赤井の母であるメアリーへの挨拶を終えた。
アメリカは既成事実婚に対してややグレーな部分がある為、不安でいっぱいだった。
だが挨拶へ向かった時、メアリーは「秀一を頼む」と、真摯に言ってくれた。だから、彼らに対して必ず誠実であろうと思った。
赤井の妹である真純とはもうすぐ10年の付き合いになる。「リリーがボクの義姉さんになるのかぁ…!」と嬉しそうに言うものだから思わず抱きしめてしまった。

その次の難関、工藤夫妻への報告。
実の両親ではないけれど、リリーの基盤を作り生きる喜びや楽しみを教えてくれた恩人達で、本当の家族になろうと誘ってくれた温かな家族だ。
工藤夫妻は赤井との結婚と、リリーのお腹の中に眠る新しい命を温かく祝福してくれた。
そして。

「これから、君は母親になる。夫と子供を、命を懸けて守っていくんだ。生半可な事ではないよ」
「……分かっています。命に代えても、私はこの子と、秀を守り抜くつもりです」
「もう、駄目よ。貴方も自分の命を守らなくちゃ。家族ってね、そういうものなの」

自分の命も、子供の命も、赤井の命も守り抜く。
それはきっと大変で、長い道のりになる。親って大変なのよと有希子は笑った。
でも、思い出すのは幼い頃の工藤夫妻との思い出だった。あの幸せそうな家族が霞む事なく、記憶の中で優しく瞬いている。

「……私、貴方達みたいに、なりたいんです。私達なりの形で」

ずっと綺麗だと思っていた。その宝石のような優しい輝きをずっと眩く思っていた。
自分もなれるだろうか。彼らのように。
有希子は笑って抱きしめてくれた。背中に手を回す。始めて抱きしめられた幼いあの日、抱きしめ返すという行為すら知らなかった。沢山の愛情をくれた。
とっても綺麗になったわね、リリーちゃん。今尚恋し続けている美しい人の言葉はどこまでも優しかった。



「ホォー、男だったのか」
「そう。エコー検査ではっきり見えた」

自宅にて、リリーは同僚から貰ったタンポポコーヒーを飲みながら検査結果を報告した。
妊娠が判明して以降リリーは前線から退き、後方で書類作成などのデスクワークを中心に行うようになった。
ちゃんと産休を取るように進められてはいるが、仕事でそのまま自宅に帰らない事もままある赤井からしたら、職場にいてくれる方が定期的に様子見も出来る。リリーとしてもただ休んでいるのは性に合わない。
産後休暇は赤井も揃ってキッチリ取るという条件で、こうして今も働かせてもらっていた。ジェイムズ達には感謝しかない。

赤井とリリーの結婚とリリーの妊娠は爆速でFBIの間に広がった。
今や外を歩いていると、SWATの隊員からも「やあ、ベイビーは元気か?」と声をかけられる。プライバシーはどこへ行ってしまったのだろうと思わなくもない。
頻繁に女性捜査官達からマタニティグッズなどの差し入れを貰っており、自分達より周囲の方が浮かれているなと思わざるを得ない。

「性別も判明したなら名前も考えておかないとな」
「名前か。難しいな」
「そうだな…」

いつだって奪う側だった。
新しく生まれる命を前にして、やはり戸惑いもある。それでも、それ以上に喜びもあった。
自分たちは、この子の「親」として、立派に在れるだろうか。
キミのママになるにはもう少し時間がかかりそうだな、と笑ってみせた。



「……あ、動いた」

だいぶお腹が大きくなって、完全にマタニティ服で出勤するようになった。
いつも別々の車で出勤していたのを赤井の車で一緒に出勤するようになったり、重いものを持たされなくなったりと生活にも変化が出始めた。
そんな中だ、仕事中にお腹の中から少しの衝撃があった。ほんの小さな呟きだったが、耳ざとく聞きつけた同僚達が一斉に席から立ち上がった。なんだその一体感は。

「動いたってホント!?」
「ああ、今腹を蹴られた」
「フゥー!元気そうだな」
「寝ている時もよく感じるんだが、今のは今までで1番強かったな」
「足癖の悪さはシュウ譲りか?」
「そうかもしれないな」
「…何だ、賑やかだな」

皆で腹を囲んで騒いでいると、報告を終えた赤井とキャメルが戻ってきた。
いつも鉄仮面の赤井は微妙に面白くなさそうな顔である。

「今腹を蹴られたんだ」
「ホォー?どれ」
「触ったら動くみたいなことは無いぞ」

赤井の大きな手が大きくなった腹に触れた。節ばった指は狙撃手の指だ。
ここ数ヶ月彼がこの指で煙草を持つ姿を見ていない。受動喫煙が胎児の身体に悪いからだろう、態々喫煙所に行って吸っているに違いない。
今までとの変化が、彼の言った「幸せにしたい」ということの実行なのだ。
誠実な男だな、と笑いたくなった。

「!…動いた」
「お、パパだってわかったのかもな」
「胎児のくせに、いい蹴りだな」
「きっと貴方に似たんだろう」
「どうだか」

その命を奪い続けてきた寂しい指が、いつか子供の髪を撫でる日を想像した。




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