夜の帳が降りた頃。
職場からやや離れた郊外で控えめにセピアのライトを窓から零す、ポツリと建った小さなバーからは陽気な笑い声が漏れていた。
FBIの息のかかったこの小さなバーは、捜査官達の憩いの場として密かに繁盛している。バーのマスターが元捜査官という異色の経歴の持ち主だ。
我らがボス・ジェイムズの知己であるという事もあり、久しぶりに大きな案件を片付けた我々はこのバーに飲みに来ていた。
いつもは静かに飲むタイプである赤井も、こうして大人数で賑やかにグラスを傾ける事は嫌いではない。
今回の案件は困難かつ、SWATの協力なくしては解決なし得なかった。
赤井も恵まれすぎたスペックをフル稼働して何とか案件を片付け、今日は賑やかに飲み明かしたい気分だった。進んで会話に混ざる事は無いが、近くで聞こえてくる同僚達の、店内の落ち着いたジャズ調のBGMをかき消す様な騒がしさは今は心地いい。
隣を陣取り、ややいつもよりハイペースに飲んでいる相棒を一瞥した。そこで、僅かな違和感を感じ取る。
…これは。
「おいリリー。聞こえるか」
「ん…?」
いつも抜けるように白い頬はほんのりと薔薇色に色付いて、抜き身のナイフのような鋭い眼光を放つ紫の眼はとろんと蕩けている。
やや離れたところでマスターと話していたジョディを手招きで呼ぶ。何よー、と近づいてきたジョディはリリーを見るなり「あら、これは…」と笑った。
何だ何だと騒いでいた同僚達も集まってくる。赤井も、我ながら意地が悪いとは思うがこれは仕方が無いだろうと開き直るしかない。
「リリー、酔っちゃったの?」
「…ん?…んー」
「これは完全に酔ってるな!レアなもん見れたぜ」
リリーが酔っている。
彼女は酒に非常に強い体質で滅多に酔うことがない。寧ろ酒豪達との飲み比べでは相手を潰すほうなのだ。
だが、稀に飲み合わせが悪かったり疲労困憊状態で飲むと、酔うことがある。その酔ったリリーが、ジェイムズ班の軽い名物なのだ。
「今回の案件はリリー大活躍だったものね〜SWATの熱烈なラブコールも分かるわ」
「人質の男ををプリンセスホールドして出てきた時はどこのプリンスかと思ったぜ」
「人質抱き抱えたまま誘拐犯のヤローの顔面を飛び蹴りしたって聴取で聞いた時は担当のツボにハマっちまって15分事情聴取中断したらしいぜ」
「確実に生まれる性別を間違えたよな」
散々な言われっぷりだ。これがジョディの立場なら彼女は女としてほぼ扱われていない事を怒り散らすだろうがリリーには褒め言葉でしかない。
非常に優秀なタレンテッドであった彼女は単体戦力ならば他の追随を許さない。
SWATの演習のゲスト参加を許される程だ、幼少期既に戦地にアメリカ軍の非公式傭兵部隊として徴収されていた事からその実力はFBIに入る前から周知されている。
そんな彼女が何故FBIに入ったのかと問われれば、それは赤井がいたからに他ならないだろう。
尖った性能の彼女を100%扱い切れるのもまた赤井だけだ。全く、神が二人セットで誂えたかのような完璧なバディだと皆何度でも舌を巻いたものだ。
その凄まじい戦闘力から、FBI内で彼女を一般的な「女性」として見るものはいない。彼女を形容する名前は大方「ゴリラ」「キング・コング」「ニュータイプ」と女性につけるには散々なものばかりだ。
これで憤るならまだ可愛いものだが、彼女は「下手に女扱いをされては任務に支障が出る。それくらいの方が貴方達も遠慮なく私を扱えるだろう?」という寛容っぷりだ。一部の捜査官が「抱いて…」と呟いていたが誰も責められなかった。
自分の力を誰よりも理解している分、彼女は常にストイックだ。弱音を吐いている所など見た事がないという捜査官が殆どだろう。
だが、たまにチャンスが訪れる。
それがこの、彼女が酔った時だ。
普段並の男より男らしい彼女が元来の愛らしさを出す滅多にない機会なのだ。
「ね、ね、リリー。最近香水変えたんだけどどうかしら?」
先鋒はもちろんジョディだ。
この問い、普段なら「ああ、やっぱりか。良く合ってると思う。でもジョディの方から言わせてしまうなんて私もまだまだだな」と彼女の性別が男ならまさに模範解答もいい所というスパダリっぷりが見えるのだが。
「ん、凄くいい匂い。どこ」
「リリーがいつも使ってる所の新作よ!気に入った?」
「うん、好き。今度買いに行かなきゃ〜ジョディも一緒にお買い物に行こう、私とワンピースとサンダルが欲しいなぁ〜」
「ンー!行きましょ行きましょ!やだぁ可愛いちょっと〜!」
これである。
彼女は幼い頃、工藤夫妻と一時期生活を共にしていたのだと言う。恐らく酔うと有希子から叩き込まれた「女の子らしさ」がおもてに出てくるのだろう。
この状態になると非常に素直になるのだ。いや普段も非常に素直なのだが、硬い口調と威圧感が完全に消える為に可愛らしさが数段違う。
雰囲気でさえゴリラだったのが今ではすっかりただの女性だ。
「リリー、俺数週間前彼女できたんだけどさ、みんな俺のこと浮かれてんなよってつついて来るんだよ!俺浮かれてた!?」
「んー?ハインケル彼女出来たの?良かったね〜彼女大事にするんだぞ、惚れた女一人守れなくてアメリカは守れないからな〜」
「なんで酔ってもこんなにイカしてんだよ…」
ここまで男前がすぎると恐らく素の性格なのだろう。
真正面から男前を浴びたハインケルは「は、はい…」と何故かメスの顔になっていた。
こうして片っ端から話題を振った男達がメスにされていく様を、赤井は心底面白そうに喉を鳴らしながらグラスを傾けて観察した。
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