すこしだけ強いあなたに



熱も大分引いて、折角だから銃の手入れでもしようとライフルや拳銃を床におっぴろげていた。
武器の手入れはやはり落ち着いた。
自分の命を預けるものだから、整備するに越した事はない。
ライフルの解体を終え、次の拳銃の解体を始めようとしたとき。玄関のチャイムが鳴った。
…大凡の予測は出来ているが念のためにリビングの扉を閉め、玄関の覗き窓を除く。
そのチャイムを鳴らした主を確認し、やっと扉を開けた。
そこにいたのは、コナンだった。

「……元気そうじゃねーか」
「やあボウヤ。怪我はもういいのか?」
「こっちの台詞だっつーの。熱は?怪我は大丈夫なのか」
「昨日は高かったんだが今はまあまあ引いたよ。立ち話も何だ、入るといい」

そう言ってコナンをさっさと扉の中に押し込んだ。
外であまり会話をしたくないというのもあった。
コナンをリビングに通すと、床に広げられたそれを見るなりコナンは顔を引きつらせた。

「おまっ……」
「ああ、すまないな。丁度整備をしようとしていた所だったんだ。気にしないでくれ」
「風邪引きは寝てろよ」
「風邪薬の作用で寧ろ寝すぎて目が冴えているくらいなんだ。これくらいは許せ」

コーヒーくらいは淹れよう。そう言ってキッチンに引っ込む。
コナンが興味深そうにCS5を見ているのが何だか面白い。
ガンオイルくさいところでコーヒーを飲ませてしまうのは些か申し訳ない気もしたが、迂闊に窓を開けるも出来ないので、キッチンの換気扇を回した。

「…なんか、セーフハウスっつーから生活感ないと思ってたんだけど。意外にあるんだな」
「まあ、基本は此処で生活はしてるからね。転々とはしているが」
「…料理とかはどうしてんだ?出来合いか?」
「自分で作るさ。自分で出来る事なら自分で全部やるよ。変か?」
「いや…経歴からは想像できねえなって思って」
「ああ、それはよく言われたよ」

料理は好きだ。掃除も、洗濯も。縫物だって嫌いじゃない。
凝ったものだって作る。作れるようになる為に勉強する事だって嫌じゃない。
FBI時代皆からも意外だと言われたし、ジョディに至っては料理の教えを乞うてきた事もあった。
何でそんなに、何でもできるようになりたかったんだろう。今ならわかるのだ。

「私がちゃんとしないと、食事も睡眠もサボるワーカホリックがいたんでね」
「……お前、恋人とかいたんじゃないのか?」
「残念だが生まれてこの方一度もそういうのはない。縁もなかったのでね」
「ええ〜?そうか…?絶対あの写真のお前は男に困らねえって顔してたのに…」
「ホォー?キミには、そんな自信のありそうな人間に見えていたのか?あの写真」
「?まあ、余裕のある女、って顔はしてたけど」
「……そうか」

(私の背伸びも、多少は報われていたか)

「それよりもキミはどうなんだい?噂の『蘭姉ちゃん』はキミの大事な人なんだろう?ボウヤ」
「なっ、ちげえって!蘭とはただの幼馴染でそういうんじゃ」
「おやそうなのか。彼女の話をしている時のキミはとても優しい顔をしているから、てっきり」
「……たまに女子高生みてーなこと言うよな、お前。そういや佐藤刑事の時だってお前すげー楽しそうだったし」

あれは楽しかった。
事件そのものは大変だったし肝もそれなりに冷やしたが、人の色恋沙汰とはやはり見ていて心が躍る。
命がけの時こそ、心に潤いが欲しいものだ。そう思うのは自分のみかもしれないが。
まるでティーンエイジャーのような、青くて拙い感情は見ていて眩い。胸を締め付けるような切なさがどこか心地がいい。

「きっと恋とは素敵なものなんだろうな。そうは思わないかい、ボウヤ」
「ええ…?殺人の動機にもなるような感情だぜ。そんなキラキラした綺麗なもんじゃないだろ」
「この日本で、殺人の動機にもなってしまうようなすごいものなんだろう?」

コーヒーを淹れ終え、コナンに出す。ミルクと砂糖も出したが、彼はブラック派のようだ。
彼の向かいに座って彼が来た事で叶わなかった拳銃の解体を始める。今この手にあるのは、その「殺人」を引き金一つで出来てしまう代物だ。
正直、百合には殺しが罪であるという感覚はない。今まで生きて来た世界では殺人とは食事をするに等しい好意だった。『そうしなければ生きていけない』という、世界で生きるための対価ですらないもの。
だがこの日本は安全だ。誰も彼もが、すれ違った通行人が銃は愚か己を傷つけるものを何一つ持っていないと信じてやまない。この空気に根付いたモラルが、『殺人は悪である』と。
そんな日本でですら、殺人の動機に為り得る程の感情。罪を犯してでも大切にしたいもの。
面白くないはずがない。

「…割と夢見るタイプなんだな。つくづく意外だぜ。お前くらいになれば、もっとドライだと思った」
「それは、私が誰かを幸せにできるようなタイプではないからさ。どちらかと言えば、泣かせる方が得意なんでね。それに…」
「?」
「感情で動ける程青くも、恋にのぼせ上れるほどの情緒もないんだ」

だから見ているのがとても新鮮で楽しいんだよ、と解体した銃にガンオイルを吹き付けた。
羨望でもなくて、ただただ眩しいのだ。あの後先考えない、瞬間最高純度の幸福に満ちた人間達の顔が。
ああ、「幸せそうだ」と。故郷の国では、百合がいた環境ではほとんど見る事の叶わなかった姿だ。
それでも稀に見かける事はあったのだ、どんなに貧しくともいつ死ぬかもわからない毎日の中でも、懸命に愛し合う人々を。それを嘗ての百合は恐怖からの逃げだと断じていたのだ。あの時の自分は実に幼かった。
それを改めたのは今目の前で、整備中のジェリコに目が釘付けのボウヤの両親だ。触るかい、と差し出したが丁重にお断りされた。

「恋は、幸せなのがいい。キミの両親を見ているとそう思えてね」
「アレを基準にしたら恋の定義が砂糖菓子になっちまうぜ?」
「そこは小説や映画で補完済みだ。現実のカップルもそれなりに見て来た、酸いと甘いの噛分けは出来ている。キミには好い恋をしてもらいたいものだ」
「母さんからまたなんか吹き込まれたのかよ」
「信用がないな…私の一個人の思いだよ。キミがそのガールフレンドと幸せになれるよう、私も頑張らなければな」
「だから蘭とはそんなんじゃ!」
「式には呼んでくれよボウヤ」
「だー!!もう!!おかわり!!」
「はいはい」

百合のコーヒーをお気に召したのか、弄った罰(にしては随分と可愛いものだが)におかわりを要求してくる彼に笑う。
ガンオイルに触れる為につけていた手袋を外してカップを受け取り、キッチンに戻る。
キッチンからは、自分のランドセルの中からこの家を訪ねた理由である宿題のプリントを取り出しているコナンが見えた。今思い出したんかい。

「そういえば、態々すまないね」
「別に?伝言もあったしな」
「伝言?」
「灰原からだよ。『迷惑かけたわね』だってよ」
「はは、彼女らしい。でも大した怪我がないようで何よりだ」
「お前は大怪我だろバーロー」
「これくらい大怪我の内に入らんさ」
「熱出しといて…」
「もう下がった。それにキミが『大怪我』を追うよりはずっといい」

私は怪我も仕事の内だとおかわりのコーヒーを彼に手渡した。
彼は脳、自分は肉体だ。肉体の仕事は脳を守る事。
キミたち一般人の云う無茶をするのが仕事なのだから、気にするなと言うのは酷な話かもしれないが。
そう言いながらテーブルにコン、と置いたボトルとキャメルのパッケージの小箱にコナンは顔を顰めた。

「……オイオイオイ。ソレ…」
「ン?…ああ、流石にキミの前では吸わんよ」
「いや、控えろよ。子供の身体なんだぞ」
「私も最初はそう思って控えていたんだが、よく考えたらいつ死ぬかもわからない毎日の中で少ししかない楽しみくらいは満喫しても良いんじゃないかと開き直ってね」

片手で器用にボトルを開け、ショットグラスに中身を注ぐ。琥珀色のアルコールがなみなみと注がれていく。
スパイシーな香りが広がり、グラスを口元に持っていき傾けた。まさかのストレート。
ガンオイルの臭いとウイスキーの香りが混ざって、酷く不思議な気分になる。嗅いだこともないのに不思議と「彼女の匂い」だと思わせた。

「ライウイスキー?」
「Yes.辛い方のな。ボウヤも大人になったら飲むといい」
「大人になったらな。オススメは?」
「バーボンやアイリッシュコーヒーがキミは好きそうだが…そうだな、是非ギムレットを飲んでほしいな」
「自分の名前推しかよ」
「そりゃあそうだろう。だが、キミは」
「『ギムレットには早すぎる』って?」
「その通り」

やはり酒は、誰かと飲むのがいい。
コソコソ飲むのではなく、笑いながらたまにしっとりと語らいながらグラスを傾ける。
ボウヤは物知りだな、と笑いながらグラスを傾け、片手で整備の終わったジェリコの組み立てを終える。

「…ライウイスキーってどんな味?」
「飲んでみるか?」
「いや、いいよ…」
「そう言うな。一口なら誰も怒らないさ」

好奇心を覗かせた子供にニヤリと笑って、ほぼ強引にライを飲ませる。
子供の好奇心に応える、自分は悪い大人なのだろう。子供がきついアルコールに顔を顰めるのが面白い。

「きっつ…!信じられねえ、ストレート飲ませるか?普通!」
「ウイスキーはストレートが一番いいんだ」
「限度があんだろ、喉あっつ…!」

昔ジョディが、百合は何かを自慢するのが下手だと言っていた。アピール下手だとも。
自分の好きなものをアピールするのが下手だ。百合の場合は口頭より目や表情の方がよほど雄弁に物を語った。
今回もどうやら失敗したらしい。

「ボウヤにはまだ早かったな。水を持ってくる」
「う゛〜〜」
「こら、コーヒーで濯ぐな。胃を傷める」

持ってきた水で口を濯ぐコナンにふと微笑む。
根が素直な子供なのだろう。よく表情に出る、動く。
この子供が素直に育った要であるあの夫妻を思い出す。愛情をたっぷりと受けてすくすくと育ったに違いない。
そう考えれば、この子供が尚更可愛らしく愛おしい。

「…なんだよニヤニヤして」
「別に?ふふ」
「気味悪いな………」

口の悪さは自前か?
なんだと、とその丸い頭を指の節でぐりぐりしてやれば、痛い痛いと素直な感想が飛んできた。



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