出来損ないが繋げた希望



バスジャック事件は解決し、事情聴取から開放された。
然して苦でもなかった事件の筈なのに、酷く体が疲れていた。あの少年の推理は恐ろしい鋭さを持っていたが、それ以上に強烈な印象を与えた少女が頭から離れない。
あの名を叫びそうになった。すぐにでも抱きしめたかった。

「ジョディ」

同僚に名前を呼ばれ、振り返る。
そこには着ていたコートを脱いで、いつもの服装に戻った、『風邪を引いているフリをしていた』男、赤井がいた。
いつもは鋭いナイフのような冴えた色をしている目がどこか揺らいでいた。

「…シュウ、見た?」
「……あの少女の事か」
「………ええ。あの子、この前も一瞬だけ見かけたのよ。他人の空似だってあの時は思ったけど…あれは、もう生き写しってレベルよ」

ジョディは酷く気が動転している。
リリーの殉職を知った時、赤井は態度には出さなかったが、ジョディは見るからに憔悴していた。
FBIに入った当初のリリーを人慣れさせたのは他でもないジョディだった。女性の少ない職場で出来た可愛い後輩を可愛がらない理由がない。
リリーもジョディにはとても懐いていた。だから殉職を知ったジョディが誰よりもショックを受けていた。

「…ただの「生き写し」が、その動き方まで写るのかは疑問に残るが」
「……どういうこと?」
「あのバスジャック犯が少年に銃を向けた際、あの少女は足音も立てず、犯人の目前に接近するまで相手にも気づかせない程の無駄のない動きを見せた。俺でも男が顎をぶち抜かれる直前まで接近してきていたことすら気付けなかった」
「な、…」
「発砲直前の犯罪者に対して瞬時に接近し、意識を残しておき尚且つ誤射を防ぐ為身体を麻痺させる程度の力加減で無力化させる事が可能な女を、俺は一人しか知らん」

誰よりもその動きを傍で見てきたから。誰よりも長く、誰よりも多くその動きに助けられてきたから。
赤井が見間違えるはずがなかった。
彼女が死ぬはずがないと、誰よりも信じて疑わなかった。それでも決して確証も持てず、不自然な証拠を持て余していた。

「それに、だ。あの少女、最初こそバスジャック犯に怯える素振りをしていたが、お前が足を引っ掛けて男を転ばせていた時はこっそり笑っていたぞ。すぐに引っ込めたが」
「アナタもしかして隣に座ってたの?」
「ああ。ずっと俯いていたから顔が見えなかった」

それに拳銃を奪って小声で「誰かを撃とうとしたんだ、撃たれる覚悟はあるんだろう?青二才」と言ってのけ、その後の視線だけで男を失神させたのだ。

「…リリーか、はたまたその関係者どうかは全く確証はない。だがただの少女ではないことは確かだ」
「…そうね」
「今後の動向を監視した方がいいかもしれんな」

やっと掴めた、彼女への緒なのだから。

唯一の手掛かりの、『5月1日』。
不自然に残された日付、なにかの予定が入っていた記録もない。5月1日になにがあるのか調べたが、ほとんど手がかりになりそうなものもなかった。
今、この時までは。

(……Mayday…)

5月1日は、世界各地で行われる国際的労働者の祭典がある。
ついそれに気を取られていたが、この言葉はもう一つ、全く別の意味を持っていた。

Maydayは、無線電話による国際救難信号の意でもある。
あのメッセージが、彼女の身に起こっている事のSOSなのだとしたら。その内容が、あの姿なのだとしたら?

(狂気的にストイックなお前の事だ。馬鹿の一つ覚えのように、俺達を守る事しか考えていないんだろうが)

胸にさがったリングを服越しに握りしめる。
現在、彼女との唯一の繋がり。
まだ、このリングを持っているというのなら。

(俺達は相棒(バディ)だろう、リリー)


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