「なるほどな」

遊作から事の顛末を聞いた草薙は苦い顔をした。
夜鷹は来れない日は必ず連絡を入れるものだから、何も言わず遊作が一人で来た時は驚いたのだ。

「10年間双子みたいにくっついて来たお前らが一度も喧嘩した事ないって事に俺は驚きだぜ…そういやお前らで意見割れた事なんてなかったもんなあ」
『そんで遊作はずーっと夜鷹の事殴っちゃったことで鬱ってんのー。俺一旦落ち着けって言ったのに!』
「黙ってろ……」

遊作の声にいつものような覇気はない。
あの事件からずっと一緒にいて、傍にいて当たり前のような存在だった。
遊作が滅多にない迷いを見せた時は背中を押してくれて、幼い時気弱だった遊作を真っ先に背中へ匿ってくれて、遊作のほんの僅かな機微にも気づいた。
夜鷹は遊作にとって幼馴染や同じ事件の被害者同士という関係以上に兄のような存在だった。
お互いの事で知らないことなんてないくらいに一番傍にいた存在だったのが、今日初めて仲違いをしたのだ。

「まあ、遊作のいう事も分かるぜ。スピードデュエルがアイツの身体に悪影響を及ぼす事も、アイを狙って喧嘩を売られるお前と違って直接狙われているアイツは俺達とリスクが段違いだって事も」
「ああ……」
「でもな遊作、『兄』としての目線で言えば、俺は夜鷹の気持ちも分かるんだ」

草薙は薄く笑う。彼とて弟を持つ兄だった。
遊作には、兄の気持ちは分からない。それよりもずっと、唯一傍に残った大切なものを失うまいと必死だった。
夜鷹が自分の命を危険に晒して、足を犠牲にして傷つく姿を見るのはいつだって辛い。
お互い復讐に身を窶した身だが、それはお互いの身体を捨て置いた末の結論ではない。
何でわかるんだ、と言いたげな遊作に草薙が少し寂しそうな顔をした。

「俺も弟がいるからな…もし俺が夜鷹と同じ状況だったとして、大事な弟が自分の代わりに戦って傷ついて、それなのにお前は危ないから戦うなって言われたら、きっとアイツと同じ事を言う。戦う手段を持っているなら猶更だ」
「……どうして、」
「夜鷹は自分が歩けなくなるかもしれない事を全部分かった上で自分の足よりお前を取ったんだ。勿論自分の復讐の為でもあるだろうが、アイツの事だから最優先は絶対お前の事だ」

彼は元々感情論ではなく理論で物事を考える。その価値観は合理性主義に近い。
可能性の低いものより可能性の高いものに賭ける。常に効率を思案する。
だからこそ彼は、遊作の命と自分の足を天秤にかけた。彼の足は元々、もう治る見込みは殆どない。だからこそ彼は足を捨てた。

「自分の足なんかより大事な弟を守りたいのに弟は足を心配して戦わせてくれないとくれば、ずっとお前に付き合ってきたアイツも破裂するだろう。アイツにはハッカーとしての自負もあるからな」
「…それは、わかってる。アイツのハッカーとしての腕がなければここまでこれなかった」
「だからこそだ、アイツは戦わせてもらえなくてもハッカーとしての腕があるからお前についてこれた。だが、LINKVRAINSに来るなとまで言われちまったら、自分の存在を全否定されるようなもんだ」

いつもこちらに気を回してばかりで自分の事は後回し。
それが顕著に出た今回の件で夜鷹の我慢が爆発してしまったというわけだ。

「それにな遊作。アイツはきっと自分の復讐をお前に背負わせたくないんだと思うぜ」
「…?」
「俺が言うのもアレだが、復讐ってのは毒だ。お前は夜鷹を案じるあまりにアイツの分の復讐までこなそうとしちまってる。でもな、アイツの復讐はアイツだけの物だ」

どれだけ傍にいて長い時を一緒に過ごしても、それは決して誰の物にもならない。
遊作が夜鷹の復讐をこなしたとして、それは遊作の究極の自己満足に他ならない。

「復讐は大物である程リスクがでかい。お前もよくわかってるだろう。アイツは自分の復讐の為に相応のリスクを払って行動をしようとしているのに、それを根本からお前が邪魔しちまったら、本当にアイツはどこにも行けなくなっちまう」

怖くて憎くて、でも自分は無力だからこの憎しみをどうしたらいい。
憎しみの矛先をどこにも向けられなくなって頭がおかしくなりそうになったのを遊作は何度も経験した。
…それでも、全部失った夜鷹がこれ以上何かを失うなんて、あまりにも残酷すぎる。

互いに互いを優先し同時に蔑ろにしてきたツケがここで来たのだ。

『なーんか、面倒だね。矛盾ばっかりだ』
「人間や得に兄弟なんかはそんなもんだよ。AIには難しいか?」 
『理解不能だね〜!………ン?アレッ』

その時、今まで話の内容に処理落ちしかけていたアイが表情を変えた。

『ちょっとちょっと〜!遊作!遊作〜!』
「黙ってろアイ」 
『ここでもそれかよ!違うんだって、夜鷹が一人でLINKVRAINSにログインしちゃってるけどいいのかよ!』
「は!?」
「マジかよ!!?」

咄嗟に遊作と草薙はコンピュータを起動させLINKVRAINSの内部を映した。
するとそこに、恐ろしく仏頂面なLaughingpixyがLINKVRAINSのビル群の屋上を転々として移動している様子が見える。

『夜鷹ちゃんメッチャキレてんじゃん……遊作ぅ〜早いとこ謝った方がいいと思うけど……』
「遅めの反抗期って所か…?」
『違うと思うなあ…』

画面に齧り付いていると、ハッキングしているカメラの映像の横でテレビ中継のモニターが映し出される。
中継までされてるじゃねーかと草薙は頭を抱えた。
そのカメラに気付かないはずがないだろうに、視線一つ向けない辺り相当ご立腹らしい。

「こりゃマジで何とかしねえと…とりあえず強制ログアウトでも…ん?」
『どーした?…おっ!?』

Laughingpixyが足を止めた。
監視カメラの可動範囲外でカメラからの映像では見えなかったが、テレビの中継モニターがその理由をきっちり映していた。
Laughingpixyの通行先を封じるように、誰かが立っている。
彼はきつくその人物を睨みつけている。まるで獲物を暴くかのような獣の目だ。

「ブルーエンジェル…?」



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