意識が浮上する。
今日は悪夢を見なかったな、と揺蕩う意識の中で思いながら身動ぎすると、ふといつも寝ているベッドと明らかに違う弾力に一瞬で覚醒した。

「マジかッ!?ッッ〜〜〜〜〜〜!!!!」

飛び起きたその直後にベッドにリターンした。
原因は壮絶な腰痛である。ここはどこなのかこの腰痛は何なのか、落ち着いて思い出してみる。
昼頃LINKVRAINSで集団のハノイの騎士に変なプログラムを入れられて、恐らくこちらの座標を追ってきたリボルバーに保護され、そして大変認めたくないが彼とセックスした。その結果の腰痛だ。
セックスはおろかキスもオーガズムも初めてだったが、憐れファーストキスもバックバージンもよりによってあのリボルバーに奪われた。
電脳空間でまだよかったのかもしれない、現実世界の自分のファーストキスもバージンもまだ無事である事を喜ぼう。
窓を見れば空は暗く、空の向こうはぼんやりと赤と紫のグラデーションに染まっている。
ディスクを確認すると本気で信じたくはないが、4時と表示されていた。4時。16時ではない、4時だ。完全に寝過ごした。最悪である。

(やっべえ学校…!!課題終わってねえ!遊作になんて説明すればいいんだ…しかもリボルバー多分ログアウトしたか?勝手にログアウトしていいのかこれ)

ここまで腰が痛いとなると、恐らくまだ回復プログラムは使われていないのだろう。
だが、ドラッグの感覚はすっかり抜けている所を見るとワクチンは投与されたようだ。全くいう事を聞かなかった腕も足も問題なく動いている。複雑な気分だがハノイの技術はつくづく優秀だ。
あれ程ドロドロのぐちゃぐちゃにされた身体も完璧に清められており、恐らくセックスで意識を飛ばしてここまでノンストップで気を失っていた自分の無防備さに頭を抱えたい所存である。
デッキやアバターに細工をされていない分本当にマシだ。ここまで来たら本当にリボルバーに感謝しなければならない。

「目が醒めたか」
「!」

声がした方を急いで振り向けば、いつの間にかログインしていたリボルバーが佇んでいた。
死ぬ程吃驚した。咄嗟に攻撃しなかった自分を褒めてほしい。

「気配なくログインするなよ……」
「身体は問題ないか」
「無視かよ。腰が死ぬ程痛ぇよ」
「問題はないようだな」
「コイツ……」

本気で殺気立ってきた辺りでリボルバーの「冗談だ」が入る。
引き際を分かっている辺り猶更腹が立つが、ここまで世話をしてもらった分際で強く言えないのも事実だ。

「ウイルスは完全に抜けてるよ。俺が言うのも複雑だけど、お前ん所は腕がいい」
「Laughingpixyにお褒めの言葉を頂けるとは光栄だな」

皮肉かよと内心舌打つ。
リボルバーはくつくつと笑いながらカード型のデータを投げてよこす。
それを受け取って、ざっと内容を確認した。回復プログラムで間違いないらしい。ログの消去機能も付いている。

「メモリ消去プログラムもある。使うか?」

リボルバーの言葉に、回復プログラムを使用しようとした手を止めた。
メモリ消去、はそのまま、記憶データを弄るプログラムだ。身体の痕跡を無かった事にするなら、記憶も無かった事にできる。
現実世界に戻ったら今日の事はすべて忘れるのだ。
そうしたら、こんな胸の痛みも無かった事に出来る。今までと変わらずにリボルバーを憎みながら、彼に復讐ができるだろう。

「いらない」

きっぱりと言い切った。
リボルバーの、バイザー越しの眼が一瞬揺らいだのを見た。
そんな彼の人間らしさを見る度、記憶に刻まれる度に記憶を消したくなるけれど、そうじゃない。

「俺は、昨日の事を無かった事にするつもりなんてないよ」
「私への復讐はいいのか」
「…確かにもうお前の事をただ憎むだけなんて出来やしないよ。でもそれは、お前だって同じだ。俺の記憶を消したら、お前は昨日の事を一人で抱えながら全部持って逝くつもりなんだろう」
「……そうだな」
「俺の気の迷いを俺が忘れてどうする。あの時の俺はお前を受け入れちまったんだ。…自分でした事の落とし前は自分でつけるよ」

彼が死ぬ時に全てを持って逝くように、こちらも全部抱えて死ぬだけだ。
どうせ次会った時は昨日の事なんて存在しなかったことになる。リボルバーはLulzSecやイグニスを殺す為に動き回る
し、Laughingpixyはハノイの騎士に復讐をする為にPlaymakerと行動を共にするだろう。
結局無かった事になるのだ。ハノイの騎士のリーダーとしてではなくただ一人の人間としての彼は、記憶の中で死ぬ。
最後までリボルバーは悪役であろうとしたのだろうが、こちらにも通さなければならない義理がある。

(だからなんで俺を助けたのかも、昨日あんなことをしたのかも、何も聞かないよ)

こんな関係一日限りだと、振り切るように回復プログラムを使用した。
リボルバーの痕跡が身体から全て抹消されていくのを感じる。
痛みも目の渇きも、鮮明に思い出せる機能の彼の体温も全部綺麗に消えていく。全部無かった事になる。

「――――朝が来る」

リボルバーの呟きに、ふと窓を見た。
空が白んでいる。優しい光であるはずのそれが、今は痛くて仕方がないのはきっと気の迷いだろう。
ログアウトをしなければならない。
もうここに来る事はないんだろう。
「Laughingpixy」、とリボルバーが微かな声で名を呼ぶものだから、窓にやっていた視線をリボルバーに戻して。

「、ン、」

唇が触れた。昨日の行為中のような情熱的なそれじゃなくて、一瞬触れただけのものだった。
拒む事はしなかった。何故だろう。

「………消した後に、キスすんなよ…」
「そうだな」

この程度フラッシュバックすら起こらないけれど、言わずにはいられなかった。
泣きそうな顔になるのを抑えられない。抑えられない代わりに、何もいう事なく、静かにログアウトをした。


その瞬間、夢が終わる。いつもの日常が始まる。
ただ一心不乱にハノイの騎士への復讐に突き進むだけの、高校生に戻るのだ。

「夜鷹…!」

意識が浮上して、直後日常を象徴する大切な声が聞こえる。
ああ、遊作だ。戻って来たのだという実感が湧く。
彼を相当心配させてしまったようだから、なんとか彼を納得させる言い訳を考えなければならない。
其れなのにうまく言葉が出なくて、遊作の胸に額を摺り寄せて、何も考えないように胸の痛みを誤魔化した。




Laughingpixyが消えた後を静かに眺めて、やがて眼を逸らした。
キスなんて、やはり気でも狂ったかと数秒前の自分に自嘲する。それでも何も、後悔はなかった。

(――――いつかお前は私の首へと手をかけるだろう)

その手に、間違いなく力を込めるはずだ。
聡い彼なら分かったはずだ、リボルバーの覚悟も決意も、想いも、その上で尚向ける殺意も。
それが本心であるかはさておき、彼はきっと、涙を流しながらでもリボルバーを殺してくれる。

(お前は私にとっての死神で、怪物だ。お前に拘る事を諦められたらどれだけ良かったことか)

どれだけ望もうと願おうと、リボルバーとLaughingpixyは水と油だ。
互いの願いは互いの破滅であり、それを承知の上で情を交わしあった。一度全てを失った身だ。

――――それでも、何度失おうと、彼がリボルバーの全てだった。

気が狂っている、今更だ。
それならばリボルバーの気など10年前から狂っていた。

いつか遠くない未来互いにカードの剣を交わし合うだろう。
そしてどちらかが破滅する。勝って得るか負けて死ぬかのどちらかの戦いで。
あの手で、もし、死ねたなら。それはきっと素晴らしいことなのだろう。

(その瞬間私が恍惚としているだろう事を知ったら、お前は軽蔑するだろうか)


ただ、お前の瞳を見つめながら死ねるという事だけで。



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