意識が浮上する。
まず感じたのは、からからに乾いた喉の痛みだった。
意識して呼吸すれば乾燥した喉が痛みを訴え、思わず咳込む。
視界がはっきりしていない中で、近くで激しく物音がした。
「…!夜鷹、気が付いたのか!?」
「………、ゆう、さく?遊作か?」
『やっと気が付いた〜!』
水、と何とか訴える前に察した遊作が水を持ってきてくれた。
ここはどうやら家らしい。随分と苦労を掛けたと反省せざるを得なかった。
『丸一日意識がなかったんだぜ夜鷹ちゃ〜ん?遊作の慌てっぷりと言ったらも〜』
「黙れ。身体に異常は?」
「なさそうだ。……丸一日、って事は…世話かけたな」
「気にするな。………」
「…どうした?本当に大丈夫だぜ?」
「いや…」
遊作の目は、どこか探るような目だった。
本当に身体のどこにも異常はないんだが、遊作はじっくりと探った後漸く本当に安堵したように息を吐いた。
丸一日眠っていたのだから仕方がないこととは言え、少し過保護ではないだろうか。
『夜鷹ちゃんさぁ、昨日のデュエル中のこと覚えてる?』
「え?昨日のデュエル…って、ハノイの騎士とのやつか?……、覚えてるっちゃ、覚えてるけど…」
『けど?』
覚えている。ハノイの騎士とのデュエルで、絶体絶命の危機に陥った事。
その後奇跡的なエクシーズ召喚を果たし、逆転勝利を収めた事。
全て覚えている。だが、その記憶はどこか変だった。
「……覚えがないんだ。あの時俺が何を話していたのか。記憶はあるのに、何も覚えて無い」
「記憶があるという事は、ハッキングの可能性は薄いな」
「ハッキング?俺がか?」
「ああ。まさかとは思うが、万が一お前程の腕のハッカーがハッキングされていたら新たな脅威だったからな。そうじゃないのならまだいい」
「いや、待て。どういう事だ?……あの時の俺は何をしていた?」
遊作の口ぶりからして、ただ事ではないことは確かだ。
デュエリストともあろう者が、デュエル中の記憶が朧気だなんて、確かに異常だ。
「…夜鷹、一つ聞きたい。『LulzSec』という名前に心当たりはあるか」
「LulzSec?昔いたハッカー集団の事だろ。『名無しの集団』から派生した『爆笑セキュリティ』の略称」
『な〜るほど〜』
「……なあ、話が見えてこないんだが」
痺れを切らしかけている俺に遊作は一瞬思案する表情を浮かべる。
俺の異常は俺が何とかしなければならないだろう。デュエル中の記憶が飛ぶなんてあってはならない事だ。
遊作はディスクを操作してパネルを出すと、「これを見てくれ」と、とある動画を再生し始めた。
俺とハノイの騎士のデュエルの映像だ。
序盤から俺が鮮明に覚えている所までは、俺の記憶通りに進んでいく。そして、俺の運命のターンがやって来た時。
(…目の色が、変わった?)
俺の表情が一転、生気のないものから不敵なものに代わる。
そして、突然俺がスキル『Storm Access』を使用し、データストームを自らの手で作り出したのを見て目を剥く。
データストーム操作、それもあれ程の規模のものを一瞬で作成する能力は俺にはなかったはずだ。身体が昏睡状態だったのは、このデータストームの所為だろう。
データストームを乗り捨てるように飛び出すと、俺は恐らくデータストームから発掘した『デストロイメア・エクシーズ・ドラゴン』を召喚した。
それから、死者蘇生を使用し『トロイメア・ユニコーン』を呼び出し、ハノイの騎士に攻撃した瞬間、奴が悲鳴を上げて苦しみ出したのに眉を顰める。
「…随分と大袈裟だな。あんなに痛そうに…」
動揺を誘うつもりにしては非合理的だと首を傾げると、次の瞬間俺が言った言葉に耳を疑った。
《デュエルに於いてLPとはその名の通り正しく命も同然。それが削られると、その数値分に適応した『痛み』がプレイヤーを襲う。…『俺』とのデュエルとは『奪う』か『奪われる』か!その痛みは全て『俺』とのデュエルに於いてのルールとして適応される》
そんな馬鹿な事、と思った。
だが画面の中の俺は一切冗談を言っているような表情にも見えない。そして、絶体絶命のハノイの騎士が恐怖に怯えている様子は、どう見ても演技には映らなかった。
『デストロイメア・エクシーズ・ドラゴン』が大口を開けてハノイの騎士を葬らんとする際の奴の顔は絶望と恐怖に染まり切っていて、そして俺は、恍惚とした表情を浮かべていた。
俺は今、明確に画面の中の自分に、恐ろしいものを感じていた。―――あれは、心底、破壊を楽しむ顔だった。
俺の顔をした画面の男は、俺の名前ではなく『LulzSec』を名乗った。
全く覚えがない。間違いなくこれは、俺じゃない。……俺じゃない、はずなのに。
(なんで、俺は納得しているんだ)
奇妙な納得感があった。
そんなことある筈がないのに、「俺ならそう言うだろう」という無意識の安堵があったのだ。
あり得ない、俺はそんな事を名乗った覚えも、サイコデュエリストのように特異なデュエルをした覚えもない。
「…この音声データはお前のディスク内の記録から抽出したものだ。中継で流れて流出している動画には、お前達の音声データはデータストームの影響で破損している」
「…遊作は知っているだろうけど、俺にデータストームを操作する能力はない」
「ああ。お前の能力は俺が一番よく知っている」
「ふ、……でも、映像を見てこんなの俺じゃないって、言い切れないんだ。確かにこれは俺だ。…俺なら、言うかもしれないって奇妙な納得感がある」
「……お前が、二重人格かもしれないって事か」
「…かもしれないね」
俺ではない『俺』の存在を、認知してしまった。
否定する事が出来ない以上、俺は二重人格なのかもしれないとしか思えなかった。
「…思い詰める必要はない。少なくとも今は」
「……そう、だな。俺がわからないんだ、どうしようもねえよな」
自分のことがどんどんわからなくなっていく。
思い詰めても意味は無いと分かってはいても思考は薄暗くなっていく。ただでさえ何も分からないのに謎だけが増えていって。
だが、今少なくとも俺自身の事で悩む時間は殆どない。無理矢理思考を切り替える事にした。
(俺の事は今はどうでもいい。目的が近いんだ、…この程度の弊害は切り捨てろ。遊作と、草薙さんの為に)
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