人魚の襟足・2



『海だぁ〜?お前が?』
「協力者達の同行でね。できれば私は家でのんびりしたかったんだが」
『武装は?』
「カランビット一本」
『丸腰か、それはそれはご愁傷さまだ』

電話の相手はマルコだ。ここは海の家、人で賑わっている。
メロン味の硬い氷のかき氷を薄いストローで突き刺しながらフランス語で会話する。
室内も外も人で賑わい声なんて余程張り上げなければ全く聞こえない。

『お前がそれでも同行したのか?』
「護衛対象が行くからな。冷房の効いた部屋で本を読んでいる訳にもいくまい」
『ストイックだな。もう少し力の抜き方を覚えた方がいいぜ』
「お前はもう少し空気を入れた方がいいぜ「Ballon(風船野郎)」」
『力んじゃ破裂しちまうだろ。適度がいいのさ、適度が』

マルコが請け負っている仕事は多い。
基本は情報を基盤としたジャーナリスト業だが、FBIやCIAに有益な情報を売りつける情報屋、紛争地に的確な時価で武器を売りつける武器商人、求められた情報を盗み出すハッカーとしての面を持つ。
顧客は殆どが大物、そしてどれもが危険度の高い依頼であるというのに、この男はするりするりと隙間を縫って追手から逃れる。一切地に足がつかないままふわふわと漂う様から一部から『Ballon(風船野郎)』と揶揄されていた。
この風船野郎とは一度イラクにて彼の護衛を請け負った際に意気投合し、以来お得意様として贔屓してもらっている。個人的な交友関係もある。
今回の件でもここまで危ない橋を渡ってくれているのだ、一体どれだけの貸しがある事か。
世渡りは上手い癖に、本気で百合の身を案じてくれる辺り、情に厚いのだ。だからこそマルコを信頼した。

『…で、だ。受けられそうか、依頼』
「問題ない。一週間程で案件を終わらせるつもりだが、何かあれば連絡する」
『おうおう、お財布握り締めて待ってるぜ。…ところでお前の方、なんか騒がしいけど何かあったか?』
「………協力者達の声がする辺りまたあの死神ボウヤが何か巻き込まれたのかもな。見てくる」
『頑張れよ、「Jane(名無しの女)」』
「D’accord」

電話を切り、既にほぼ水となったかき氷を掻きこんだ。
メロン味というにはただのシロップの味だったなという感想を抱きながら海の家を出た。
外に出ると、ビーチパラソルの下で寝そべっている何やらガラの悪い男と、別の男二人がもめていた。先程園子の声と彼らの声が一緒に聞こえていた辺りまた揉め事かと予測を立てる。

「ボウヤ、何かあったのか」
「いや。何か漁師たちの間の揉め事くせーよ」
「良かった、またボウヤが事件を呼び寄せたのかと冷や冷やした。お陰で涼しくなったのは礼を言おう」
「悪かったな平和でよ!!」

だが、この名探偵の死神体質がこんなものでは終わるはずもなかったのだ。



「もう大丈夫なのかい、志保」
「ええ、もう大丈夫よ。あ、お茶淹れてくれるかしら」
「はいはい」

時刻は夜。コナン達は予約していた中華レストランに向かったが、哀はいつもの「パス」で部屋に戻っていた。
彼女が心配だという名目で彼女にくっついて二人部屋に戻り、彼女の世話を焼いている。
お茶を淹れろだなんて随分と気を許してくれたものだ。

「私の事は大丈夫だから、貴方工藤君たちの所に戻ったら?」
「キミはどうするんだ」
「私はパス。ゆっくりしたいし、また工藤君が厄介事を引き寄せたら大変でしょ」
「……流石にないだろう。そして私も実のところ疲れている。私も休むよ。お菓子でも摘まみながらテレビでも見て彼らの帰りを待とう」
「あら、じゃあそこの番組表取って頂戴」
「はい」

ベッドを陣取り、お菓子の袋を開けて寛ぐ体制に入る。
哀は数十年前の映画の再放送が気になったらしく、ポテチを摘まみながら見入り始めた。

この映画、丁度シアターで上映してた時期に私その隣のシアターで別の映画見てたな、なんだっけタイトル。
ジョディと観に行ったあの映画。

(なんてタイトルだったっけ………)



数時間後。流石にもう夕食なんて終わっているはずなのに、彼らは帰ってこない。
映画も随分前に終わってしまって、哀は眠たげにバラエティ番組を見ている。

「…流石に遅すぎないか、志保」
「そうね、私もう寝ていいかしら…」
「もう遅いしなあ…ちょっとボウヤに電話を掛けようか。携帯、携帯……ん?」

鞄を漁り携帯電話を発掘する。
すると一緒に預かっていた彼の蓋のあいた鞄から、蝶ネクタイ型変声機と携帯電話がチラ見していた。
持って行かなかったのか。何があるか分からないというのに。

「どうかした?」
「ボウヤ、携帯と変声機を忘れて行っている」
「……嫌な予感がするのだけれど、まさか事件に巻き込まれてないでしょうね、あの子達」
「……………ハア。探しに行くか…」

とことん目の離せないボウヤだと百合は本気で頭を抱えたくなった。



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