翌日の早朝、優作の口にしっかりと朝食を詰め込んで俺達は草薙の元へ向かった。
それまでに朝のニュースをチェックしたが、どの局でも遊作と俺の話で持ちきりだった。
正確にはPlaymakerとLaughingpixyだが、大通りの巨大なディスプレイに俺達のアバターが大々的に報道されていると何とも言えない気持ちになる。悪い意味でだ。
『いや〜お二人さんすっかり有名人だな〜〜目立たないようにしてたのに残念だな!』
「あんだけ派手にやったから覚悟はしてたけどさ…というかAIくんキミ、詳しいな」
『そりゃネットワーク内を逃げ回って来たからな〜!』
遊作のため息もまあ、わかる。
このAI(後に遊作にアイと名付けられた)、俄かに信じ難いが元々は自分の身体というものがあったらしく、現在は目玉以外を喰われてしまったらしい。
それと一緒に今までの自分の記憶も破損し、自分が何故追われているのか、何処から来たのかもわからないのだという。
それを聞いて、なんとなくこの子も俺達と「同じ」なのだと思った。
『すごいねえ、言いたい放題言われてたぜ〜!PlaymakerはLINKVRAINSの影の「司令塔」!とか、それを言うならLaughingpixyはトリックスターか?とか〜』
「草薙さん、コイツの音声ミュートにしてくれ」
まあ徹底的にこいつの身体を調べるしかないんだろうなあ、と俺はこれからの長時間労働に目頭を押さえた。
「だめだ!こんなプログラムは見た事がない!アイは俺の知らないアルゴリズムでプログラムされてる」
日が暮れた頃、草薙がお手上げといったように音を上げた。
草薙とて非常に優れたハッカーだ。実力は折り紙付きだし、そんな彼が音を上げる程の難解なプログラムである事は作業に没頭していた俺とて分かる。
こんな作業をしていたらその内目が悪くなりそうだと目頭を押さえた。
「夜鷹の方はどうだ」
「一部は解析できている…といっても、かなり断片的にだけどな。遊作の方も一部は出来たか?」
「ああ、何とかな。無数の欠片が飛び散ったようなプログラムだ」
「マジ!?」
相当に気力を使ったから、一度気が抜けると一気に体が重く感じる。
結果的に夕食になってしまった昼食の冷えたスープを飲み干して、また画面に齧り付いた。
「遊作の解析したものと繋げられるかもしれない。そっちに送る」
「すげえな…やっぱお前らは何か違うもんを持ってんだな!電脳世界の気配を感じられるっていうか…」
「送られてきたデータ、やっぱり元々一つだったんだな。ぴったりだ。……!何かの動画だ!」
「アイの記憶の一部か?」
「かもしれない」
動画に映し出されていたのは、見た事もない場所だった。
細長い岩の塔が聳え、その下では溶岩が煮え滾り、溶岩から俺と遊作が戦ったあのドラゴン、クラッキング・ドラゴンが飛び出して。
そのクラッキング・ドラゴンを使役している謎の仮面の男が映った瞬間、コンピュータが悲鳴を上げ始めた。
その時だった。
――――――みつけたぞ、イグニス!!
「!!草薙さん、電源を!」
俺と遊作が同時に反応する。
草薙が咄嗟にコンピュータを緊急シャットダウンする。
遊作が外に飛び出し、俺も恐ろしい何かの気配を感じて車椅子で外に飛び出した。
見晴らしのいい堤防からは町が一望できる。その町に不自然なノイズが走り、その景色の向こうに不自然な影が落ちた。
「遊作、あれ…!」
「…!」
信じられない光景に目を向いた。
黒く輝く、ビル群を呑み込まんとする程の巨大なドラゴンが悠々と空を飛んでいた。
突風にバランスを崩しかけたのを遊作に支えられる。
ドラゴンの頭に、誰かが立っている。
(アイツ、さっきの動画に映っていた…!)
アイの記憶にあった、謎の仮面の男。
服装からして間違いなくハノイの騎士だが、明らかに他のハノイの騎士とは一線を画する雰囲気だった。
男とドラゴンはこちらに気付く事なくそのまま頭上を通過し、やがて見えなくなっていった。
「……、大丈夫か、夜鷹」
「ああ……」
「どうしたんだ夜鷹、遊作!」
草薙がこちらへ駆け寄ってくる。
俺の顔色が優れないのを草薙は心配して来た。大丈夫だ、と笑って見せる。
「奴だ。…アイの記憶にいた男が、ここを通り過ぎた」
「さっきので俺達を感知したっていうのか?」
「……さっき、『みつけたぞ、イグニス』って…声がした。多分あの男の声だ」
「……じゃあ、そうなんだろうな」
遊作にはその声は聞こえなかったらしい。
とにかく車に戻って解析を再開し、遊作はアイのミュートを解除する。
「おい、さっきの映像は何だ。答えろ」
『…………』
「もう音は出る。答えないなら、お前のプログラムをバラバラにする。当然、今のお前は消えるがな」
『わかったわかった!!話せばいいんだろ〜!?』
いっそ清々しい程の脅迫だな、と苦笑いする。
遊作に協力した共犯の身とはいえアイに軽い同情を覚えた。
せめて俺くらいはアイに優しくしてやるか。
「あの動画に映っていたのは誰だ」
『……リボルバーだ』
「…随分と殺意の高い名前だな。何者なんだ?」
『聞いて驚くなよ、あいつがハノイの騎士のリーダーだ!』
「なっ……」
「ハノイのリーダー!?」
想定をはるかに超える大物に言葉を失くした。
幹部辺りを想定していた。まさか、頭が釣れるとは。
『へっへー驚いた!……他は分からない。あそこがどこだったのか、俺が何故追われているのか…』
そのとぼけた声色に、どこか哀愁のようなものが混じっていた。
それに俺の中の何かがキリリと痛みを訴えた気がした。
「……アイ」
『ん〜?ナ〜ニ?』
「………いや、何でもない。今日は疲れたろ」
『疲れたよォ〜ミュートにされるしさ!一人で喋り続けるの精神的にクるんだよ〜!』
「今からもう一度ミュートにするか」
『人の心がおありでない?』
「お前ら仲いいな」
遊作が嫌そうな顔をした。そんな露骨に嫌そうな顔してやるな。
アイはアイで『ええ〜??』と不満げな声を上げる。
喧嘩するほど何とやらだ。
「ま、今日は此処までにしよう。明日学校だし、遊作も疲れたろ。草薙さんここの設備借りるぜ」
「おっ飯作ってくれんのか〜?久しぶりだな〜夜鷹の飯!」
「フフン!普段碌な飯を食っているか怪しい草薙さんに俺とっておきのスタミナ飯を振舞ってやるぜ!」
「俺脂っこいのパス」
「遊作は偏食矯正な」
食べ盛りなんだからさ、と付け加える。
お前はまだ子供なんだぞ、とかこれからどんどんでっかくなるんだからさ、とか、万感の思いはそこに込められている。
子ども扱いするなという返しを封じる子ども扱いに遊作はむず痒そうな表情を浮かべるだけだった。
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