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爆豪にとって親とは、自分を静かに容認し、そして無条件に愛し、庇護する存在だ。
世間一般の子供は皆そう感じるだろう。
親とは無条件で己の子供を愛する。そして子供も、また無条件に親を『安全地帯』と認識する。それは人間や生き物たちの本能だ。


「ある病院でだ、とある母親が個性の事故で死んだ。出産の瞬間だよ。…その死体は温度の急上昇で血液が沸騰し、身体が破裂したのさ。子供は無事だったよ」

静かに語る荼毘の言葉に、言葉の出しようはなかった。
まるで遠い国の事を話すかのように軽い口調で語られるそれはあまりに生々しい。出産時の個性事故というのは毎年後を絶たない。
この個性社会で出産時の母体の身の安全をどう守るかというのは必ず議論になるポピュラーな問題だ。女性ならば誰しも考える身近な事だった。

「母親は死んだが、子供は無事だった。だが、妻との間に生まれた愛しい筈の子供に愛する女を殺されて、その元凶の子供は無事だという状況に突如身を置いた子供の父親は一体どうなる?――――その男はな、易とも容易くいかれちまったよ」

愛した妻との間に生まれた一粒種。
突然その間に生まれたモノに、数年かけて愛を育んだ愛する妻を奪われて。
恐らく男は葛藤したのだろう。葛藤し葛藤し、そして心は擦り切れ、糸が切れ、崩壊した。

「妻を奪った子供に全てが降りかかる。怒りも悲しみも絶望も、子供には生まれた頃から全てが向けられた。物心ついた時、一番初めに覚えた言葉や理解した言葉は親からの罵倒や否定の言葉だ」

当然のように受ける暴力。浴びせられる罵倒。
親の手は、子供を安心させるいわば揺り籠だ。
それらから突然痛みを与えられるその理不尽さに、子供が耐えられるのかといえばそれは否だ。

「物心ついた子供はそりゃあもうやめてほしいと思うだろうよ。だけどな、残念だがその子供はそのつもりが無くても事実母親を殺しちまったんだ。それは変わらない。それを認識した途端、それに嘆き悲しみ発狂した末の暴力に、理不尽さなんてなくなっちまった。父親からの暴力は自分の所為だと刷り込まれちまった。父親がこんなに辛そうなのも自分の所為、生まれた時からそうやって言われて育ってきたからな。だがまあ…そこまでなら、その辺の不幸な家庭とそう変わりはねえ」

良くある話だ。
そう、これは残念ながら『よくある話』なのだ。
個性事故による家庭の崩壊、それは余りこういう言い方は不謹慎だが、事実普通にあり得る話。
だが荼毘の話には、まだ続きがあった。

「その子供は、男が愛した妻とまァ瓜二つでな。母親に似て美しく育ったよ。しかも個性も母親譲りだ、狂った父親からしたら―――自分が妻をこうして甚振っているという気分に陥っちまうのも有り得る話だよ」

狂人に冷静な思考は難しい。
論理感に欠け、倫理観も喪失したそれは時に残酷な方へ思考を追いやってしまう。

「男の精神は更に苛まれて苛まれて、限界を迎えた。苦しみ続ける事に疲れてしまった男は、何をしたと思う?」

荼毘の笑みは、その続きの恐ろしさを物語っていた。
狂人の考えは常人である爆豪には理解できないししたくもない。
碌でもない事である事だけは理解できた。


「――自殺したよ。子供を前後不覚にさせる程の傷を負わせ、甚振り苦しめ、子供の個性を暴発させたのさ。子供の個性に中てられた男は愛した妻と同じように、体中の血液が沸騰し身体が破裂した。子供に自分を殺させたんだ」


ひゅぅ、と喉が鳴りそうだった。
あまりに、あまりに惨いものだった。
自分で死ぬならまだいい。だが子供に殺させその子供が生き残ってしまったのなら、その子供はこれからどうやって生きればいい?
極めて身勝手だった。例え最初は被害者だったとしても、無責任にも程がある最期だ。
苦しんだその男には悪いが、結末は最悪過ぎた。その子供が母親を殺した事実は消えないように、その男が子供を傷つけた事実は消えないのだ。
原因ではあっても、子供を傷つけていい理由には、『妻の死』は決して成りえない。


「生き残ってしまった子供はもう何も信じられないよなあ。医者に運び込まれ、病院に軟禁され、取られた処置はケアではなく『父親を殺した事実を記憶を弄る事でなかった事にした』。子供には父親は首つり自殺したと伝えられ、そして10年。ここまで信じて、育ってきてしまったのがこの娘だ」
「………、………」
「この娘はずっと悩んでたぜ。お前らみたいにヒーローに憧れている訳でもなく、かつ理想もない。だがこんな個性がもう二度と誰かを傷つけるような事は絶対に嫌だ。…最初はそんな立派に立てていたのに、合宿前後のコイツは捨てられた子猫みてえな哀れなモンだった。きっと何も知らずにのうのうと生きて来た温室育ちのどっかの馬鹿が、心ねえことを言ったんだろうなあ?」

『仲良しごっこ』。
『雄英に半端者はいらない』。
『やる気がないなら、帰れ』。

全て爆豪が、彼女に言い放った言葉だ。
今荼毘が言った事がすべて本当ならば、その合宿からの不安定は確実に爆豪が影響を及ぼしているだろう。
あの時泣きそうな顔で爆豪に叫んだ零仔の顔は、極めて感情的だった。

「俺にも死柄木にもまだ拠り所はあった。だがこの娘にはもう何処にもない。ヒーロー社会は零仔を受け入れない。こいつがどんな理由でどういう状況であれ人を殺したという事実だけが流布され背景なんて誰も見もしねえ。そうだろう?爆豪。お前がそうだったように」
「…っ、!」
「お前もコイツを何も知らねえまま知ろうともしねえまま、必死にしがみ付いていた唯一の居場所から突き落としたも同然だ。いらねえなら喜んで俺達が貰い受ける。零仔はその方がずっと幸せになれる」
「…んで、それは君も同じだ。爆豪勝己君」

話を爆豪へと移し、死柄木は徐にテレビをつけた。
そこには雄英高校の記者会見が開かれており、見れば相澤とB組のブラドキング、そして校長が深く陳謝していた。
マスコミから投げかけられる非難の言葉、攻撃的な態度。

「―――何故奴らが責められてる?奴らは少ーし対応がズレてただけだ!守るのが仕事だから?誰にだってミスの一つや二つある!『お前らは完璧でいろ』って!?ハッ現代ヒーローってのは堅っ苦しいな!」
「守るという行為に対価が発生した時点でヒーローはヒーローでなくなった。これがステインの御教示!!」

人の命を金や自己顕示に変換する異様。
それをルールでギチギチと守る社会。
敗北者を励ますどころか責め立てる国民。

「俺達の戦いは「問い」。ヒーローとは何か正義とは何か、この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう!俺達は勝つつもりだ。――君も勝つのは好きだろ」

死柄木はトゥワイスに爆豪の拘束を解くよう命じた。
勧誘はフェアに。トゥワイスは「はァ俺!?嫌だし!!」といいつつも拘束を外しにかかった。言っている事がちぐはぐな男だ。

「強引な手段だった事は謝るよ…けどな、我々は悪事と呼ばれる行為に勤しむただの暴徒じゃねえのを分かってくれ。君たちを攫ったのは偶々じゃねえ。ここにいる者事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ…苦しんだ」

荼毘は腕の中で荒く呼吸をする零仔を見遣る。
皆も、爆豪も彼女へと視線をやった。
その間に、爆豪を拘束していた拘束具が、外された。

「君のクラスメイトの栂野零仔も先程聞いた通り、この社会に苦しめられて悩み今にも壊れそうな被害者の一人だ。聞いた君なら、それを――――」


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