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(話し声…?この声は…)

何だか神妙な声付きなので、息を殺して出口へ向かう。
そこには逆光でよく見えないが、曲がり角付近で壁に背をついて凭れ掛っている人影が見えた。
人影はこちらにすぐに気づいた。
何やら動作をしているのが見える、確認のために近づいた。

「!」

爆豪だった。その顔つきが、あまりに険しい。
それも、いつものキレ顔じゃなくて、どこか困惑しているような。

「…何してんだロン毛」
「迷った。貴方は?」
「………」

クイ、と顎で出口の方をしゃくる。
出るに出られないらしい。出口に爆豪をも立ち止まらせる何かがあるのだろうかとこっそり覗く。
そこには、轟と緑谷がいた。そこで大方の予想がついた。



「俺の親父は『エンデヴァー』。知ってるだろ」

轟の父、エンデヴァー。No.2ヒーロー。
朧げな記憶の中にも残っている。彼は昔から父を疎んでいた。
いや。あの頃はただ純粋に、彼は父に恐怖していた。ただそれだけだった。

「ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが…それだけに生ける伝説オールマイトが目障りで仕方がなかったらしい」

ああ、そうだった。
轟は昔、オールマイトが好きだと言っていた。そう言ってくれていた。
それを父の前では、言えないからと。言ったらぶたれるから、と。

「自分ではオールマイトを超えられねえ親父は、次の策に出た。――――個性婚、知ってるよな」

轟の口から出た言葉に、心臓が跳ね上がる。
別に零仔は個性婚で生まれた子ではない。だがその倫理の欠落した発想には胸が痛かった覚えがあった。

「実績と金だけはある男だ。親父は母の親族を丸め込み、母の『個性』を手に入れた。俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げる事で自分の欲求を満たそうってこった…鬱陶しい…ッ!そんな屑の道具にはならねえ」
「…っ」
「記憶の中の母は、いつも泣いている………「お前の左側が醜い」と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

苦しかった。
ただ辛かった。悲しかった。
そうか、そこで、轟は。

(貴方は、…お父さんへの『恐怖』を、…『憎しみ』に変えてしまったんだ)

一度こびり付いた憎しみはそう消えるものではない。例え関係が清算されたとしても、決して完全に消えはしないのだ。
憎しみほど不条理で、辛くて救えない感情なんて、ない。
痛いって、あの時は言っていた。悲しいと、怖いと、ずっと泣いていた、あの小さい頃。思い出そうとするたびに胸と頭が割れそうなくらいに痛くなるけれど。
今になって思うのだ。
あの時、ずっと彼の傍にいてやれれば。例え父に憎しみを抱くのが避けられない事であっても。
あの時、彼の苦しみを、少しでも分かち合ってやれていたら、と。
無理な事は分かっている。こちらだって、あの事件があったのだから。彼と離れざるを得なくなり、事件のショックを和らげる為に記憶にリミッターをかけてもらっていた。
だから、ずっと、轟の事を忘れて生きていた。
傷の舐め合いでもいい、そんな時間さえ彼には必要だった。

「…クソ親父の個性なんざなくたって………いや…使わず「一番になる」ことで、奴を完全否定する」


(……ああ、)

見ずとも、わかる。見ることが、できない。
彼の、目を。

(貴方には、貴方にだけはね、そんな目をして欲しくなかったのよ)

自分の罪を突き付けられた気がして、胸が張り裂けそうだった。
爆豪も、呼吸を忘れるくらいに、混乱している。住む世界があまりに違っていたからだ。
目指す場所は同じでも、こんなにも違うから。


「……僕は、ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ…僕は、誰かに救けられてここにいる」


緑谷。
あの目を見ても尚、轟に言葉を投げかけている。

「オールマイト…彼のようになりたい。その為には一番になるくらい強くなきゃいけない。君に比べたら些細な動機かもしれない。でも僕だって負けらんない!僕を救けてくれた人たちに、応えるためにも…!」

(緑谷君、)

彼は向かい合おうとしている。
復讐の道具に使われても尚、一人のクラスメイトとして、ライバルとして。

「僕も君に勝つ!」

(貴方みたいな人も、彼には必要だったのかもしれない)



***


「…ひっでえツラだな」

轟も緑谷もいなくなり、爆豪と零仔だけが残った。
静かに湧き上がるような声で言うものだから、相当酷い顔をしているのかもしれない。

「知ってたんか、あのヤローの家の事」
「…何でそう思ったの」
「テメーがビビってるようなツラじゃなくて、耐えるようなツラしてたからだよ」

本当に人の事を、よく見ているのか見ていないのかわからない奴だ。
そう言いたげなように微笑する零仔に耐えかねたのか、爆豪は舌打ちを零し、零仔の胸倉を掴みあげ、壁に押し付けた。
顔の横に手が突かれ、身長差からか零仔はつま先立ちになった。

「そのシケたツラ少しでも本選で晒してみろ。テメエから先に爆殺してやる」
「…っ」
「親の事も家の事も俺には関係ねえ。デクも、半分野郎も、そしてテメエも。全員俺が上から捻じ伏せる」

その目にあったのは凄まじい向上心、闘争心。
見えているのは、勝利のみ。

「だから、そのシケたツラで出したなっさけねえ力で負けるのは許さねえ。本気出せや。その上から、殺してやる」
「…ヒーロー志望とは思えない台詞」
「ケッ」

胸倉を放される。いつもの爆豪だ。少し安心した。
それが暗に、「さっさと本調子に戻れ」と言っているようで。言っているつもりはないのだろうが。
不覚にもそれでなんとか元の顔に戻れそうだった。

「…ありがとうね、爆豪君」
「あ゛ぁ!!??何でテメーに礼言われなきゃなんねーんだクソが!!!」
「はいはい」

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