スピードデュエルが中盤に差し掛かり、俺達は一進一退を繰り返していた。
相手のライフは満タン、一方此方のライフは3600。ただ手札とデッキを消費している。相手が魔法カード「手札抹殺」を使用し、墓地がやや肥えた、といったところか。
だが現在の俺のフィールド上には『トロイメア・マーメイド』、『トロイメア・ケルベロス』、『トロイメア・フェニックス』、『トロイメア・ユニコーン』が存在し、伏せカードが2枚。以前から『トライゲート・ウィザード』導入を考えていたのだが、なぜいま導入されていないのか嘗ての自分に腹が立って仕方がない。
そして相手のフィールド上には裏守備表示モンスターが一体、俺がトロイメア・マーメイドを召喚する際に使用したイヴリースが一体。伏せカードが一枚。
イヴリースは自分フィールド上から墓地に送られた場合、墓地から相手フィールド上に召喚される。しかし彼女がフィールド上に存在する限り、リンク召喚以外の召喚方法を封じてしまう。

(今のところ、イヴリースの効果で奴の召喚を封じる事が出来ている…、だが奴に動きがない。何を企んでいる?)

「…俺はターンエンド」
「フフ、私のターン。スキル発動!ダブルドロー!!」
「…!」

スキルを使ったハノイの騎士の表情がにたりと笑んだ。
それに嫌な予感が過ぎる。それを裏付けるように、ゆっくりと奴はドローしたカードを掲げた。

「私は魔法カード、『ブラック・ホール』を発動!フィールド上のモンスターを、全て破壊する!!」
「なっ!?ッぐ、ぁああ…!」

フィールド上のモンスター、俺のフィールド上のトロイメライモンスターも、相手フィールド上のモンスターも何もかもが破壊される。
悉く相手はこちらの攻撃を妨害し、そのデッキの全容をほとんど見せてこなかった。
だからこそ採用されている魔法カードの予想が難しかったのもある。こちらは相互リンク状態のモンスターへの効果破壊耐性を持っているのみであり、全体除去には無力だ。
自分は手札と墓地を肥やし、デッキの全容を見せる事無く、俺がフィールドを満たし更に自分のフィールド上にイヴリースが来る事も予想した完璧な全体除去だ。

「私は裏守備表示でセットされていた『真紅眼の胎動』の効果発動!このモンスターがフィールドから墓地に送られた時、私は手札から『レッドアイズ』と名の付くモンスターを一体特殊召喚できる!」
「――――、!」
「私は手札から、『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』を、手札から特殊召喚。私は更にレッドアイズの効果発動!1ターンに1度、メインフェイズ時に手札・墓地から『レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン』以外のドラゴン族モンスターを一体、特殊召喚できる!私は墓地から『クラッキング・ドラゴン』を特殊召喚!」

――――攻撃力3000と、攻撃力2800。
背を冷たい汗が流れた気がした。
来る。総攻撃力5800のダイレクトアタックが。目の前が焦りで歪む。

「往け。――――『クラッキング・ドラゴン』でダイレクトアタック!」
「俺は罠カード、『分断の壁』を発動!!相手フィールド上のモンスターの数×800の攻撃力ダウンだ!!」
「カウンター罠発動、『魔宮の賄賂』!相手に一枚カードをドローさせ、相手の罠カードの効果を無効にし、破壊する!」
「俺は更に罠カード『万能地雷グレイモヤ』発動!相手フィールド上の表側表示モンスターの内、最も攻撃力の高いモンスター一体を、破壊する!!」
「チッ…だが貴様はレッドアイズの攻撃力分のダメージは受けてもらうぞ…!」

何とか1ターンキルは凌いだものの、こちらのライフは残り800。
相手フィールド上には攻撃力2800、しかも相手のターンになれば再び墓地のクラッキングドラゴンを召喚できる。
そも召喚しなくとも、こちらのライフは残り極めて僅か。

「私はターンエンドだ。……さあ、どうする?Laughingpixy…!」
「……、……」

どうすればいい?
俺の手札に、蘇生カードがない。
俺のフィールド上は文字通りがら空き、相手の攻撃を凌ぐ手立てはない。
そして今の俺の手札ではどうドローしても次のターン融合してブリリアント・ダイヤを召喚する事も出来ない。
―――――頭の中で、勝ち筋が消えていく。

(負ける?)

負けない。負けたくない。負ければ全てが終わるのだ。
あの時を思い出せ、負ければ苦痛が待っている。LPがゼロになれば、あの悪夢が。
あの白い部屋で、俺に絶望を叩きつけて来た、『You Lose』の文字が脳裏に浮かびあがる。

「さあLaughingpixy、ドローをしないのか?」
「……、俺、は、」

いやだ。
負けたくない。
負けるのは嫌だ。あの部屋に戻るのは嫌だ。あの部屋に、あの場所に、あの頃に戻るのは嫌だ。
どうする?どうすれば勝てる?どうしたらいい、俺は、


『勝ちたい?』


頭の中から声がする。
勝ちたい?…勝ちたいに決まってる。
いや、違う。俺は負けたくない。痛いのはもう嫌だ、奪われるのはもう嫌だ。


『そうだ。命を懸けたデュエルは勝者には全てが与えられ、敗者は全てを奪われるんだ。思い出せ、嘗ての俺は敗けた事で何を奪われた?』


過去。記憶。足。―――夢を。
それは間違いなく、俺の全てであったはず。


『それを奪ったのは目の前の奴らだ。今俺の全てを再び奪わんとしている、過去からの追跡者』

『許すな』

『俺は全てを奪われた。デュエルは非情だ、奪われたくなければ奪うしかないんだ。だが道理だろう?俺を奪いに来たんだ、ならば奪われても文句は言えまい』


思考が塗り潰されていく。
俺の中の何かに俺が書き換えられていく。
自我が解けていくのを、まるで遠い事のように感じながら、俺の意識は『何か』に覆い隠された。



***

《ああっとーーーー!!Laughingpixy、絶体絶命の大ピンチ〜!!このまま、ハノイの騎士に負けてしまうのか!?》
(夜鷹…!!)

賑わう大広間の中、誰よりも逸る気持ちで草薙はディスプレイをきつく睨みつけていた。
認めたくはないが、実況者の言う通り完全に絶体絶命だ。
彼の表情を見るに、手札に蘇生カードはないのだろう。そして相手の攻撃力は2800、もしも蘇生カードがあったとしてもその攻撃力を越えるカードは容易く召喚出来ないし、そうするまで持ち堪えるだけのLPもない。
もしも彼が負ければ、人質にされるか、電脳ウイルスを仕込まれてもおかしくはない。

「…、……?」

そこでふと、草薙は違和感を感じた。
間違いなく絶体絶命の危機だが、ディスプレイに大きく映し出された端正な顔立ちは、元々彼にある愛嬌ごと表情を全てぬぐい取ったような、生気のないものだった。

『―――――俺のターン、ドロー』

だがその声色は、一瞬で草薙の背筋を震わせる『何か』を孕んでいたのだ。

(夜鷹…、なのか…?)

彼はドローフェイズを終え、やや俯いていた面を上げた。

「…!!」


その瞳はあの目も醒めるようなマゼンダではなく、鈍く七色に輝く真珠色だった。



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