人魚の襟足



暑い。とても暑い。

FBIの皆さま、お元気でしょうか。日差しも非常に夏めいて参りました如何お過ごしでしょう。一応死んだ身となってはおりますが、リリーは元気です。
随分と早いもので、すっかり季節は初夏。海開きも行われて海水浴場は大賑わい。
あのバスジャック事件も今は昔、あの後も散々事件に巻き込まれてクッタクタ。そんな事を払拭しようと皆で伊豆の海にバカンスに来ました。少年探偵団と阿笠博士と一緒に。

「どうじゃ百合くん、日本のビーチは」
「ゴミのポイ捨てが無ければいい海ですね。シカゴのオークストリートビーチを思い出します」
「恋しいかね?」
「……まあ、そうですね」

ビーチパラソルの下で博士と休みながらそんな事を話す。
FBIメンバーとも何度か海に行った。ジョディがナンパされまくって大変だった、ジョディのボディガードになっていたら結局一緒にナンパに遭った。
ジョディはとてもスタイルがいいから、守るのが大変だった。上着を貸して「これでも着ていろ、格好の的だ」と言ってやれば「何よカッコいいわね!惚れちゃうわよ!」と口笛を吹いてきた。
野郎共もあの時は一緒に口笛を吹いていたな。アイツら、面白がってんじゃねえぞと順番に一人ずつ海に投げ飛ばしてやったのはいい思い出だ。
それからと言うもの、自分より一回りも二回りも体格のいい男共を軽々と海に投げ飛ばしていくリリーやそんなリリーに守られているジョディをナンパする猛者はそうそういなかった。赤井は最後まで投げさせてくれなかったな。
あれはFBIに入る前だったな、何年前だっただろう。

「梁川さ〜ん!そんな所にいないで一緒に泳ごうよ〜!!」
「あ……」

海から歩美の声がする。元気よく泳いでいるようだ。
パラソルの下から笑って手を振ってやるが、歩美はどうしても百合に一緒に泳いでほしいようだ。

「折角じゃから泳いで来たらどうじゃ。ワンピースは預かっておくから」
「いえ、このワンピースも一応水着なので問題はありませんよ。…ボウヤが何をしでかすか分からないので、ちょっと行ってきます」

つば広の麦わら帽子を被り、海に向かう。
今日はオフショルダーの白いミモレ丈ワンピースというスタイルだ。無論その下にも水着は着ているし、ワンピース自体も水着である。
日除けの麦わら帽子を被れば完璧なジャパニーズ・レディ。
海に行くから水着を買ってこいと言われ買いに行った先で店の女性に猛烈にプッシュされ、勢いに押されて買った代物。
いつもはシニヨンに纏めている髪にもミニひまわりを編み込んで夏模様。トレンドを取り入れてこその出来る女だ。
周囲からの好奇の視線が集まる中、子供達に合流した。

「梁川さん可愛いね!そのワンピース濡れちゃってもいいの?」
「うん、これも水着なの」
「とても可愛いですよ〜!ヒマワリがグッドです!」
「えへへ、ありがとう」

光彦は素直に褒める子だと感心する。日本人の男児は感情をあまり素直に出さないと聞くものだ。
その点、光彦は可愛いと思ったら素直に述べるのだから将来女の子に好かれそうだなと予想してみる。
中身が24歳な分先入観でこの姿を見ても我ながら痛いなと思うしかないのだが、子供達から見て可愛いのなら安心した。
コナンはどうしたのだろうと見渡すと、少し沖側で哀と元太と3人でお喋りしていた。
そういえば、あのバスジャック事件から哀とはやや打ち解けて来たのかそれなりに日常会話も難なくできるようになった。別に今までできなかったわけではないのだが、哀がこちらを警戒していた分言葉少なになる事も少なくなかった。
こちらへの警戒が緩んだという事だろう。まだこの身体からするであろう『組織の匂い』は消えていないだろうに、健気な子だと感心する。

(それにしても。こんなに誰も殺さずにいた期間は今までなかったな。組織に潜入していた時代は月単位で殺していたのに)

ギムレットであった時代では考えられない事だ。こんな人の多い場所、しかも海という暗殺に適した場所でほぼ丸腰で来るなど。
太ももの付け根辺りにカランビットナイフは仕込んであるのだが、こんな軽装でこんな場所に来るなんてこと殆どない。まあそれを聞いたらコナン辺りは用心深いにも程があると呆れそうだが。
銃を持ってきていないだけでもいいと思って欲しい。
そう思いながら気持ちよく海に浮いていると、「あら?コナン君じゃない!」という聞き覚えのない声がコナンを名指ししていて、思わず顔を向けた。

「コナン君、どうしたのこんな所で!」
「ちょっと〜!なんであの生餓鬼がここにいるの!?」

見た所女子高生だろう。ロングヘア―とショートヘアーの女子高生二人組だ。
二人とも実にスタイルがいい。歳を無駄に食っているからか(今は小学生だが)そういうところばかり見てしまう。
ちょっと近くに行ってみよう。哀に近寄っていくと彼女がすぐに気づいた。

「あら、結局入って来たの」
「うん、吉田さんが一緒に遊ぼって…ン?」
「あら?」

そうして哀に近づいて少し会話しておいて、今気づきました、とばかりに女子高生達を見上げた。
女子高生達も百合に気付いたのか此方を注視する。
ショートヘアの方の子の視線がすごく熱い。熱心にガン見してくると落ち着かない。

「コナン君のお友達?」
「え!?あ、うん!ちょっと前に転校してきた梁川百合ちゃんっていうんだ!アメリカから来たんだって!」
「へえ〜!すごく綺麗な子!お伽噺からそのまま出て来たお姫様みたい…」
「え、っと…?江戸川君、このお姉さんたちは…」

お姫様みたいなどとものすごく身体が痒くなってくる感想に耐えられずコナンに振った。
おいゴルァ笑うな。笑い出しそうになっているコナンの足を水中で蹴っていると。

「あ、っとごめんね!私毛利蘭っていうの、こっちが友達の鈴木園子!コナン君と今一緒に暮らしてるのよ」
「(なるほどこの子が噂の蘭姉ちゃん)蘭さんと、園子さん…」
「う゛っ」

園子と紹介されたJKは蹲った。大丈夫か。
一瞬心配になったらすさまじいスピードでこっちに寄って来た。JKの行動力って偶に予測ができないから怖い。

「すごいお肌白い…枝毛一つない…髪ツヤッツヤ…天使じゃないの………」
「へ???」
「カワイイ〜〜この子すっごくカワイイわよ蘭〜〜〜無理よ〜〜私この子に一生勝てないわ」
「は、はあ……園子さんすごくハツラツとしてて素敵だと思いますけど……」
「天使ってフォローも出来るんだ…」

だめだ。話が通じていない。
言語が同じなのに違うベクトルで話が噛み合わない。
明らかに混乱している百合に蘭が園子を何とか引き剥がしてくれた。JKに苦手意識を覚えてしまった。
最近の若い子のテンションは怖い。
あっちの女子高生達もパワーに溢れているが、こっちはなんというか、若いなあと。ついおばさんくさい事を思ってしまった。いや、24だからそう変わらない…いや、無理は良くないな。うん。

「…ボウヤ、最近の若い子はすごいな…」
「オバサンくせえこと言うなよ」
「いや私は化石なんだなあと実感したよ…」

オバチャン、最近の流れにはついていけんわ。百合は流れに身を任せる事にした。
JKという生き物の生態系を舐めていたのが敗因だった。



その後しばらく園子に構い倒されて(今度お洋服一緒に買いに行かない?ね?園子お姉ちゃんが可愛い服いっぱい着せたげるから!という性別が違えば不審者とそう違いない口説き方をされた)いると、哀が体調を崩したようで蘭とコナンによって浜に運ばれて行った。
心配なので着いて行くねと半ば逃げるように園子から離れた。逃げたんだよ察しろ。
ビーチパラソルの下で荒く呼吸をする哀を覗き込む。

「どうだい、容態は」
「完全な日射病だな。軽いもんだから、適切な処置をして日陰で休んでりゃ直ぐ良くなるよ」
「そりゃ良かった。彼女はすごいな、キミの体調不良にすぐ気づいたんだから。よほど気にかけていたんだろうね」

その蘭は海の家から氷を持ってきた後、園子たちの方へ戻って行ってしまったが。
鋭い子だ。そりゃあボウヤも気にするわけだと感心してみせる。

「それよりキミ、ずっと彼女と一緒にいたのかい?彼女の事を随分苦手としているようだったけれど。日射病もそれが原因だろう」
「……逃げてるみたいで、嫌だもの」
「…、そうか。それは、良い心がけだが。それで体調を崩しては話にならない。ゆっくり休みなさい」

どんな心境の変化かは不明だが、哀は最近進んで他者に歩み寄ろうとしている。
元々彼女は人見知りだと明美からよく聞かされていて、明美はいつも心配そうだった。――――私の身に何かあった時は、志保をお願い。そう言われた。
明美から聞いた通り実に人見知りの激しい野良猫だと思ったものだが、最近は人慣れして来た可愛い子猫に見える。
このまま人慣れしていき、信じられる友人達を作って行ってくれたらそれ以上望む事はない。

「さて。私は海の家でかき氷でも食べてくるよ。人酔いしたようだ」
「お前が人酔い〜??」
「心外だな。丸腰で来て神経質になっているんだ、人酔いの一つや二つ許せよ。煙草が欲しいくらいだ」
「吸うなよ」
「分かってるとも」

さっさと海の家に引っ込んでいった百合を呆れ顔で見送る。
天使と見紛う容貌をしていても中身は抜き身のナイフのように鋭い兵士だと感心するべきなのか。

「…彼女、大分ストレス溜まってるんじゃない?」
「まあ、確かにいつも持ってる銃も今日は流石に持ってねえみたいだし、インナーも着てねえから…こんな人の多い場所は緊張すんのかもな」
「それもあるけど。…最近あの人、ちょっとピリピリしてるじゃない。わからない?」

それは確かに、感じる事が偶にあった。
最初逢った時は、恐らく幼児化してそう経っていなかった時期だ。未だに幼児化した事への混乱とこれからの生活への安定性を求めて奔走し、良くも悪くも彼女は必死だったように見える。
だがこの姿での生活もそれなりになって、次に過ぎったのは嘗ての仲間達への想いだろう。
哀は『宮野志保』として、一度死ぬつもりでアポトキシンを服用した身だ。元の姿への未練もコナンよりは薄い。
コナンには元の姿を知った上で身の上を理解し協力してくれる協力者達がいる。
百合はFBIを、同僚達を大切に想っている。コナンとの会話で何度か話題になったが、彼女にはFBIの中でも特別大切な相手がいるのだろう。恋人ではないと言っていたが、その表情はその人物が『特別』なのだとありありと語っていた。彼女は口よりも、目や表情で物を語るタイプなのだろう。
正体を隠しているとはいえ、大切で守りたい者の常に傍にいる事ができるコナンとは違い、百合は彼らと絶縁状態にある。生存もひた隠しにし、今も命がけで組織を追っているであろう彼らを案じている。
ふと、彼女と自分の立場を置き換えて考える。
蘭に工藤新一が死んだと伝えられ、生存している事も伝えられず、遠く離れた場所で顔を見る事も叶わない。なんて恐ろしいのだろうと身震いさえ覚える。安否すらまともに確認もできない状況など、今の状態を考えれば言葉もない。
元の姿に戻ったとて、彼女はもうあの場所に帰れないと言った。
では、何のために彼女は元の姿に戻りたいのだろう。


思考の海に沈みかけるコナンの意識を戻したのは、海の方から聞こえた男と園子が言い合う大声だった。


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