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「――――――これが、栂野零仔…いや、『楡金零仔』のお話だ」
一時間弱。
全てを話し終え、憶田は一息ついた。
A組の面々の表情は、凍り付いていた。
もし、先程の話が、すべて本当の事だというなら。一体彼女は雄英に入ってどれだけ苦悩していた事か。
八百万と麗日はあまりの凄惨さに涙を流し、切島は肩を震わせ、爆豪は敵から少し情報を流されていたとはいえ、その全貌に言葉を失くしていた。
誰もが絶句した。『フィクション』での話だと、思っていた。
それが――――何でも一人でこなせて、頼りになる大切なクラスメイトの話だと知って、どんな顔をすればいいのか。
「……まさか、この話が敵側に漏れているとは思わなかった。……私は彼女の記憶を封じていたんだよ、彼女の心を守るためにね。…それを逆手に取られるとは、……」
記憶操作の個性をもつ憶田は、人の身体に触れる事で記憶の封印、そして記憶の読み取りもできた。
だから、眠る零仔に触れた事で一体彼女が何をされたのか、すぐに分かった。
「彼女は敵連合に狙われた。今も狙われているだろうね。…こういう言い方は嫌だが、彼女の経歴は敵として最も素質がある。個性も合わせれば逸材と言っていい。…それでも彼女が堕ちなかったのは皆奇跡だと言っていたが、…私はそうは思わない」
敢えて明るい口調で言って見せる憶田に、皆憶田にようやく意識を向けることができた。
「だって、零仔ちゃんは君達が大好きだからね」
ニコリ、と憶田は笑って見せた。
「彼女のカウンセリングを経て、彼女が君達に多大な好意を寄せている事はすぐわかったよ。だから彼女は敵に堕ちなかった。敵に堕ちるという事は、君達を傷つける事になるからね。それは彼女の意志に強く反する」
「…意志?」
「彼女は、自分の個性でもう誰も傷つけたくない、殺したくないと強く願って、その為に雄英に入った。敵に堕ちれば、彼女の10年は全て無意味になってしまう。大好きな人達をその手で傷つけるなんて、彼女は耐えられないだろうから」
初期の彼女はいつもどこか薄い壁を張り巡らせていて、近づく者をけん制するような雰囲気だった。
自分から輪には加わらず、いつも遠くから眺めている。話しかけるといつも驚いたような反応をして、人慣れしていない様子だった。
その裏側で周りの人々から冷遇、畏怖されてきた事からの諦めがずっとあったんだろう。
でも、いつからか。気が付けば彼女の周りに張り巡らされていた薄い壁が、無くなっていた。笑顔も見せるようになった。自分から話すようになった。感情を出すようになった。
彼女は、A組に心を開いてくれていたのだ。
あんな過去がありながら、『ここがいい』『ここにいたい』と、思ってくれていた。
「わたし、栂野にあいたい」
「…芦戸、」
「もう一度ショッピングに行きたい。もう一度恋バナしたい。一緒にお喋りしたい……ずっと、友達で、いたい」
堰を切ったように泣いて、しゃくり上げながら零す芦戸の肩を八百万が抱いた。
今も彼女はずっと寒くて冷たい所で、自分の氷の城に閉じこもっている。
無理もない事だ、それでも、そこに一人ぼっちだなんて悲しすぎる。みんながいる事を彼女に教えてあげたい。
誰も、零仔を置いて行かない。
「……私が記憶を消した事で、…轟くんの記憶も一緒に消えてしまったんだ。だが、体育祭以降君の記憶が戻ったようでね。あの時から彼女の調子がずっと悪かったんだが…あの子は、私の治療を拒んだよ」
「え?」
「ずっと君との記憶を大事にしていたんだ。君との記憶を支えにしていた。…私から、謝罪と礼を言わせてほしい。轟焦凍くん」
「俺は、何も…」
「いいや、」
俯いていた轟が顔を上げた。
「君は間違いなく、あの子の心を守っていたんだ。――――だから、今度は。…あの子を、救ってほしい。君達だけが、それを出来る」
養父母でも、憶田でも、ましてや相澤でも、オールマイトでもできない。
A組だけが、零仔を救える。
「……クラスメイト一人救えねえで、ヒーロー目指せるかよってんだ!」
「そうだぜ、嫌ってくらい言い聞かせて栂野を引き摺りだしてやんねーとな!」
「辛い時に寄り添えるのも、ヒーローとしての素質ですわ!」
「そうだよ、余計なお世話って言われたって知るもんか!余計なお世話こそヒーローの本質だって言うしね!」
「栂野は大切な友人でチームメイトだ。失いたくはない」
「アイツも同じ気持ちなら、猶更だ」
みんな同じ気持ちだ。
憶田は安堵するように、喜ぶように顔を緩めていた。
「…君達が、あの子のクラスメイトで本当に良かった。あの子は幸せ者だよ」
こんなに美しい絆があるなら、もう怖いものなんて何もないだろう。
(零仔ちゃん。君はこんなにも愛されているんだよ)
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