お腹がみるみる大きくなって、臨月を迎えた頃。
いつも通り、仕事をしていた。
ほっそりとしていたリリーの腹がみるみる大きくなって、最初はワクワクしていた様子の同僚達の顔色があまり宜しくなくなってきた。
あまりにも同僚達が慌てるものだからかえってこちらが冷静になる。
臨月にもなると皆とにかく気を配ってきた。そしてそういう時に限り赤井がどうしてもでなければならない任務と重なり、赤井は不在がちに。
シュウの分までサポートするからな!と意気込んでくれていたから、心強さはあった。

そしてその日。

数日前からお腹が張っている感覚があった。
それが断続的に続いてはいたが、特に日常に支障が出るわけでもなく、姿勢によっては消える痛みだったから気にしてはいなかったのだ。
だが夕方頃、そろそろ赤井の任務も終わる頃かと思いながらオフィスで書類をまとめていた時、立ち上がった際にブチリ、と腹の中で音がした。

「え、」

太ももをぬるい何かが伝う感覚がする。
なんだ?何が、起こって、と混乱していると、ふと頭の中に浮かんだとある状態に一気に頭が覚醒した。

「じ、ジョディ…!」
「ん?どうしたの?」
「ど、どうしよう私、は、破水…した、かも……」
「何ですって!!?」

赤井が戻ってくるにはまだ時間がある。
ジョディは腕時計を見て苦虫を噛み潰したような表情をすると、リリーを支えて「私が病院まで送るわ」と言ってくれた。
ジョディかっこいいな、と言ってやればウインクをしてきた。

そのまま直ぐに入院となる。
出産は朝か長くて昼頃になるだろうと診断され、ジョディ達が付きっきりで世話をしてくれた。
数日前からの痛みはどうやら前駆陣痛だったらしい。明らかにその時よりは痛みが強いが、全く問題は無い程度だった。生理痛よりややきつい程度。
大丈夫?と何度も聞いてくるジョディに大丈夫だと何度目かのレスポンスを返していると、廊下から駆け足で足音が聞こえてきて、この病室の前で止まると勢いよく扉が開いた。

「シュウ!」
「もう仕事はいいのか?」
「出来る最速で切り上げた。痛みは大丈夫か」
「まだ問題は無い。出産は朝頃になるようだ。…すまないな、仕事明けで疲れているだろうに」
「これくらいなんてことは無い。これからお前が大変になるんだ」
「そうよ、とにかく痛いって聞くんだから。頑張るのよ!」

ジョディの励まし、赤井の顔が見れたから気分も楽になった。
まだそこまでは大丈夫だったのだ。

問題は数十分後だった。


「……っ、…ぐ………」
「いきむなよ、深呼吸しろ。ゆっくりな」
「っ、」

入院から一時間した頃。
尋常じゃない痛みだった。痛いだとか言う余裕もない。
銃に撃たれる事のどちらが痛いかだなんて余裕があった時は考えもしたが、そんなこと考える余裕などあれば痛みで叫んでいた。
ジョディに退室させてよかった、こんな無様なところは見せられない。
この痛みが朝まで続くのかと思うと気絶でもしてやりたくなるが、赤井が静かに声をかけ続けながら手を握ってくれていた。

さらに一時間経てばもう限界だと悲鳴が出るようになった。
痛い、痛い痛い痛い!頭が働かない、痛みで意識が飛ばないように自我を保つのにいっぱいいっぱいだった。
廊下にジョディの他にキャメルやジェイムズがいるようだ、気配はするが気にする余裕なんてもうなかった。

どれだけ時間が経ったかわからないまま、一定の感覚で来る痛みのビッグウェーブに耐えた。
痛みが来る度にもう無理だと心が折れかけて、その度に赤井の手のひらの感覚に正気に戻る。
痛くて痛くて彼の手を握りしめていた。狙撃手の大事な手を力の限り握り、手が痛いだろうに赤井はそれでも「大丈夫だ、俺がいる」と声をかけ続けてくれた。


必死で痛みに殴られ続けて数時間。
今何時だと気にすることすら忘れていた。
部屋がバタバタと助産師達の動きで忙しなくなり、助産師から「もう我慢しなくて大丈夫よ」と言われて出産が近いのだとようやくわかった。

「さ、いきんで!」
「はぅ、ぐ、っ――――、う、ぅ!」
「目を閉じちゃダメよ、痛いのに集中しちゃダメ!」
「ぅう、う―――!」

我ながらこれは、と言うほどの呻き声が出る。廊下まで響いてるに違いない。
こんな痛み感じたことがない。銃で蜂の巣にされたほうが数倍マシだ。
下腹部に大きな熱の塊を感じる。
痛い、痛い。
でも。

「は、……ぅ、なんて、顔してるの、」
「お前が見たこともないほど痛がっているからな」
「…っ、は、だいじょうぶ、だから」

今度は私が、貴方を幸せにするんだ。最高の形で。

「頭が見えてきた!ほら、いきんで!」
「っっは、ぅ…!!、は、はっ…!」

ずっと中でつっかえていた熱が、ずるりと抜けた。
その直後、部屋の中に堰を切ったような幼い泣き声が響き渡って。
痛みと失った熱の名残、ぼんやりと滲む視界。耳鳴りの中。

「頑張ったわね!ほら、元気な男の子よ!」

包まれた命は驚くほど小さくて熱を持っていた。
その命を受け取る。腕の中で今生まれ落ちた、この子は、自分と赤井の子供なのだ。
赤井に子供を抱かせる。彼の手は震えていた。彼は、泣いていた。

「リリー、」
「ああ、」
「………、ありがとう」

その涙をその子と共に受け止めた。
どれだけ彼の隣を歩いても、彼の本質は孤独だった。孤独を煙草とライフルと共に歩いてきた彼の腕の中に、彼との命がある。
もう、孤独になんかしてやらない。

ほら、存分に泣いて存分に笑って。


私は今、とても誇らしい気持ちだ。




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