「やべえリリー、軒並み野郎共をメスに…」
「マスター、マンハッタン頼める?」
「そして当の本人は変わらぬペースで酒を…」

飲み合わせが悪いと酔っ払う事が稀にあるリリーだが、当の本人は実に気持ちよく酔っているらしい。
隣を陣取る赤井は飲むペースは落ちたがつまみを食べるペースが上がった。

「ベースはどうする?バーボンとライがあるが」
「ん〜〜」
「ライで」
「シュウ…あなたそういう所大人げないわよね………」
「あと、俺にギムレットを頼めるか」
「はいはい」

リリーが応えるより先に赤井が颯爽と注文を取り付けた。
バーボンは気に入ってはいるが、思い出すのは日本の公安警察の彼だ。確執は解消されたとはいえ元から気が合わない故、今でもそこまで仲がいいとは言えない。
子供染みているとは思うが、酒が入っているという言い訳に頼るとしよう。
出来上がったマンハッタンは美しい赤琥珀色に透き通り、喉を通すと特徴的な甘さが口の中に広がる。美味しく作るのが難しいマンハッタンはバーテンダーの腕を試されるカクテルだが、やはりマスターの腕はいいらしい。
リリーのにへ、とほどけるような笑みは、マンハッタンの出来をしっかりと表していた。マスターが良かった良かったと笑いながら赤井にギムレットを出す。

「マンハッタンはね、バーボンも好きだけど、ライベースが一番好きよ」
「ホォー?」
「秀のお酒だもの。ライが一番すき」
「………………」

これは、強烈だぞ。良いのが入ったな。
思わず真顔になった赤井の背後から言いたい放題言ってくれる同僚達。
ハニートラップにでもかけられているのかと思う程の甘ったるい口説きに脳が浮かされるのを、ギムレットのきりりとしたライムの酸味が止めてくれる。ライムを多めに絞ってくれたマスターには感謝しよう。
赤井の強靭な精神力は同僚達の後追いを防いだ。

「リリーって本当にシュウの事好きだな〜」
「コイツ直ぐ人の事置いて勝手に行動して無茶すんだろ。大変じゃないか?相棒は」
「おい」

酒の勢いもあって同僚達は容赦がない。
案件も片付き酒の席というのもあって多少の愚痴もあるのだろう。その愚痴の裏側が心配だという事に気付かない程赤井は鈍い男でもない。
同僚達の言葉の意図を汲んだのかは分からないが、リリーはふと微笑んだ。

「秀はそういう男だから、だから私はついて行くのが仕事」

当然のように、当たり前のように、今まで彼女が実行して来た事を彼女は笑って言った。
言っても聞かない人だから。彼の代わりはいないのだから。だから、彼が戦い続けられるよう私は彼を守り切るだけだと。その為なら、どんな事も惜しまないと。
眩しい程の信頼だった。いつか彼女は、赤井に頼られる事が自身の誇りなのだと言った。
その言葉は今も嘘偽りなく彼女の心臓の奥深くで瞬いているのだと。その誇りが、彼女の奥に息づく赤井が、今の彼女の命を燃やしている。
赤井は強い。優秀過ぎるが故に、『ついていく』と言う事がどれだけ大変な事か。隣に立つ事がどれだけ困難な事かを、彼女は身を以て知りその上で彼の隣に立っている。赤井の命を、預かっている。

「こんな面倒くさい男、私以外に任せられないでしょう?」
「っははは!確かにな!」
「シュウを真正面から「面倒くさい男」って言い切れるような女、リリーくらいだぜ」

面倒くさい男という表現で、赤井を表現し切る彼女の懐の深さ。
つくづく、良い相棒に巡り合えたものだと思う。これほどまでに頼れる相棒を他に知らない。
気持ちのいい信頼を聞けた良い機会だった。
これで終われば良かっただろうに、だがしかしそれで終わるFBIではなかった。

「で?実際の所シュウとどこまでいった?」
「おいお前達」
「だってシュウもリリーも毎回仕事の話しかしないだろ!たまにはプライベートも聞かせろ!」
「明日は射撃訓練だな……」

赤井の不穏な呟きにも流石酔っ払いは受け流しも華麗だった。
明日は厳しめでも構わんなと、赤井の決意は固まった。
事実赤井とリリーはほぼ毎日職場に顔を出して仕事をしており、必然的にその会話内容は仕事ばかりだ。
殆ど有休も取らず仕事に張り付いている彼らに一度しびれを切らして彼らを強制的に休ませたのはつい最近だが、その間の話も彼らは殆どしないままこうして有休を消化し仕事に戻って来た。
本当にこいつら、同棲しているのか?と疑いたくなるほどの糖度の無さだ。男が大半を占めるむさくるしい職場、血生臭い事件が恋人と言ってもいいFBI捜査官達は甘酸っぱい話にもすがりたいのだ。
遠くからニコニコと見守っていたジェイムズもこの話題は気になるらしい。
リリーが酔って口が緩くなっている今がチャンスなのだ。

「どこまで…といっても…特に…」
「………え?本気で?…プラトニックなのか?今時??」

その時、その場に戦慄が走った。
赤井とリリーは恋人かと聞かれれば、揃って否と答えるだろう。『そういう振る舞い』が必要な場ではそう振舞うだろうし、聞かれれば是と答えるが、互いの関係は『恋人』などといった甘ったるいモノだけを形容する単純なものではない。
名実共に、彼らは『相棒』なのだ。一蓮托生、運命共同体。互いの人生を互いの背中に背負い合っている。
恋人というよりは最早、夫婦と言った方が遜色ない。そこまで所帯味のある関係性でもなし、ペアリングより弾丸の方が似合う二人だが。
彼らの情の形と言うのは、俗的なものではなくて。―――ただ貴方が幸せ在れば良いのだ、と。それは現代においてあまりに純粋な献身だった。恐らく彼らは、互いに愛する者が出来たとしても微笑んでその両手を祝福に鳴らすだろう。
そうして、愛するものと一緒になったとて彼らの関係は途切れない。彼らを繋ぎ止めるのは『恋人』という名詞ではない。互いにとって互いは最早人生の一部であるからだ。名前で辛うじて繋ぎ止められるような脆弱な情じゃない。


「プラトニックか、どうかは知らないが。秀が、幸せであれば。私はそれ以上きっと何も望まない」


酔いでは、ない。それは心からの笑みだった。
いつも言葉の節々から滲み出る情で物語る彼女が。ギムレットのグラスを傾ける手が止まる。
彼女はいつも行動で語る。どれだけ彼女が献身的か、ほんの一挙一動からでも読み取れた。付き合いが長くその献身の矛先である赤井は猶更だった。それでも、こうして言葉で聞くと。

美しいと、言わざるを得ない静かな熱を孕んだ、情だった。
リリーは献身を決して苦に思わない。その献身を赤井に向ける事が当然であるという程傲慢でもない。
真っ直ぐここまで走って来て、ゴールに辿り着いてしまった赤井に。組織が解体され、目標を見失い流れるように生きている赤井に、『貴方は幸せになってもいい』のだと言っている。
真実、彼女が傍にいる事で赤井は満たされていた。目標が無くとも、彼女と一緒に仕事をこなし、忙しなく生きる事が出来れば、そんな人生も充分であると思っていた。
赤井の罪も葛藤も、苛みも全て見て来た彼女はその上で赤井に幸せになる資格もあるのだと言い、幸せになれと背中を押した。その為の献身であると。ゆったりと満たす優しい情が彼女の愛であるのだと、薄ら気づいてはいたのにはっきりと自覚したのはつい数年ほど前だ。
穏やか過ぎるそれに満たされ、赤井は充分に幸福だった。それでも彼女は赤井に幸せになれと言うが、彼女から与えられる幸せ以上のそれを見つけろと言うなら、それは今生ではきっと無理だと赤井は思う。
充分過ぎるくらいに、もう幸せだった。目標なんてなくたって、全力疾走で未来へ駆け抜けなくとも、穏やかな気持ちでいられるほどに。ならば。

リリーの瞼が閉じかけていた。
賑やかに彼女を問い詰めていた同僚達は、彼女の穏やかな感情に中てられて揃いも揃って表情を緩ませている。

「幸せ者ね、シュウ。世界中どこ探したってこんないい子いないわよ」
「そうだな。返す言葉もない」
「良くも悪くも男殺しだなあ、リリーは」

ここがバーで良かった。
殆ど存在すら忘れていた、目頭が熱を持っている。きっと酔いの所為だ。そういう事にしよう。
まるで、母のような無償の愛だった。無償の愛を知らずに育った娘が他者に与えるそれのなんと尊き事か。
胸に泉のように満ちるこの情は、名前のつけようがない程に原始的で幼いものだけれど。

「殺されるだけでは、甲斐性が無いと怒られそうだ」

彼女を、幸せにしたいと思った。
ただそれだけしか、わからなかった。それでもいいと思えた。

まだ時間はたくさんある。長い長い終わりまでの時間、きっと赤井の隣にはずっとリリーがいる。
時間をかけて、彼女を幸せにしたい。無償の愛を知らなかった娘に、信頼以外の情を溢れるほど与えてやりたい。
この感情の名前を、赤井は知らない。きっと一生分からないのかもしれない。

誰かを想う事が泣きそうになるほど幸福なことであるのを、赤井は初めて知ったのだ。


「送り狼になるなよ〜?シュウ」
「そんな情緒のない事はしないさ」

リリーがすっかり寝入ってしまった為、飲み会もお開きとなった。
各々がタクシーを捕まえて帰宅していく際、同僚がニンマリと笑いながら寝ている彼女を指して赤井に忠告した。
一応はそれを聞きながら、赤井もタクシーを捕まえるべく寝ているリリーを抱き抱える。

(…、軽いな)

彼女が体重を預ける機会は驚くほど少ない。逆のパターンの方が多いくらいだ。
こんな軽い身体に、彼女はこの命を背負っている。
そう考えれば、ひどく、この身体を大切にしたいと思った。




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