの?すごいわね、ハーフ?」

佐藤刑事がまじまじと覗き込んでくる。こうしてみると、本当に美人だ。

「はじめまして、梁川百合って言います!ロサンゼルスから来ました!えっと、ママがウクライナ人なんです」
「カワイイ〜!美人さんね〜!ウワッ髪ツヤッツヤ…目が大きい…肌が綺麗……かわいい……」
「え、えっと、佐藤刑事?ですよね?」
「あ、そうそう!私は佐藤美和子!で、後ろのが高木渉刑事よ」

一瞬佐藤刑事が遠い世界に行っていた。ちょっと怖い。
ススス、とコナンの後ろに隠れた。勇気を振り絞って挨拶をした人見知りキャラとして、コナンの後ろからよろしくね、と手を振ってくれた高木刑事に手を振り返した。

「じゃ、挨拶もこれくらいにして現場検証と行きましょうか!」
「じゃあ僕もお供しますよ」
「では僕の車で」

佐藤刑事の言葉に、現場検証に着いて行く高木に凄まじい勢いで近づいてきた白鳥警部。
あ、今ので関係相関図が見えた。ははーーーん。
「良いけど私、ちょっと寄り道するわよ」と佐藤刑事は断りを入れた。


まず車で向かった先は、何の変哲もない歩道。
その歩道のガレージの下に供えられた一輪の黄色い花、それに手を合わせている佐藤刑事の姿に、今日が彼女にとって何の日なのかすぐに分かった。
白鳥警部によると、今日は佐藤刑事の父の命日、殉職をした日なのだとか。18年前の今日、佐藤刑事の父は強盗殺人半を追跡中にこの交差点でトラックに撥ねられたらしい。
彼女の父親が救急車到着までに逃走する犯人へ「愁思郎」と繰り返し呟いていた事から、『愁思郎事件』と呼ばれている。
それを解説したのはコナンだが、完全に「工藤新一」モードだったためこっそり指をつねって「って小五郎のおっちゃんが言ってたよ!」と続けさせた。キミ危なっかしいぞ本当に。

銀行強盗でその銀行の防犯カメラに映っていた数秒の映像、帽子にサングラスとマスクをつけたコートの男、「愁思郎」。そして、なんでも彼の警察手帳に「カンオ」と書かれていたそうだ。
だが全く意味も分からないまま事件は迷宮入り。「カンオ」の正体も分からぬまま。
子供の頃の佐藤刑事は、ひどく頭を抱えていたらしい。ずっとこの訳も分からない三文字とにらめっこして。

「この謎を解いて愁思郎を捕まえてくれる人が現れたら…何でも願いを聞いちゃうのになーって!」

あー、佐藤刑事。駄目だその言葉は。何でも、はだめだ。
ほらそこに、「何でも…!?」って反応した男二人いるだろ。もう妄想が手に取るように分かる。
「うな重千枚食わせてくれる!?」「トロピカルランドのお城に住みたい!」「国際宇宙ステーションの搭乗券を!!」と、子供達は夢いっぱいだ。いやあ可愛いものだ。

「じゃあ私はブランド物のバッグがいいかな」
「ぼ、ボク今度のワールドカップのチケットでもいい?」

なんて可愛げがねえんだ。佐藤刑事顔引き攣ってんだろ。やめてやれ。
お願い事を言わない百合に「ねえ梁川さんは!?お城住みたいよね!?」「うな重腹一杯食いてえよな!?」「宇宙行きたいですよね!?」と子供達が押し掛けてくる。
え、ええー。これ言わないといけない感じか。
リアルで欲しいものって言ったらマクミランtac-50(対物ライフル)なのだが、これは言えない。

「じゃあ私は、ケーキバイキングに行きたいなあ〜」
「ンン〜!今度一緒に行きましょ!連れてってあげるから!」
「あっズリィぞ!!」
「事件まだ解決してないじゃないですか〜!」

なんというか、このキャラは佐藤刑事のハートにいい感じに刺さったらしい。
すごく抱きしめてくる。「ああ…かわいい子ってにおいもかわいいのね…レモンの匂い…」という呟きが実は怖い。
ガンオイルと硝煙の臭いを隠す為に軽い香水をつけているのだが、なんか変な所でポイントを稼いでいる。
「佐藤刑事はママみたいな匂いがする〜!」と言えば、感極まったようにむぎゅむぎゅと抱きしめられた。痛い。


あと佐藤刑事。あの、後ろの貴方のファン二人の視線がめっちゃ痛いんでそろそろ離して頂けると。


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