君の行方を教えておくれ



「かえりたい」
「我慢なさい」

開口一番、帰宅を却下された。
今日は少年探偵団のメンバーでスキーに行く予定だ。その為に今バスに乗っている。
スキーはまだいい、得意だ。問題は、

「寒いの、すっっっごい嫌いなんだよ…博士の付き添いで建物の中にいてもいい?」
「ええーっ、折角スキーに行くのに!?」
「それに私、運動苦手だし…走ったら何もない所でも転んじゃうんだから、スキーなんてできないよ」
「練習したらできるようになりますよ!」

博士がこの日に限って張り切りすぎて風邪を引くというテンプレ状態なのを利用して建物に籠城しよう。
暑いのは許せる。イラクは熱帯だった為暑さには滅法強いのだが、寒さは別だ。
過去にネイビーシールズのヘル・ウィーク張りの訓練を受けた事がきっかけで、身体の内から冷えていくような寒さにはトラウマ級の嫌な思い出がある。
任務で南極に行く時は自分でも自覚症状はあったが目が死んでいた。

(秀に引き摺られるように南極に飛んだんだっけ…今思い出すだけでも嫌………)

もう嫌だ。現地着いたら仮病でも何でも使って絶対外に出ない態勢を敷いてやる。
最近あまり眠れていないのもあって酷く身体も重い。今朝も隈が隠れ住んでいるのを歩美に指摘されたほどなのだ、余程だろう。
…行く前から疲れている。身体が重い。多分行きたくなさ過ぎて身体が拒否反応を起こしている。
春スキーとはいえゲレンデは寒い。その時点でもう行きたくない。
そこまで寒いのが嫌かと思うならば、真冬の海で半身を浸し低体温症の瀬戸際まで追い込まれ、気が遠くなっていく時、己の体温が下がりすぎて最早温く感じる海水を顔面に叩きつけられ起こされる感覚を味わってくれ。
温く感じていた筈の海水が冷たい風に晒され、冷えて更に体温を奪っていくのを。……考えただけで本当に気分が悪くなってきた。
頭に被っていた成人用の黒いニット帽を耳が隠れるくらいにまで深く被り、窓に頭を傾ける。

「ちょっと眠いから、暫く寝るね…」
「おう、オヤスミー」

前の席に座っているコナンから返答があったので、目を閉じて俯くように下を向く。
といっても、本当に寝るわけではない。寝たくても眠れない時や任務中で仮眠すら取れない時はいつもこうしていた。
一番後ろの席なのだから寝そべっても許されそうだが、流石にマナーが悪い。

(…そういえば、周りに誰かがいても…秀が一緒にいれば、眠れたっけな)

…この間マルコと会ってから、どうも赤井の事をよく思い出す。
あれはマルコなりの気遣いだったのだろうが、今こうして気を乱されているのだからたまったものではない。
まるで依存しているようじゃないか。…いや、していたんだろう。
あの時以来一度も肌身離さず身につけている、首から下がった指輪が証拠だ。

だめだ。一度気を落ち着かせよう。本当に気が散っている、自分らしくもない。

(私の不調は察しの良いボウヤなら分かっているかもしれないが……高校生に気付かれるとは、私も鈍ったな)

真っ向から行動できないせいか、ここの所様子見に徹する機会が大体で、状況に至るまでの事がほとんどない。
要は真正面から戦闘状態に入る事がほとんどなく、緊張感が足りていないのだ。
平和ボケとは何たることだ。今度マルコに手頃な犯罪組織を教えてもらって、アマチュアに戻ったと思って潜入を一から始めてやろうか。…だめだ、現実味のないことまで考え始めている。

(…目が熱を持っている。これは…明日には熱が出るな。…ここまで寝不足が尾を引くなら、あまりしたくはなかったが睡眠薬を使うか…)

「あれっ新出先生!?」

そんな時、良く通る歩美の声が耳に入る。ニット越しにも聞こえる声だ、目覚ましに丁度いい。
俯きながら静かに耳を傾ける。

「あれ?皆も乗ってたのかい」
「先日は内科検診、お疲れさまでした〜!」
「おっ先生今日デートかよ!」

何だ女連れか。新出…小学校の教師じゃないな。
それでこの子達の知り合いとなると、高校の方か。

「うん?ああいや、彼女は僕が校医をやってる帝丹高校の教師で…」
「ハ〜イ!Boys&Girls!…Oh!クールキッド!」

(―――――、え?)

この、声。何だか調子は4割ほど高めだけれど。その声は、コナンに掛けられているけれど。
百合はこの声を知っている。だって、ほぼ毎日聞いていたのだから。
思わず、少しばかり顔を上げた。

「知り合いか?」
「え?ああ、うん。蘭姉ちゃんの高校の、英語の先生で…」
「ワタシの名前はジョディ・サンテミリオン。今日はDr.アライデとウエノ美術館でデートデース!」

―――――ジョディ。
その顔を見て、確信した。ジョディに間違いない。
何故ジョディが、FBIがここに?それにあの口調やコナンから語られたことが本当なら、彼女は潜入捜査中だ。
彼女が誰かに近づいているなら間違いなく組織関連だ。でなければ態々日本まで来るはずがない!
いや、それ以上に。

(ジョディだけなはずがない。彼女が組織絡みでこうして誰かに接近しているんだ、…見張りがいる筈。誰だ?キャメルか!?どこにいる!?)

だめだ、今ここで辺りを見渡したら不自然だ。
バスの中にいる筈だ。既に乗っているのか、この後から乗ってくるのかも分からない。
…最悪だ。迂闊に顔を上げる事ができない。ジョディに顔を見られるのは得策ではない。
そうしている間にも次々と乗客が乗り込んできて、百合の隣にも分厚いコートを着込んだ男性が座った。ずっと咳が聞こえてくる。…顔を上げる事ができないから、誰なのかもわからない。
…ジョディともう一人のFBI捜査官と、組織絡みの容疑者がこのバスの中にいる。百合にとっても哀にとっても最悪の状況だ。下手な行動ができない。

「オイ見ろよ、あの二人!こんな所からもうスキーの格好してるぜ〜!」
「ウワッせっかちですね〜」

それはそれで気になるが、顔が上げられない。
ジョディはコナンの前に座った、いつどのタイミングで振り返るか分からない今、迂闊に顔を上げるわけにはいかない。


(…ごめんなさい、ジョディ)


「騒ぐなァ!!!騒ぐと命はないぞ!!!」
「!?」

思わず頭を上げる。
乗客の視線が前にいる、歩美達が言っていたであろうスキーウェアを着ている男性二人に集中している。
彼らの手にあるのは、ひどく見慣れた、黒い銃身。
あれはトカレフだ。反射的に頭に浮かんだ、頭に染みついた銃の名称。

彼らはゴリ、と運転手の頭に銃口を擦り付けた。


(このタイミングで、バスジャックだとか……何て確率よ、最悪だ……!)



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