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――――ふと意識が浮上した。
爆豪が目を醒ませばそこは見知らぬ場所だった。
古い家具、煤けた床、カウンターがある所を見るとどうやらバーのようだ。
今自分が椅子に座らされ頑丈に拘束をされているというのはすぐに分かった。

あれから。拉致されてから、一体どれくらい経った?


「お?やっとお目覚めかい」
「……あ?」

耳障りな声がする。爆豪は他人の声をそこまで好く方ではない。
だが、その声はとりわけ悪意に満ちていて、腹の奥にヘドロが溜まっていくかのような不快感に苛まれた。
視線を上げた先にいたのは、USJの時に襲撃して来た死柄木と黒霧、そして合宿で襲撃して来たメンバーの数人だった。
ここに揃っているのが全員だと端から期待はしていない。後何人か控えがいるかもしれないと警戒は怠らない。
だが。爆豪の記憶が正しければ、あと一人必ずいなければならない人間がいる。

「……あのロン毛はどこだ」
「ロン毛?」
「俺と一緒に引きずり込んだだろうが、テメーらはよ」

爆豪は基本人を名前では呼ばない。
黒霧の問い返しにも応えずを貫いたが、その後の補足で全員合致したようだった。

「ああ、栂野零仔の事か。彼女は別室だよ。安心しろ、殺しはしていない。彼女は特別だ、丁重に扱ってるよ」
「丁重にだぁ…?」
「荼毘に迎えに行かせている、そろそろ…」

そこで一旦死柄木の言葉を遮るように、扉が開く音がした。
一斉に彼らが視線を向ける。それにつられるように爆豪も視線を向けた。

「あら、噂をすれば、ねェ」

マグネの声とほぼ同時だった。
爆豪が、その目に映したものを認識したのは。

「なっ……」
「遅ぇぞ荼毘」
「暴れたんだよ。熱で思考がやられてんのかこっちの話を全く聞かねえ。薬飲ませんのに大分手間取った」
「様子はどうでしたか。世話係だったでしょう」
「どうもこうも。記憶が戻ったと思ったらもうずっと半狂乱だ。薬で寝かせて落ち着かせて、意識が戻ったらまた半狂乱で叫び始めるからまた薬飲ませて眠らせてのルーティンだ。手のかかる姫だなホント」

連れてこられた零仔は毛布に包まれた状態で荼毘に抱かれていた。
かなりぐったりとしていて、見た所意識はない。毛布から覗く素肌には青黒く変色した痛々しい痣や裂傷などが手当された後があり、素人目で見ても完全に重傷か重体のそれだった。
トガが駆け寄って、零仔の包帯の巻かれた額に手を当てる。

「お熱まだ高いですね〜苦しそーです」

彼女の顔色は最悪で、酷く呼吸も荒く、見た所その大怪我の所為で高熱が出ているようだった。
そんな零仔を赤子をあやすような手つきで抱く荼毘を、爆豪がきつく睨みつける。

「丁重に扱ってんじゃねーのかよ」
「扱っているさ。彼女の傷は脳無に負わされたものだ。彼女は大事な客だ、大事にしないとな」
「客だァ…?」
「そうさ、彼女は『こちら側』の人間だからな」

含みのあるそれに、爆豪のこめかみに青筋が浮き立つ。
死柄木がにぃ、と笑んでみせる。

「さて、ここからだ。早速だが…ヒーロー志望の爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」
「寝言は寝て死ねや」

死柄木の勧誘を一刀のもと切り捨てる。吐き捨てるに等しい言葉にまぁそうだろうなと言いたげに皆は嗤った。

「クク、そうかい。でも……この子はどうかなァ」
「あ…?……ソイツも腐ってもヒーロー志望だ。テメェらの茹ったミソで練られた提案なんざ蹴って捨てるだろうがよ」
「温室育ちで生まれた頃からヒーローに触れて来た人間ならそう思うだろうな」

死柄木の代わりの荼毘の言葉に一瞬喉元まで出かかっていた罵倒が詰まった。
酷く、爆豪を憐れむような目を向けて、荼毘は腕の中の彼女を抱き直す。

「『ヒーローが助けてくれる』とかさ、『ヒーローは敵をブチのめす』とかさ。そう言われてきてそう刷り込まれてきて、当たり前のように信じ込んでここまで育っちまったお前のようなヤツの周りには、いなかったんだろうなあ」
「っだよネチネチネチネチ、不幸自慢かよ」
「お前、親にぶん殴られた事あるか?」

荼毘の問いはあまりに突然だった。
爆豪の家は、父は気弱で優柔不断が目立つ人間だが、母はかなり激しい人物だった。
だがぶん殴る、というよりも毎回叩く。爆豪を諫めたり叱る時だけだ。そこには、愛があった。
荼毘は続ける。

「親に首を絞められた事は?飯を与えられなかった事は?泣いたらぶたれた事は?親に生まれなきゃ良かっただのと泣いて縋られてキレられた事は?お前なんか生まれなかった方がみんな幸せでいられたとか言われた事は?」
「っ、は…?」
「ねえだろ?そんなの、ドラマとか映画とか漫画の世界だと思ってたんだろ?この娘はその『フィクション』の世界でずーーーっと生きて来た、憐れな子だよ」



―――――当たり前に『ここにいていい』って言われてきた人間に!何が分かるって言うのよ!


爆豪の脳裏に、あの合宿の夜に、彼女が叫んだそれが、あまりに鮮明に蘇った。


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