人形劇の舞台裏・2



「…さて、そろそろ本題に入るか。お前もその方がいいだろ?」
「そうだな。お前はその辺空気が読めて助かる」
「へいへい。んじゃ、まず報告から。お前が集めたデータはビュロウに送っておいた。俺名義でな」
「助かる。サイバー対策部のお墨付きのお前名義なら信用も取れるからな」

マルコは百合の協力者の中では数少ない、FBIとコンタクトを取れる情報提供者だ。
百合が情報を集め、マルコが提供する。そうする事で、マルコからもFBIの情報が得られる。
そして次、とマルコは背後の壁に立てかけてあったバイオリンケースを差し出してきた。受け取るとずし、と重みが腕にかかる。

「中々苦労したんだぜ?それ。Mc-CS5のカスタム、『幼女でも携帯可能な形態にカスタムしてくれ』とかどんな注文だってんだ」
「だがお前の事だ、出来栄えはいいんだろう?…ホー、ケースに専用のロックがついてるのか。いいな」
「バイオリンケースのメーカーまで指定してきたな、珍しく」
「こんなピンクとブラックの可愛いケースを持った幼女が、まさかこの中にライフルを仕込んでいるなどとは考えにくいだろう?ブランドものなら猶更だ。…こればかりは私ではどうしようもなかったからな、本当に助かった」
「……素直なお前が素直に気持ち悪いな」
「報酬は半額がいいらしいな」
「あー冗談です冗談です!!」

チッ、と舌打ちしながらランドセルを開け、不透明なファイルを渡す。
その中に通帳が入っている。どーも、とマルコが受け取ったのを確認した。
金で信用を取ってきた世界だ、お互い金銭には大変ドライだ。お互い別に金に執着してはいないが、これはこの業界でのマナーと言っていい問題であるからだ。

「そのランドセル、オーダーメイドか?お前の事だから」
「ああ。こっちも専用のロックがついている。このロックを外すと二重になってる底が開いて…」

ランドセルをかなり強く揺すると、教科書や筆箱の中身の音と一緒にガチャ、と物騒な音がした。
あとリコーダー入れにはナイフを…など、マルコの知る小学生とは随分とかけ離れ過ぎた臨戦態勢っぷりである。
変わらねえなあ、とマルコは笑った。
マルコにとって百合は取引相手の一人だが、それ以上にいつどこで誰が突然いなくなってしまうかもわからない業界で、中々にしぶとく生き残ってくれる友人の一人なのだ。
機嫌がよさそうに笑っているマルコを(懐が温まって機嫌がいいんだな…)とちょっとズレた解釈をした百合は、そういえば、と切り出した。

「あれから何か動きはあったか?」
「ビュロウか?見た所特に動きはねえな。相も変わらずってところだ。お前の死を「信じられるか」と嘆きつつも疑っている様子もない」
「…そうか、」
「だが、お前のバディはどうだろうな」

赤井の話になると、自然と腹の中が竦む感覚になる。
マルコは百合の死を偽装するのに一役買ってくれた。死体偽装はどうであれ、『リリー・フォーサイス』の情報は完全に死んでいる。
だが、それでも赤井はほんの少しの、常人ならば決して気づけないような歪みから真実を暴き出せる眼を持っている。

「あのビュロウから全てを隠しきれている自信はねえ。完璧な嘘、なんてもんは存在しないからな」
「……そうだな。秀なら気付くかもしれない。が、それでも私は見つかるわけにはいかない」
「思うんだが、なら正体を明かして証人保護プログラムに入る形で協力したらどうだ。ビュロウの保護下なら、組織も手出しができんだろう」
「…曲がりなりにも、保護という形だ。皆の信用と信頼を裏切りたくはない。今の私では秀の足手まといなんだ。……背中を守れるバディで在らなければ、ならないんだ」
「じゃあ、これは俺の超個人的な意見だ。「赤の他人」だからお前の心中も見て見ぬ振りさせて言わせてもらうぜ。…お前はあのビュロウを守る事に執着し、今尚こうして間接的サポートであの男を障害から守っている。じゃあ、今のお前の背中は誰が守るってんだ?傭兵」
「、」
「お前達は互いに背中を預け合っていた。だから互いに無茶でも無理でもまかり通る。それが今はどうだ?ビュロウはお前に手出しができねえ、そしてお前はたった一人敵地で自分の必須物資をも削りながら支援している。どう見ても釣り合ってねえだろう。そう遠くない内に限界を迎えるぞ」

マルコの言い分は尤もだ。
現在の百合は敵地で孤軍奮闘している孤立した兵士だ。
食糧も医療品も弾薬も満足に得られず日に日に少なくなる物資を憂いながら、それでも遠くで奮戦している味方が敵地の心臓部に食らいついてくれる事を信じて、ただでさえ少ない物資を送って支援する。
そんな状態を続ければ肉体よりも先に精神が限界に来る。精神の疲弊は肉体の疲弊よりずっと簡単に身体を殺す。
百合はその瀬戸際に立って、尋常ではないタフネスで現状を保っている。
…これだから、彼女以上に信頼できる傭兵はいないのだとマルコは溜息をつきたくなった。そしてそんな彼女だからこそ、赤井は彼女に背中を預けたのだろう。

「…ハァー…お熱いこった」
「…何だ藪から棒に……」
「いや?妬けるね〜無条件に信頼し合える相棒ってのは。マ・シェリーは今日も職務を全うしてるだろうよ、大事な相棒の死に疑問を持ち続けながらな」
「ばっ…!?そんなんじゃない!」
「つーかぶっちゃけシェリーとはどこまでいってんの?マジでただのバディ?」
「ティーンエイジャーかお前は!」
「俺お前のそういうやたら生娘っぽい所好きだぜ」
「私はお前のそういうところが嫌いだ」

このフランス人め。母国にそんなにいない癖にこういうところは現地人と一緒だ。
赤井との関係で名前を付けられるものと言えば、本当に『相棒』だけだ。
マルコが聞きたがっている『そういう関係』がないわけではないが、それを踏まえても彼を繋ぐ関係の明確な名前はそれしかない。逆に言えば、この『相棒』に、赤井秀一との全てが詰まっている。
だからこそ、これ以外の呼び方が分からないのだ。いっそ、表現多彩なフランス語ならば何か該当するんじゃないかとすら思える。
だが。

「……秀の『相棒』は、死んだんだ。組織に殺された。今はそれだけだろう」
「そんなツラして、自分に言い聞かせてるみたいだぜ?」
「間違っちゃいないさ。…秀はきっと『彼女』の仇を取ってくれる。信じているよ」

(それで、全部終わったらゆっくりと死んでいくんだろうな。お前は)

生まれた時から戦場にいて、テディベアではなくその辺の死体から奪った銃と寝床を共にしてきた女だ。
非常に仕事がしやすいし話も早い。私情も一切交えない。
だがそれは、彼女が生まれてから一度も「子供でいられなかった」弊害でもある。彼女の手が銃を覚えたその瞬間から、彼女は「兵士」だった。そんな彼女が初めて自分の意思で行動し、結果FBIになった。
FBIそのものが、彼女の今の「人間性」を構築した。だが今彼女はFBIには戻れないと、冷たい銃だけを心の拠り所にあの兵士時代に戻ろうとしている。

(お前は合理的かつ効率的に自分を切り捨てられるけどな。案外見てる方はただただ、辛いんだよ)

少しくらいは、融通してやってもいい。我が儘だって言ってくれていい。
それでも彼女はそれを知らぬまま育って、そしてそれすらも理解できぬままそれ以上のものを切り捨てようとしている。
赤ん坊ですら手を伸ばす事を知っているのに、彼女は手を伸ばしてもその先に母親の手すらもなかったのだ。今でも百合は、手を伸ばしたその先が空虚だと信じている。

(頼むぜ、赤井秀一。俺はコイツの事案外気に入ってんだよ)

ヒントは残してやった。リリーの破壊されたスマホに意図的に残してやったあの数字を。
お前ならわかる筈だろう。ヒントですらない、それは答えだ。
組織にも、ましてやFBIにも行動に起こす事は出来ないが、あの男ならできるはずだ。

(悪いなリリー。これはお前への裏切りだ。…だけどな、俺はもう一度見たいんだよ。立場上滅多に着れないビュロウのジャケットを着て、嬉しそうな顔であの男の後ろについていくお前を)



「―――今日は色々とすまなかったな。また要件があれば知らせる」
「おうおう、その眼の下に隠れ住んでる隈を何とかするんなら聞いてやる」

マルコは最後まで細かい所まで突っ込んでくる。
元々の人柄が見える。元々彼はこういう男なのだ。
客として対等に扱う癖に、絶妙な所で公私混同をしてくるこの男を、案外気に入っているのだ。

「…お前には適わないな」
「マ・シェリーによろしくな、プランセス!」
「よろしくしない!!!」

フン!と息巻いてセーフハウスの道を行く。
随分と遅くなってしまったが、愛しいライフルも返って来た事だ、チャラにしよう。
また帰ったら銃の手入れなどをしなければならないな。ガンオイルの臭いがまたつくだろうから、明日の朝にいつもの香水をつけなければ。などと思考を巡らせながら、セーフハウスまでの帰路についた。


百合が帰路に建っているゲームセンターの前を通り、曲がり角に消えた直後。
ゲームセンターの中から丸い眼鏡と金髪の外人女性が飛び出し、百合が消えた曲がり角の先を目で追った。

(…、………)
「ジョディ先生〜!」

ハッとする。ゲームセンターの中から、先程からずっと一緒にいた子供達が追いかけて来た。

「どうしたんですか?急に外に飛び出したりして…」
「あ…いえ、ムカシの知り合いにソックリの人を見た気がしましたが、…気のセイだったみたいデ〜ス!」
「ふ〜ん…」
「蘭姉ちゃ〜ん!園子お姉ちゃ~ん!ジョディ先生〜!警部が呼んでるよ〜!」
「あ、ごめんコナン君!」
「ほら戻ろジョディ先生!」

子供達に手を引かれて、建物の中に戻る。
気のせい、だったんだろうか。あの子を想うあまり見た幻覚だったのだろうか。
でも。

「……リリー……」

ついこの間、殉職してしまった後輩の顔に、あの金髪の少女はよく似ていたのだ。


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