人形劇の舞台裏



その日の学校帰り。
コナンは「蘭姉ちゃんと約束あるから〜!」と先に帰って行き、百合も何とか少年探偵団の魔の手から逃れた。
というのも、今日はきちんと約束がある。人と会うのだ。
近所にある隠れ家的なカフェに入っていく。ここは個室があり、そこに人を待たせていた。
店員に話を通し、個室に案内される。
小さなドアをノックする。

『―――ビクター』
「パット」

カチャリ、とドアが開いた。
サッと滑り込むように入り、扉を閉める。ドア越しの声はかなりくぐもっていてそれなりに声を発さないと聞こえづらい。
外に会話が漏れる事はなさそうだ、と念頭に置いた。

「―――さて、久しぶりだな。早速だが…」
「待て待て待て」
「…何だ」

早速本題を切り出そうとすると、相手は早くもストップをかけた。
何だと睨んでやる。

「……久しぶり、っつう割には随分変わったな。可愛くなっちまって」
「話はしておいただろうに。でも、こうして直接顔を合わせる事自体はもう数年ぶりだな、マルコ」
「ガキのツラで言われると変な気分になるな…」

マルコと呼ばれた30代程のフランス人の男は、どうにも複雑そうな顔をした。
彼は百合が13歳の頃から馴染みのあるジャーナリストで、そして手先の器用さや手癖の悪さに一家言を持つ。
昔から重宝していた協力者だった。だからこそ今回こうしてコンタクトも取れた。
それが『信用』『信頼』なくては出来ない事であると、戦場帰りならわかるというもの。

「お前の消息が完全に絶たれた時には流石にヒヤッとしたが…とりあえずは生存確認できたな。イラクにゃ戻れなさそうだが」
「…僅かでも奴らに痕跡を見せるわけにはいかないからな。訳も分からなかっただろうが、お前が偽装工作をしてくれて助かったよ」
「…ビュロウとして追ってた例の組織か。追われてんのか?」
「いや、私は『殺された』んだ。今のこの状況は奴らにとっても予想外の出来事のはずだ」
「ビュロウと連携は取れているのか?」
「そんなわけがないだろう。私は死んだことになっている。今は現時点での協力者達のボディガードだ」
「ああ、だからか」
「?なにがだ」
「いや何、随分懐かしい目つきをしてんな、と思ってなあ」

マルコが目を細めるのに、訝しげな表情を返す。
彼は彼で相当頭が切れる。赤井とはまた違う、人の内心を見透かす事に長けた頭だ。
昔からマルコは、百合以上に百合の事を知っていた。FBIに入る時、決してその情報が行かないようマルコに情報操作を徹底してもらっていた。
今でも傭兵であると、世界に誤認させていた。マルコを使って。だからこそマルコは「赤の他人」として一番百合の深い場所にいる。

「ビュロウになる前の、野犬みたいな目だ。ビュロウになってからは立派な忠犬になっちまったからとんと見なくなったが」
「野犬とはまた、随分な言い様をするな」
「鷹の方がいいか?ミミなのは犬だぜ」

ジト目をする百合を然して気にせずマルコは店員を呼ぶベルを鳴らした。
直ぐに店員がやって来て、マルコは「ブレンドコーヒーを一つ。お前は?」と問うてくる。
メニュー見せろやとメニューをひったくる。同じくコーヒーが飲みたいところだが、「アイスココアひとつ!」と飛び切りの笑顔で言ってやった。女性店員の頬が赤らむ。
マルコの顔が引きつっているのにも気づかず、店員はササっと厨房に引っ込んでいった。

「…………今、鳥肌が立った」
「安心しろ。私が一番きつい」
「お前、甘いもんそんな得意じゃねーだろ。いつも必要最低限しか取らなかったろ」
「『小学一年生の女児』は、甘いものは大体好きだろう?」
「………頑張ってんなあ」
「正直、今までの潜入の中で一二を争うきつさだ」

乾いた口を水で潤す。そうして、次々と出そうになる弱音も飲みこむ。
身体能力も大幅に制限され、今までの協力者のほんの数パーセントとしかコンタクトも取れない。各所のセーフハウスを転々とし、一度外に出れば梁川百合の仮面を張り付け続け、演じ切る。
更にただでさえショートスリーパーだというのに、この日本特有の密集住宅で各所各所で人の気配を強く感じてしまい、職業柄過敏な神経は百合の睡眠を妨げ続けている。
長期の張り込みや潜入で最早慣れてはいるが、きついものはきつい。
いつもなら頼まないココアを頼んだのも、糖分でささくれたった精神を少しは落ち着かせるためだ。
暫く苦にならない沈黙が続いたが、運ばれてきたコーヒーとココアが沈黙に終わりを告げる。
ピンクのストローでココアを吸い上げた。

(……あっま)



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