愛より出でて哀より蒼し・3



居酒屋に着くなり佐藤刑事は「私一人で行くから皆ここで待っててね」と中に入って行った。
嫌な予感がするので、後部座席に座っているコナンが佐藤刑事を注視している間にこっそりと服の裾にまた小型盗聴器を仕掛けておく。歩く情報源だからな。
哀は座席にあった地図帳を広げ始め、子供達と事件発生現場の確認を始めた。

百合は特に火事云々に関しては興味がない。それは放っておいてもコナン達が解決するだろう。
気になるのは寧ろ佐藤刑事を巡る高木VS白鳥のほうだ。
あんな面白いエンターテイメントが近くにあるのに気にならないわけがない。子供達が火事現場のおさらいに夢中になっている隙をついてこっそり車から出て居酒屋へ入っていくコナンを横目で確認し、盗聴器を起動した。

あの4人組は既に帰ったらしい。彼らは何でも事業の成功などの良い出来事が4人重なり、その祝い酒のつもりだったようだ。
猪俣は自分の会社の15周年。鹿野は50回目の誕生日。神鳥は娘が嫁入り。猿渡は息子夫婦の間に二人目の男児が誕生したそうだ。確かに聞く限りでは良い報告ばかりだ。
そして、どうも銀行の監視カメラの映像がテレビニュースで流れていたらしく、強盗犯は自分を止めに入った警備員を隠し持っていた猟銃で撲殺したという情報や、佐藤刑事の父がトラックに撥ねられた際に、彼が何者かに押されたという目撃情報があったという初耳の情報まで手に入った。
やはり何か裏がありそうだなあ、と盗聴器からの情報もそこそこに今度は子供達の話に耳を傾ける。
コナンがいない事に気付いてまた抜け駆けしたと元太が怒っているが、その内容が「何か食ってんじゃねえのか!?鳥からとか串カツとかよぉ!!」なのだから面白い。
哀の「野菜も採らないと早死にするわよ」というコメントに、歩美が何かを思い出したような反応を見せた。

「そういえば、私が見た悪い人、あと一つで「ヤサイ」が終わるって言ってた」
「ヤサイ?」
「うん、ヤサイとかゼンサイとか」
(前夜祭……あと一つで、前夜祭が終わる?ってことか)

哀の顔色が変わった。何か分かったようで結構、地図帳を手に車を降りていく。
元太が「ずりぃぞ!!何食う気だ!」と車の中で割と大声で叫ぶと、哀は「私が戻るまでじっとしてなさい」と居酒屋に入って行った。
…子守を任されたな、これは。大人しく待っていようと再び盗聴器に耳を傾け始めた時。

「…!!」
「?どうしたの、吉田さん?」

何を見たのか、真っ青になった歩美が窓の外を震える指で指した。

「あ、あの人よ!私が見た悪い人!」
「「え、ええ!?」」
「…!」

なんて事だ。全く、放っておいてもトラブルが向こうから歩いて来る。
人知れず顔を顰めていると、光彦達は何と車から降りようとしていた。

「な、何をしてるの!?佐藤刑事からじっとしてなさいって言われてたじゃない!」
「でも、犯人がいたんですよ!?追いかけなきゃ見失っちゃいます!」
「相手は凶器を持ってるかもしれない!倫理もない!!だめ、大人しくしてなきゃ…!」
「じゃあ百合は車ん中で待ってろ!」

制止も虚しく、子供達は人混みに消えていく。

「チッ、これだから後先考えないガキは嫌なんだ!」

思わず本音を漏らして車を飛び降りる。コナンには悪いが、事後報告だ。
報連相する暇さえも与えてくれないクソガキ共にはあとできっつい灸を据えてやらなければならない。
盗聴器からの情報はキッチリ聞きながら、百合は歩美達と放火犯の足取りを負った。


彼女達の足取りを追ってやってきたのは品川六丁目の倉庫街だ。
すっかり慣れた気配探査を行えば、すぐに見つけた。物陰から何かを覗く子供達を。
光彦の肩を静かに叩く。

「!?ヒッ、むぐ…!」
「静かに。大声を出すな」
「梁川さん…!」
「結局ついてきたのかよ…!」
「当たり前でしょう。…貴方達通信手段は持ってるわよね。すぐに江戸川君に知らせて。早く」

知らずきつくなる語気と鋭く突き刺す殺気に似た目付きに、歩美は大人しく通信機能付きの探偵団バッチを起動させた。
その間に一番通路側に回り込み、覗き込む。やはり放火犯を見ていたようだ。
通信機が繋がったのか、コナンの怒号が聞こえる。気持ちは分かるがもう少し静かにしてくれと言う気持ちを歩美が代弁した。
光彦が現在地とこの状況に至った経緯を詳しく説明する。
その間にも放火犯は新聞紙に何かをかけていた。幾らか敏感な鼻は灯油の臭いを嗅ぎ取る。
光彦から探偵団バッチが回って来た。放火犯から視線は外さないまま受け取る。

『聞こえるな?梁川』
「全力で止めたからね、一応」
『わかってる。アイツらの事を頼んだぞ。優先順位は分かってんだろ』
「……了解。状況を開始する。切るぞ」

光彦に通信機を返す。放火犯はマッチに火をつけ、灯油を垂らした新聞紙に火をつけ始めた。
やっぱり彼が放火犯で間違いない。
完全に怯えている光彦達に、視線は放火犯から一切外さずに静かに告げる。

「絶対に私から離れないで。…静かに、静かにこの場を離れよう。あいつは直ぐにでも移動し始めるから」
「わ、わかりました…!」
「みんな絶対にはぐれないように。……小嶋君が先導して。私が一番後ろにつく」
「お、おう!」
「釘を刺しておくけど、絶対に犯人の後をつけようなんて思わない事ね。…移動して適当な隠れ場所見つけたら、そこに身を潜めましょう」




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