錆の花は黙して語らず


不思議な少女の転校初日、囲まれる事を察してか百合は休み時間になると忽然と姿を消していた。
クラスの子供達がどこだどこだと探し回るうちに休み時間終了のチャイムは鳴り、チャイムと同時にどこからともなくふらりと帰ってくる。先程からずっといた、とでも言いたげな表情で。
流石に昼食の時間になれば逃げ場はないので、観念しているのかクラス中の質問攻めにあっていた。

「梁川さんはアメリカのどこにいたの?」
「…ロサンゼルス」
「ロサンゼルスってどこ??」
「その髪どうやって結ぶのー?」
「好きなものなに?」
「お父さんとお母さん、外人さんなの??」
「………」

マシンガンも通り越した機関銃の如き勢いの質問攻めだ。
正直、コナンや哀の時とは比にならない。日系の血も引いているようだが容貌には強くスラヴ系の血が浮き出ている。滅多に見る事の出来ない外国人の同世代なのだから、それはそれは興味があるだろう。
一部、というより殆ど質問には答えていない様子だが、それ以上に次から次へと投げかけられる質問が答えを押し流していくのだから然して皆気にしていない。
あまりの容赦のなさに全く昼食も進まず、流石に先生が止めに入ったが百合は殆ど昼食に手を付ける暇もなかったようだ。後で皆先生に怒られていた。

小学校低学年は授業数が少ない。一年生となれば猶更だ。
帰りのHRの後、解散となった教室内。昼休みに担任に怒られてもそこは子供達、懲りない。
もう一度今度は先生の邪魔が入らないところで百合に突撃しようとしていたが、既に席は蛻の殻だった。

「あれ?梁川さんもう帰っちゃったんですか!?」
「ええ〜!早すぎるぜ〜」
「まだ歩美、一回もお話できてないのに〜!」

(そりゃあ昼休みあんな目に遭えば猶更ああなるよなぁ…)

アレが転校初日の自分だったならと考えるだけで寒気がする。
完全に気圧されていた。アメリカのノリはコナンも熟知しているがあそこまでではない。あちらのノリはフランク且つどこかドライだ。
アメリカのノリに慣れているなら、日本特有の「馴れ馴れしさ」にはさぞ慣れないだろう。これは明日も同じ状態に違いない。
あの不思議な転校生の明け透けな未来に、少しばかりの同情を覚えた。
それよりも。

「おい灰原、帰り博士んとこに……、…灰原?」
「………!あ、ええ、ごめんなさい。博士のところに来るのね」
「ああ。…なんか朝からずっと黙ってっけど、何かあったのか?」

朝から哀の様子がおかしかった。
ずっと何かを考えているようにも見える。授業にも集中していないようだった。顔色も決して良くはない。
哀はやはり暫し考えるような素振りを見せたが、僅かな声で話し出す。

「…転校生の子。…違和感が、あって」
「!お前もか?」
「…工藤くんも?」

おそらくお互いが彼女に抱いた「違和感」は全く異なるものだろう。
だが、同じ状況に立たされた2人が共通の疑問を抱いたのだ。決して何も無いという訳では無いだろう。
お互いに、互いが抱いた「違和感」を共有しようと口を開こうとした。

「あっコナンくん灰原さんまた内緒話ですか!?ずるいですよー!」
「えーっ!?歩美も混ぜて!」
「いって!な、何も話してねーよ!」
「絶対ひそひそ話してましたよ!あの距離は間違いありません!」

駄目だ。ここじゃろくに話せない。
博士のところで話そうとアイコンタクトで送り、騒ぐ光彦達を適当にあしらってコナン達はようやく下校した。



《―――、―――――――……》

「………行ったか。やれやれ」

これじゃあおちおち話も聞けないな、と手の中の機械の音量設定をあげる。
イヤホンからは徐々に遠くなっていくコナン達の声が聞こえている。やがて聞こえなくなっていくそれに諦めたのかイヤホンを外した。

(やはり学校では極めて限定的な情報しか得られないか。あの人達の言う通り、直接コンタクトを取った方が確実にいいんだろうが…)

確か、彼女はこう呼ばれていた。「灰原哀」と。
彼女の顔立ちを見てすぐに気づいた。

「…………妹は無事だよ、明美」

極めて短い間だったが、友人だった女性の妹だ。組織でも顔を見たことがある。
あの人達から「米花町に行くといい」と手引きされ来たはいいものの、恐らく彼らが会ってほしい人物は彼女ではないのだろうが…幸運だった。
彼女の忘れ形見を守ることが出来る。
哀…いや、宮野志保はこちらの正体に気づくかもしれない。うまく立ち回らなければいけないなと頭を回す。

「…秀。私は私なりに、貴方をサポートしよう」

その名前を呟くと同時にゆっくりと細められたエバーグリーンの眼の奥は、どこか紫色に透き通っていた。


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