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「っったあ!」

バァンッ、と大凡人体からするべきではない音がした。
受け身を取り、すぐに体勢を立て直す。

「大分マシにはなったがまだ無駄な動きがある。ほれ次、打ち込んでこんか」
「…はぁっ!!」
「おう、良い蹴りだ」

いなされることが前提の蹴りだが威力はある。案の定いなされ、体勢を立て直すため床に手をつき腕と腰の力で足を振り回す。
それを避けるために相手が下がった事を確認し、こちらも追うために腕のばねを利用し前方へ跳躍し、しかし間合いは有利に保ちつつ攻撃を仕掛けた。



「もう、まだやってるの?ご飯よ〜」
「頃合いか。行くぞ」
「は、はぁい……」

一日祖父に扱かれていた。
別に今日一日だけという話ではない。
雄英に入る前から祖父から体術の指導を受けて来た。体育祭を間近にさらに指導がハードになって来ただけだ。

祖父の個性は『軟体』。
骨格などに関係なく自由に身体を動かせる個性だ。プロのヒーローにもいる個性。
それを駆使した格闘術が祖父の強みであり、事実零仔はぶっちゃけ祖父より格闘術の強い者を見た事はない。
無論個性を用いたワンパンも強い事は事実だが、それはそれ、『格闘術』の話だ。
身体の使い方を最大限知る事も強みである。特にこの個性は人に打つにはリスクが高すぎる故に、肉弾戦メインになってしまう事が否めない。

「夜は身体を休めろ。明日も練習だ」
「うん」
「稽古もいいけど、稽古で身体を壊しちゃ元も子もないんだからね?」
「分かってるよ」

祖母の作った漬物をつまみながら返事をする。
お漬物ばかり食べないでおかずも食べなさいという注意がされた。はい。
いつもなら今日学校であった事の報告を食卓の場でするのだが、ここ最近は稽古漬けなので特に話す事もない。
と思ったら、ああそういえば、と祖母が思い出したように切り出してきた。

「この前スーパーで冬美ちゃんに会ったのよ〜」
「ほう?元気だったのか」
「ええ、今は小学校の先生をやってるんですって。大きくなって〜」

よくある昔話か。零仔のついていけない話だ、BGMとして聞き流そう。
そう決め込んでいたのだが。

「…零仔覚えて無い?冬美ちゃんの弟さん」
「………覚えて無い」

小さい頃の記憶、それは辛いものしかなかった。
それを分かっているから、祖母はあえて強く聞いてきたりはしなかった。
それでも、何とか過去を乗り越えさせようと、あえて聞かないという事はしてこなかった。その方がこちらも有り難かった。

「まあ、零仔は昔はヒーローにはそこまで興味がなかったからな。プリキュアの方が好きだったじゃないか」
「もうそれはいいでしょ……その『冬美』さん?とこって、ヒーロー家系なの?今時ヒーロー一家って珍しいものでもないと思うけど…」
「ええ、まあそうなんだけど。すごいのよ、冬美ちゃんのお家…というか、冬美ちゃんのお父さん。貴方でも知ってるヒーローよ?」

じゃあ、超有名なヒーローなのか。
本当に幼い頃はヒーローに興味がなかった。
というよりも、ヒーローを知る由もなかったのだ。そんな零仔でも知っているヒーローと云えば本当に限られてくる。

「じゃあすごいヒーローなんだね」
「ええ。なんたってNo.2ヒーロー、エンデヴァーさんの娘さんだもの」
「ブッッ!?」

エンデヴァー!!!!???
そんなの大ヒーローじゃないか!!!!!
そんな家族と知り合いだったのか??覚えてる?って聞かれたって事は、関わりがあるのか!?
一切ヒーローに関わりが無いと思っていたのに、こんなところで関わっていたとは。

「…私と、その冬美さんの弟さん?えーと、エンデヴァーの息子さんって、小さい頃に会ってたの?」
「ああ、会っていたというよりも仲が良かったよ。毎日夕方にお前の家だった場所の近くにあった公園に行っていた」
「毎日……」

覚えて、ない。
ヒーローを知らなかった分、ヒーローの偉大さというものを知らなかったから、インパクトになるようなものもなかった。
それに、『家だった場所』ということは、あの事件が起こる前。つまり零仔の父がまだ生きていた時代の頃だ。
あの頃の記憶は、精神病院の医師が家族の同意の下、あまり表に出ないようにと記憶をわずかに操作している。
思い出せないのも、無理はなかった。
それでも、それに甘えずに少しでも小さい頃の記憶と向き合おうとしている零仔をサポートしてくれるのは、この夫婦の優しさでもあるんだろう。

「…何て名前だった?その弟さん」
「あそこ苗字がなんだったかしら…」
「ヒーロー名の印象が強いからな……ああ、そうだ、『轟』だ」
「……え?」

轟?
…いや、偶然かもしれない。
でも、轟なんて苗字、そんなに多くはない。
それに、エンデヴァーの個性って……

「冬美ちゃんの弟さんも雄英に通っているそうよ。貴方と同じヒーロー科、それも推薦で…」


―――――ああ。


『れいこちゃん!』

『お前には関係ねえだろ』

(貴方にそんな目をしてほしくなかった)


ガチャン、と箸を取り落とした。
指先が冷たく震えている。胸が張り裂けそうだった。

「零仔…!?」
「おい、大丈夫か」

どうしてこんなに胸が痛いんだろう。
小さい頃の記憶を思い出したから?一緒に父の記憶も蘇ったから?
…違う。

「違う、違うの、おばあちゃん」
「零仔…?」
「あたし、なんで…なんでこんな、大事なこと、わすれてたんだろう」

あの子じゃあないか。
左右非対称の、綺麗な目の男の子。赤と白の髪の毛の、零仔より少し背の低い事を気にしていた子。
お父さんが怖いって言っていた。お母さんを守りたいって言っていた。
氷はお母さんの個性で、炎はお父さんの個性。
……お父さんはいつもお母さんをいじめていて。自分はお父さんの子だから、いつか自分も、人をいじめる人間になってしまうんじゃないかって、泣いていた。

轟、焦凍。


零仔の、クラスメイトだ。

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