花を騙る亡霊

まったく、人間どう転ぶか分からないものだ。



「転校生〜?」
「はい!朝職員室で先生とお話してるのを見たんですよ〜!ね、元太くん!」
「なんか外国人っぽかったな〜!」
「後ろ姿しか見えませんでしたけど、金髪でしたしね!」

朝の帝丹小学校1年B組は、噂で持ちきりだった。
職員室、担任の先生とお話していた謎の金髪の少女。聞いたところ同伴しているであろう親の姿はなかったらしい。

「転校生ねえ…多すぎだろこのクラス」
「あら、あなたがそれを言うのかしら転校生第一号さん」
「…………」

第二号さんが目も合わせずに間髪入れず痛い所を突いた。
第一号さん江戸川コナンは(ほんとかわいくねーーな)と毒づきながらも何食わぬ顔。その隣、座って読書をするのは第二号さん、灰原哀だ。
お互い短期間で連続してこのクラスに転校してきた転校生組、同じ転校生(かもしれない)少女に言える事など少ない。
だが、まあ。確かに、この短期間でこの数は異常かもしれない。このクラスへの配属は偶然かもしれないが。

「ね、コナン君もそう思うでしょ!?」
「…えっ!?あ、?」
「あーっっまた聞いてませんでしたね〜!?」

仰る通りです。光彦達からも〜!!と叱られるも哀は素知らぬ振り、助ける様子はない。
光彦達から怒られつつも誤魔化し誤魔化し、適当に相槌を打った。

「いや、ちょっと…転校生多いなこの学校って思ってさ」
「確かに…考えてみれば、灰原さんに続いて3人目ですもんね」
「でも、新しいお友達が増えるんだよ?ワクワクするね〜!」
(…………まあ、小学一年生達の感想なんて、そんなもんか)

歩美の「小学一年生」を体現する感想に、そんなもんかと思う。
コナンや哀は特殊過ぎる経歴の持ち主だ。なんせコナンは元高校生なのだから。こんな身体になってしまった経緯が経緯なだけに、「新参」を疑わないわけにはいかない。
こんな身体になった後の新しい知り合いに碌な人物がいない。こういう言い方はアレだが灰原が筆頭だからだ。
考えすぎかもしれねーな、と歩美達の燥ぎっぷりを見ていると思えてくる。
探偵としては当然の思考だが、やはり疑う事というのは体力を使うものだ。

そんな事を考えている内にチャイムが鳴る。
担任が入って来た。日直の号令が入る。起立、礼、着席とどこか懐かしい一式をして、皆着席した。

「皆さん、一限目は算数…の予定でしたが、今日からこのクラスに新しいお友達が来ることになりました!紹介します、さあ入って!」

ざわめくクラスに担任が「静かに!」と一喝し、その一喝を合図にするように扉が開いた。
殆ど足音も聞こえない程に軽やかな足取りで担任の下まで歩いてきたのは、光彦達からの情報通り、金色の髪がとても目を惹く少女だった。

「さあ、お名前を聞かせてくれるかな?」
「はい。えっと、梁川百合です。アメリカから来ました。…日本に来るのは初めてなので、皆さんにたくさん、色んな事を教えて欲しいです。…よろしく」

緊張で強張っているが、それでも気丈に笑っているように見えた。
担任の一喝で静かになっていた教室が再び騒めき出す。子供というのは考えている事を直ぐに言ってしまう、クラスの子供達が隠す気がないのかと思う程に大きな声でひそひそと話すのは少女の印象についてだった。
だがまあ、言いたくなるのも分かる。
女子達が挙って聞きたくなるような可愛らしいシニヨンアレンジで後ろに纏めた髪は艶やかなブロンド。大きな眼鏡越しでもわかる大きなエバーグリーンの瞳は好奇心からきょろきょろと忙しない。
スラヴ系の血が混ざっているのだろうか、肌は染み一つなく不健康なほどに白かった。
ビスク・ドールのような、一種の完成された芸術作品のような容貌だが、それでもこの空間にどこか馴染むのは少女の纏っている服が一番上までファスナーのきっちり閉まったモスグリーンの大きなマウンテンパーカーというカジュアルなものだからだろう。
ほっそりとした形のいい顎は襟で隠れ、黒タイツに隠れたギリギリ膝上のグレーのプリーツが僅かにしか見えない程の大きなパーカーは、ひどく上品な顔立ちをした少女の「アメリカからの帰国子女」というジャンクな雰囲気を醸し出させた。
どこか不思議なアンバランスさを醸し出しつつも、この梁川百合という少女の容貌はクラス全体(特に男子の)心をがっちりと掴んだらしい。こりゃあ休み時間大変だな、と他人事のコナンは思う。

「それじゃあ梁川さんは窓側の一番後ろの席ね。言葉とか規則とか、分からない事があったら何でも言うのよ」
「はい」

(ん…?)

他人事を決め込んでいたコナンの目が再び彼女に留まった。それにも、理由があった。ほんの些細な。
ひとつめはコナンの隣を横切っていく少女の「歩き方」だった。
別段、変なわけではないのだ。常人には分からないだろうが、その常人とは違う何か。
決して違和感を感じる程に変な歩き方ではない。寧ろ。

(嫌に、綺麗な歩き方だな。…無駄が全くねえ)

足音が殆ど聞こえない。足運びも、連動する手の動きも無駄がない。
あまりに洗練されたそれは徹底的に無駄を削ぎ落している。まるで武道家のようだ。
何より教卓に立っていた時ではコナンの席からは見えなかったが、こうして近くまで来ると嫌でもわかる。大きな黒縁メガネの薄いレンズの奥、宝石のようなグリーンの瞳の「強さ」。
まるで突き刺すような眼力。決して目付きが悪いわけではないはずなのに、身が竦むようだった。
そして、すれ違った瞬間だった。

「!」

普通なら余程注意深く聞いていないとわからない程度の音だ。だがコナンには確かに聞こえた。
彼女がコナンの隣を通過して席に向かった際に、彼女の大きなパーカーの中からチャキ、と音がしたのだ。
金属とそれ以外の堅い物質が擦れ合う特有の音だ。それも特定の作りの物でないと、こんな音は出ない。こんな金属音を出す物といえば――――いや。

(考えすぎ、か?)

一切コナンを気に留めていない様子でこれまた殆ど音を立てず椅子を引いて着席した少女を注意深く見遣る。
小学生は愚かまず普通の人間なら持ち歩かない物を想像しながら、コナンは静かに、注意深く不思議な少女から視線を外した。


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