俺が引きずり込まれたのは教会だった。
そして、俺の目の前には本物のブルーエンジェルが横たわっている。
現実世界の財前葵が昏睡状態である事から彼女のアバターもログアウトできていないのだろう。
(チッ、この腕、管理者権限がキツイな。流石SOLテクノロジー、こんな所で感心したくないね)
拘束用プログラムというのは対象が広範囲であるほどプログラムに抜け穴が存在する。
以前のGO鬼塚戦で使用されたプログラムがいい例で、アレは外側から弄れば抜け穴を無理やり作る事が出来た。
だがこのプログラムは俺専用の拘束プログラムで、用途は俺に限定され管理者権限まで存在する。
当然だがログアウトも封じられ、通信も完全に断絶。しかし位置情報のみ発信されている。
これは完璧な『餌』としてのお膳立てだ。腹が立つな。
「手荒な真似してごめんね?じゃあ私は上に戻るけど、どうも私の雇い主は貴方にもお話を聞きたいらしいの。相手してあげてね?」
「雇い主…?」
ゴーストガールがその場から消えた時、入れ替わりになってスーツ姿のアバターの男が現れた。
―――――財前晃。SOLテクノロジーセキュリティ部長。
そして財前葵の義理の兄だ。元々俺達が財前葵に近づいたのはこの男の情報を得る為だったが、そっちから来たか。
彼は敵意を露にして俺を睨みあげた。
「……お前がLaughingpixyだな」
「Playmaker一人が目的にしては随分と手が込んでいるな、財前晃。残念だが、俺もPlaymakerもお前が望む情報を持っている訳じゃない」
「嘘を吐くな!吐け、Playmakerはあのデュエルでブルーエンジェル…葵に何をした!?あのデュエルから葵は昏睡状態に陥り未だに目覚めていないんだ…!」
「彼女はハノイの電脳ウイルスに侵されている。SOLテクノロジーのネットワークを利用し現実世界の身体の脳へ入り込むウイルスだ。俺達が来る前から彼女のデッキにハノイのウイルスが仕込まれていた」
「葵がハノイの騎士と手を組むはずがあるか!!……まあいい、お前が話さずとも、お前を甚振ればPlaymakerは話さずを得なくなる…!お前達を甚振る時間は、幾らでもあるんだ!!」
財前は激昂し、掌で俺を拘束しているプログラムを操作した。
すると巨大な腕が俺を握り締める力が徐々に増していく。万力のようにその力に際限はなく、容赦なく身体を絞め上げられ、俺の喉から生理的な呻き声が上がり始めた。
「ぁ、ああぁあああ…ッ!!!!、っぐ、ふざけるな、!何も、知らないって…!!」
「余程痛みに強いようだな…!余計な事を話す余裕があると見える!!」
「い゛、ぐぅ、ああぁあああっ!!!」
「さあ、吐け!!葵に何をした!!話さなければ全身が引きちぎれるぞ!!」
アバターが軋みを上げ始める。
まずい、本気で全身が引き千切れそうだ。本気で死ぬ。
痛覚が遮断できればいいが、そんな余裕がない。激痛で目の前が白く点滅し始める。
遊作が今来たら、俺と同じ目に遭うのか。
どうか来てくれるな、頼むから罠に嵌らないでくれ。
俺はそれだけを只管祈りながら、財前の尋問に歯を食い縛って耐え続けた。
それからどれくらい時間が経ったのかわからない。
身体を締め上げる腕の強さがもうどれくらいなのかもわからない。四肢が無事なのかどうかすら。
力が入らなくなって項垂れるように力尽きる俺を、なおも腕は締め上げ続ける。
視界も朧気になって来たその時、財前の隣にゴーストガールが戻って来た。
…という事は、まさか。
「お待たせ、Playmakerを連れて来たわ」
「…ッ、pixy!!!」
『ああッ、遅かったか…!!』
後ろから、張り裂けんばかりの彼らの声が聞こえる。
でも今の俺は振り返る力がない。その代わりに、掠れた声で呻く事しかできなかった。
「もう碌に話せないじゃない。彼、相当我慢強かったのかしら」
「Laughingpixyが使えなくなったのなら、Playmakerから聞き出すまでだ」
「pixyを開放しろ、財前晃!!」
「彼を開放してほしくば、葵に何をしたのか、一刻も早く吐く事だな…!!」
背後から、彼らの悲鳴が聞こえてくる。
Playmakerは俺と同じように、既に俺達が駆けつけた頃には財前葵はウイルスに汚染されていた事も電脳ウイルスの事も話した。
だが俺が言って信じてもらえなかったんだ。頭に血が上った財前晃は俺達が望む答えを言わぬ限り、奴は永遠にPlaymakerを、其れこそ八つ裂きにしてでも甚振り続ける。
彼の悲鳴が昔の、あの白い部屋でのことを鮮明に思い出させた。
ただただ続く痛みと飢え、終わらない苦痛への絶望、どうしようもない無力さ。
どうすれば、彼を助け出せるか。―――財前晃が俺達に望んでいる答えを、言うしかない。
「………Play、makerを……放せ………!」
「!」
「……俺が、……した事だ…!彼は、…なにも、関係ない…!!」
「なっ…」
「やっと白状する気になったか…!洗い浚い吐け、葵に何をしたのかを!!」
「ぁ゛、ぁああぁあ、……ッ!!、あぁあああ…!」
財前は俺に標的を切り替えたようだ。
ゴーストガールは険しい眼で俺を見ている。頭に血が上って冷静さを欠いている財前と違い、ゴーストガールは薄々気づいているのかもしれない。
ここで彼女が何かを言えば、彼が再び標的にされるかもしれない。
(何も、言うな…!!ゴーストガール!!)
身体が今まで以上の力で締め上げられ、全身が本格的に軋み始める。
口から出るのが悲鳴しかなくなっても必死に彼女に目で訴えた。「何も言うな」と。
Playmakerのずっと制止を訴え続けている声が、だんだん遠くなる。
駄目だ、そろそろアバターが持たない。でもここで俺が力尽きたら、Playmakerも同じ目に遭う。
(耐えろ、)
『Laughingpixy、本気でデリートされるぞ!!』
「やめろ!!pixyを放せ!!」
(耐えろ…!)
身体の奥で何かが潰れる音がした。
続いて何かが破裂する音。はっきりと身体の中から聞こえて来て、酷く焦っているPlaymakerの声が遠い。
意識が朦朧として、目の前が赤く沈む。
―――デリートされる。そうなれば強制ログアウトだが、現実世界の俺はフラッシュバックで死ぬかもしれない。
そう考えて、何故か俺は口端が持ち上がるのを感じた。
それをゴーストガールが不審に思ったのか、財前を一旦止めようと声をかけようとした、その時だった。
俺の目の前を、大規模な稲妻が貫いた。
酷く痛めつけられた身体にこのデータ量は毒で、目が処理落ちしてちかちかする。
光が晴れた頃、俺の目の前に誰かが立っていた。
「………、……お前、…は……」
白いコートに、顔を覆うバイザー。後ろに撫でつけられた赤い髪。耳元で揺れる弾丸のピアス。
あの日、アイを調べている時にアイの座標を探知してドラゴンとともに姿を見せた男の姿だった。
ハノイの騎士のリーダー。
「……、リボルバー…………」
信じられないといった風に呟かれたPlaymakerの声に、俺は目の前の男を力なく見下ろした。
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