愛より出でて哀より蒼し・4
一先ず手頃な場所に身を潜めた。
コナンからはそこでじっとしていろという指示だった為、大人しく数分間ここで待機している。
(…気配が消えた。どこへ?)
「いつ来るんだよコナンは…もう十分くらい経ってるんじゃねえか?」
「いや、5分も経ってないと思いますけど…」
「暗くて時計がよく見えない〜」
「、みんなもうちょっと静かに…!」
気配は上手く隠せていたが、隠れる事に関しては素人同然である子供達の声は大きかった。
それを咎めるより早く、暗かったその場にオレンジの明かりがついた。
まるで、マッチの火のような―――
「!!」
「ほぅら、これで見えるだろう?ボウズ共」
「―――!みんな走れ!!」
「心配するな、4人纏めて並べてやるさ。これから始まる本当のカーニバルの供え物として…!」
怒号に似た百合の声に、突如至近距離で目が合った、懐からナイフを取り出す放火犯に硬直していた光彦達は弾かれたように走り出す。
しかし歩美の足が遅い。歩美が捕まる事のないように、歩美の背中を押しながら歩美の後ろについた。
いやしかし、本当に足が遅いなこれは。走りの遅い歩美を必死で押していると、首根っこを掴まれ身体が持ち上がる感覚がした。
「!!」
「ぁ…っ、梁川さん!!!!!」
首元にナイフを宛がわれる。
恐怖に、身が竦むふりをする。身動きなんて取れるはずもない。『ただの臆病な小学生』なら。
暴れたら奴を刺激するだけだ、彼らに危害が及ぶ要素はほんの少しでも排除したい。
「クックック、さあ、お前達も大人しく…!」
「ねえ」
水を打ったような、落ち着いた声。
背後に、いつの間にか哀が立っていた。哀に子供達や放火犯の注目が集中する。
彼女は微笑んでいた。
「お尻の幽霊って、何だと思う?」
今だ、咄嗟に身を屈めると頭上から硬いものがぶち当たる音と「ば、け、つ…」と律儀になぞなぞの答えを言ってくれた犯人の声がした。
その隙にするりと腕を抜け出し、まるで蛇のような動作で背後に回り込むと、壁を蹴り勢いづきながら犯人の背中を蹴り飛ばしてマウントを取る。
動けない男の腕をスッと持ち上げて、捻り上げた。ゴキン、と骨の外れる音がする。僅か2秒にも満たない出来事に、咄嗟の事で呆然としていた子供たちは一連の流れるような動作を全く見ていなかったようだ。
「つまらないものを蹴らせちゃってごめんね、江戸川君」
「本当だよ…」
バケツを蹴ってブチ当ててくれたコナンに感謝しつつ、やって来た白鳥警部に、『何故か肩が外れている放火犯』の身柄を引き渡した。
あとはあの燃えている倉庫を消火するだけか、と燃えている様を見ていた。
その時だ。
『――――――、―――!』
「……!」
聞こえた。何かが。あの、倉庫の中から。
あの燃えている倉庫の中に、まさか誰かがいる?
「?…おい、梁川、何を」
「江戸川君、これをお願い」
「ッおい!!待て!!!」
「梁川さんッ!?」
「お、おい君!!!待つんだ!!!」
パーカーを脱いでコナンに預けると、あの燃える倉庫に向かって走り出す。後ろから聞こえる制止も聞かぬ振り。
燃えている倉庫は木造、壁が燃えていない場所はまだいくつかある。という事は、完全に内部にはまだ火が広がり切っていないという事だ。
腕をクロスさせ、脆くなった壁を突き破る。一気に身を焼く熱気に顔を顰めた。
熱に視界がぼやける中、見つけた。小窓の鉄格子に手錠で繋がれた高木刑事の姿が。
高木刑事は百合の姿を捉えるなり目を剥いた。
「な、キミッ…!」
「123で引っ張るから!刑事も引っ張って!」
「何しているんだ!!ここは燃えているんだぞ!!」
「後にして!!諸共死にたくなけりゃ早くしろ!!!」
百合の怒鳴り声に一瞬身をすくめたが、色々と呑み込んだのか、視線を手錠にやった。
少しでも火に近づかぬように百合の身体を片手で抱き寄せながら。
せーの、と合図をかける。
「いち、」
「に、」
「「さんっ!!」」
勢いよく高木刑事の身体を引っ張ると、暫く抵抗にあいながらも小窓の鉄格子が引っこ抜けた。
古い木造な上に燃えているのだから、力を籠めれば抜けるだろうと踏んだ。ビンゴだ。
「さあ早く、さっき私が来た穴から出るよ!」
「あ、ああ!」
半ば引っ張るようにして高木刑事を倉庫から引き摺りだす。
燃え落ちていく倉庫に目もくれず、駆け寄ってくる白鳥警部と、いつの間にか到着していた警察の人達に高木刑事を引き渡す。
後から駆けつけて来た佐藤刑事の方では、18年前の犯人とどうやら決着がついたようだ。
犯人は、鹿野だった。
佐藤刑事の父の警察手帳に書いてあった「カンオ」は、鹿野の渾名。
彼は銀行強盗の際、警備員を撲殺した時のフォームが特徴的なバッティングをしていた鹿野とおなじものだと直ぐにわかり、彼の身柄を警察署に引き渡そうとしたのだという。
だが、警察に行く際に鹿野はこれからどうなってしまうのだと未来を恐れ、やってくるトラックの前に躍り出た。―――が、それを、佐藤刑事の父に庇われて。彼が代わりに撥ねられてしまったのだという。
「愁思郎」は、彼が鹿野に「自首しろ」と呟き続けていたのを目撃者が聞き間違えた事による誤解だったとのことだ。
時効の事も何とかなりそうな気配だったので割愛しよう。
全部万事解決、放火犯も捕まり佐藤刑事の因縁も解け、穏やかな日常が戻って――――
「さて、百合ちゃん?」
後ろを振り返る。佐藤刑事と白鳥警部が並んでいる。
これ、拙い気配だな。説教は御免だぞ。
「いや、これ今回お前無茶したろ。大人しく説教受けろ」
「ええ…」
コナンにパーカーを渡されながら、ここで逃げると後が面倒な事を察する。
ぺんぺん、と服についた煤や埃を払いながら、百合は大人しく佐藤刑事と白鳥警部のお説教を受ける羽目になったのだ。
(解せぬ。さてはマンションの時の仕返しか)
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