「俺が目を醒ますまでに何かわかった事とかあったか?」
意識がない間遊作が着せてくれていた寝間着から着替えて、昼食をつつきながら俺は逃していた情報の回収を始めた。
ネットを漁ればそこらじゅうでブルーエンジェルの話題が出てくる。
掲示板などで繰り広げられている議論はどれも薄っぺらく信憑性に欠けるな、とページを閉じた。
「あの後、財前葵が屋上で倒れているのを発見して病院に運んだんだ。草薙さんが病院のデータベースにハッキングしてカルテを調べたらしいが、財前葵はまだ昏睡状態らしい。身体機能に異常は見られないそうだ」
「なら、やはり電脳ウイルスが原因か?」
「……、ああ、」
「…何だその反応」
遊作は非常に驚いたような表情を見せた。そんな表情滅多に見ないからこちらも面食らってしまった。
一方でアイは『へぇ〜』と感心したように相槌を返してくる。
『じゃあ夜鷹はブルーエンジェルの様子を見た時からもう見当がついてたってワケ?』
「最初は漠然と。遊作がデュエルし始めた後に接触してきたハノイの騎士の話でほぼ確信した。アバターの暴走って線も若干あったけど」
「何故電脳ウイルスの事を知っている?そんなもの、聞くだけなら眉唾物だ。まだ技術的に生産は現実的じゃない」
「裏市場でプレミアム価格で巧妙に隠されている品の中に、原型に近いプログラムがある。それに、俺は医療ソフトを使ったリハビリ経験がある。電脳世界での出来事が現実の肉体に影響を及ぼすなら不可能じゃない」
電脳世界を通じて現実の肉体を支配する事は確かに現実的ではないにしろ、オーバーテクノロジーだと断言するにはこの時代は進歩しすぎている。
アイのような存在、俺や遊作が持つ電脳世界の気配を感じる能力を筆頭として解明されてない技術は山ほどあるのだから、『非現実的』だと突っぱねては何も得られない。
前例はなかった話だ。だからこそ懸念している事がある。
「一つ俺が気がかりなのは、その電脳ウイルスがただ俺達をおびき寄せる為の餌に使われただけなのかという点だ」
『と、言うと?』
「件の電脳ウイルスは俺達ハッカーからしても眉唾物なんだ、全く前例がない。ハノイの奴らが独自に開発したもので間違いないだろうが…奴らは性能をテストしていたんじゃないか?」
「テストだと…?」
「あくまで仮説だ。だがこの情報過多社会でほぼ情報がないんだ、恐らく今回が本格的な使用の第一回目とみていい。お前と彼女、どちらが勝とうとハノイ側には情報が齎されるというわけだ」
ハノイが意味もなく俺達をおびき寄せるような真似をするはずはない。
ウイルスの効果を確かめるテストで、俺達は見事に成果を上げてあちらに完璧なデータが渡る。
胸糞悪い話だと息を吐いて、昼食のサラダを貪った。
遊作は納得したようだが、その表情はどこか晴れない。勿論一切解決してないのだから無理もないことではあるが。
「その懸念は理解した。だが、じゃあお前の所に現れたハノイの騎士は一体何だったんだ?」
『人質を取るような非効率的なことするような奴らじゃないと思うけどね〜』
「その事なんだが、どうもあのハノイの騎士は、俺の拉致を命じられていたらしいんだ」
「なんだと!?」
遊作が身を乗り出してくるので、どうどう、とそれを制する。
気持ちは分かるが落ち着いて欲しい。俺だって意味が分からないんだ。
流石のアイもこれは予想外だったらしく、『マジ!?』と声を上げた。
「人質ではなく、か?」
「奴は『とある方』からとにかく俺を連れて帰ってくるように命じられていたらしい、理由を知らないようだった。その為にわざわざあの状況を利用してお前を俺から引き剥がさせたらしいからな」
『ハノイの奴ら俺から夜鷹に鞍替えでもしたワケ?俺はラッキーさけどさ、お膳立てまでされてたって事はとりあえず人質にしようぜ!って感じではなさそうだな』
「思い当たる事は………あのデュエル中での変貌したお前、か?」
偶然だとは考えにくいタイミングだった。
データストームを自在に起こす能力、デュエルで相手に苦痛を与える能力。共に非凡で危険性の高いものだ。
遊作は暫く思案する素振りを見せて、こう切り出した。
「………夜鷹、暫くお前はLINKVRAINSにはログインしない方がいい」
「、なっ…、どうして!」
「ただでさえお前の身体にスピードデュエルは負担が重いのに、その上ハノイに狙われているんだ。今のLINKVRAINSは危険すぎる」
「そんなの遊作だって同じだろ。ずっと狙われてきたのは遊作じゃないか、条件は同じだ」
「奴らの直接の狙いはアイだ。だがお前はその身体を狙われてるんだ、リスクが違う」
「でも、今までずっとお前が危険な目に遭ってきたじゃないか!俺だけ安全地帯になんて、」
「このまま続けたら本当に二度と歩けなくなるかもしれないんだぞ!!」
遊作が声を荒らげた。その表情は焦りと怒りできつく歪んでいる。
10年前からずっと俺と支え合って生きて来たからこそ、誰よりも俺の身体を案じて来てくれていた。
だが、俺だって遊作が心配だった。俺を案じて、俺の分まで戦ってきた。
俺の分まで傷ついてきたのは遊作で、俺が担うはずだった戦いのフラッシュバックで悶え苦しむ遊作をいつだって無力感に苛まれながら見ているだけだった。
小さい頃俺の後ろでよく泣いていた繊細な子供だったお前が、今ではずっと強くなって、俺なんかいらないくらいにしっかり者になった。そんなこと、一番傍にいた俺が一番よくわかってる。
「…、確かにそうだ。だけどそんな俺を庇って傷つかなくてもいい分も傷ついてきたのはお前じゃないか!約束しただろ、一緒に戦うって!それなのにお前独り死地に置いて自分だけのうのうと高みの見物決め込んでいられるかよ…!」
「ログインしなくても草薙さんとサポートをしてくれたらいいだろ」
『お、おい二人とも落ち着けって』
俺達の言い合いがヒートアップし始め、アイが焦り始める。
それでも衝突は止まらない。
「俺の分の火の粉までお前が負う必要はない!俺だってデュエリストだ、自分の身は自分で守れる!」
「そのデュエルがお前には危険なんだ!!」
「お前も同じだろ!?…ッ、お前の命より優先される足なんて、こっちから願い下げだ!!!」
「…っ!!」
その瞬間、頬に熱を感じた。同時に部屋に乾いた音が響く。
数秒遅れてじんじんと痛みがやって来て、そこで漸く俺は遊作に頬を叩かれたのだと理解した。
一切の音が止む。頬以上に俺の中の何かが酷く打ちのめされてしまった気がして、俺は遊作の顔を見る事が出来なかった。
とにかくもう何も考えたくなくて、俺はアイが引き留める声も聞かずに外に飛び出した。
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