カチャカチャという耳障りな音の不快さに、ゆっくりと意識が浮上した。
それに合わせて自然と開こうとした瞼が何かに押さえつけられている。鼻頭まですっぽりと何かに包まれており、上からかかる不自然な重みが息苦しさを感じさせた。
どうやらこの身体は台に寝かされ、上半身と下半身をそれぞれ数か所、手の指一本ずつにそれぞれ何かしらの装置をつけられているようだった。

酷く腹が重たく、下腹部の体温を吸ったぬるいジェルの感触に不快感を覚える。
壮絶な苦痛を以て身体に刻み込まれて来た、この感覚の次にやってくる恐怖に奥歯がカチカチと震えて音を立てた。意識がない間に薬液による浣腸は終わっていたようだが、それに安堵を感じる程これから伴う苦痛は生半可ではない。
浣腸による凄まじい腹痛で伴うストレスも相当のものだが、その次の苦痛への恐怖心の方がずっと思考を千々に分散させてしまう。
ぐったりとしてぴくりとも反応しない足を持ち上られ、台に固定される。大きく開かされた足の間にするりと滑り込んだ、ビニールに覆われた手の温い感覚に引き攣った声が漏れた。

「おや、目が醒めていましたか」

この10年の間でデュエル以外の苦痛を味わう際、必ず聞こえる声に反射的に身が竦む。
ゲノム、とこの男が呼ばれている事は、監禁されている間知る事が出来た極めて少ない情報の一つだ。
彼の声以外は何も気配を感じない辺り、バイラ、ファウストと呼ばれる彼と同じく白衣を着た上位の研究者達や、彼らを纏める『鴻上博士』はいないらしい。
鴻上博士がいる場合、ただでさえ苦痛を伴う実験の内容が輪を描いて過酷になる。彼に与えられる苦痛と恐怖がしっかりと染み付いている今、彼がいるという事にさえ無条件に泣き叫びたくなるくらいには彼から受けた傷は深かった。
その名の通りDNAを専門とする科学者らしいゲノムは、髪や血液、子孫を作る為に必要らしい精液などを採取したがる。長い間閉じ込められ多くを学習する機会を失った今、一体どのようにして子供を作るのかは分からないけれど。
視界を塞がれ身体に何をされているのかもロクに把握できず萎縮していると、徐にゲノムが「おや」と声を上げ何かに反応した。

「、ぁ…っ?」

次の瞬間内股に何かを取り付けていた手がそのまま性器に掛けられた。
感覚からするに、性器にはいつもゲノムが精液の採取に使用するゴムのような素材でできたカバーが掛けられているのだろう。その先端に機械に繋がれたチューブが取り付けられている。
カバーは殆ど気付かない程度に振動して緩く性器を吸い上げる。ゲノムはカバー越しに性器を揉むように手を動かしているようで、不快感と淡い痺れに息を詰める。

「そんなに怖いんですか?萎えてしまっていますよ」

あくまで軽やかな口調にそれでも口元の震えはいう事を聞かず、喉は引き攣れて満足に声も出ない。
だが全く気にしないのがゲノムだ。何度か刺激してようやく勃起を取り戻した性器を固定し、浣腸された尻穴にごり、と硬い異物を埋め込んでいく。
無数の突起がついたそれは電極の付いたバイブだ。体内を刺激し抜くだけのものではなく、その電極から体内に電流を流す為のもの。そうすれば男の身体は快楽を感じなくても濃度の高い精液を吐き出すのだそうだ。
散々そのバイブで痛めつけられてきた身体は、それが与える苦痛を文字通り刻みつけられている。
通電をよくする為のジェルがバイブの侵攻をスムーズにし、やがてそれなりに深い所で立ち止まった。
スイッチ一つでぐねぐねと動くそれは、ただ電流を流して苦痛を味あわせるだけでは流石に可哀そうだと思ったらしいゲノムの配慮なのだというが、体幹を焼かれながら中を掻き回される感覚は筆舌に尽くしがたい激痛と快感を、気絶すら許されないままこれでもかと身体に叩き込んでくる。
だが、嫌だと暴れて抵抗するだけの努力と労力を、もう何年も前に使い果たしてしまったこの身では、ただ一刻も早くこれから訪れる地獄が終わる事を祈る事しかできなかった。
腸の蠕動運動によりバイブが抜けないようこれもバンドでしっかりと固定され、バンドの張りを確かめたゲノムの手が離れていく。
やがて、カチリとスイッチオンが傍で聞こえると同時に性器に取り付けられていたカバー状の搾精器具が蠢きだした。

「ぁ、あ、あ……」

性器に息苦しさを感じて、腹に力が入る。締め付けてしまったバイブの不自然な突起が内壁に食い込み、恐怖に肺が浮き上がるかのような感覚を覚えた。
いやだ。いや、やめて、痛いのはいやだ。やだ。譫言のように繰り返される拒絶にゲノムは何も返さない。

「あ゛ッ、ぎ、ぁ、あ゛―――――、――――ッ!!!!!!!」

直後、背中が大きく反り返る。
躍動するバイブが内壁に吸い付き、そこから放たれる電流が性器に向かって薄い肉を貫いた。
中が文字通り一瞬で焦げ付くのではないかと錯覚するほどの、文字通り稲妻に撃たれるかのような感覚だった。
遮られている視界が闇の中で真っ赤に染まり、指につけられた器具がガチャガチャと音を立てる。
とぷ、と射精感も無く精液が押し出される。
30秒ほどで放電は止み、強張っていた身体が弛緩して台に沈む。カチャカチャと試験管を取り換える音は、まだこの苦痛が序の口である事を示していた。

「い゛っ、あ゛、ぎッあぁ!あ゛ぁああぁ―――――ッ!」

続いて二度目の放電に、生理的防衛本能で跳ね上がった身体を拘束具が分娩台に縛り付ける。
焼けつくような痛みの遠くで、下腹部が濡れた感覚がした。
喉を裂くような絶叫が電流が流されている間、そこそこの広さがあるであろう室内に絶え間なく響き渡る。強制的に筋肉が痙攣させられて吼える事しかできない。
再び同じ程度の時間で放電が止み、台に身体が沈んだ。一切の加減もなく痛みに従って叫んでいた喉も悲鳴を上げていた。続いて苦痛を追うように涙が頬を濡らしている感覚がする。

「ぅう、ぁ、……ぁ、あ、ぃや、だ……っ」

放電が止んでいる間も性器を絞り上げるように締めつけるカバーや情け容赦なく粘膜を掻き回すバイブは止まらない。
嫌だと拒絶しても散々痛めつけられた身体は自然と快楽に縋ろうと感覚を研ぎ澄ませてしまい、ひりつく体内を別の感覚が刺激する。
じんと腰の奥が甘く痺れて、訳も分からず髪を振り乱して体温の移った分娩台の温いラバーに頬を押し付ける。
快感に縋ろうとすればするほど感覚は過敏になって次に襲って来る電流の苦痛が増していくのだ、その瞬間が刻一刻と迫る恐怖にしゃくりあげる。
何度目かの通電から解放された頃には、恐怖と苦痛と絶望で竦み上がっていた心はズタズタになってしまっていた。

――――どうして。どうしてこんな目に遭わなきゃならないの。
理不尽には慣れたと感じていた。そんなことを考えるだけもう無駄だと思って、ただデュエルに勝つ事に必死になった。
空腹も、堅く冷たい床で小さくなった毛布に丸まって眠るのも、それ以外の記憶を何も持たない自分にどうしようもない恐怖を抱くのも全部噛み殺して必死で生きて来た。
だがこんな、自分では儘ならない苦痛と快感に翻弄されて滅茶苦茶にされる度、押し殺してきた自分が顔を出す。
外の記憶も何もない、全てあの白い部屋から始まった記憶しか持たない自分に縋れるものなど一つしかなかった。

「ひっぁ、が、ぁッ、あぁ、う゛ぐ、ああぁあ―――――っ!!」

考える事をやめるな。思考をやめるな。
みっつのことを考えて。
姿の見えない、疾うに苦痛の記憶に掻き消されてしまった声。
こんな地獄に等しい場所に於いて、生きる事を諦めるなと訴える残酷な言葉。
現に何度も訪れそうになった終わりを、その言葉達が繋ぎ止めた。訪れるはずだった開放を与えてはくれなかった。
――――でもその残酷さは、唯一夜鷹を傷つけなかった。

「あ゛ぁ――――ッッ!!あ゛、あぁあ、あ―――っ!」

ひび割れた悲鳴が幾度となく枯れた喉から絞り出される。
あの声はこんな苦痛の中で早く終わってくれ、もう開放してくれとひたすらひたすら考え続け、思考を手放さない淵となり続けた。
現実で手を差し伸べてはくれないけれど、それでもそれは正気を繋ぎ止める小さな楔だった。




その部屋とは違う場所で、仄暗い部屋の隅に備え付けられたモニターが起動している。
モニターの前に無言で佇み、液晶に映し出されている、電流に痛めつけられ泣き叫んでいる少年を見つめる影がいた。
液晶の中で放電が止んでいる間、唾液を零してぼんやりと開く少年の口が、震えながら『みっつ』と動いている。
その吐息にもなり損なった「おまじない」は再び絶叫に掻き消されて行った。

止まぬ割れた悲鳴を聞きながら、影はモニターの中の少年に触れる。

「………、夜鷹」



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