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なんで。
なんでそこまでするんだよ。
緑谷は何度も突き進んでくる。
凍らせても、凍らせても、壊れた腕で突き進んでくる。
腕が駄目になって、今度は指を口に突っ込み、そこから指を弾き出した時の衝撃で氷結を防ぐ。
どうして。
信念で一発入れられた腹が死ぬほど痛む。
威力は低いがモロに入った。
昔父にいれられた重い拳より、ずっと重い一撃。歯をくいしばって耐える。
「なんでそこまで……」
「期待に応えたいんだ…!」
尚も緑谷は、突き進んでくる。
「笑って、応えられるような…カッコイイ人に……『なりたいんだ』!!だから全力で!やってんだ、皆!!!」
再び一撃、頭突きだった。
もう腕は使えないようだ。
なあ、先生も何故止めない。彼を何故止めてやらない。
あの腕ではもうだめだろう、もう変色し切って原形すらとどめていない。
足を踏ん張って頭突きに耐えた。
「君の境遇も!君の『決心』も!僕なんかに計り知れるもんじゃない……!でも…」
自分の身体の重心すら、まともにとり切れてない。
ふらふらとしつつも、その眼力が。その言葉の圧が。轟と緑谷以外の行動を、許さない。
「全力も出さないで一番になって、完全否定なんて、ふざけるなって今は思ってる…!だから僕は勝つ!!君を超えてっ!!」
また一撃。
半身が痺れてまともに動けなかった。
情けねえ。そして、なによりも、胸に一々突き刺さる言葉たちが、昔の忌々しい記憶達を掘り起こしていく。
忌々しい、
忌々、しい、
「――――――――――――」
自分を庇って殴られる母。
泣いている、母。煮え湯を浴びせられた時の事を今でも忘れた事なんてない。
母を病院にぶち込んで、まるで人としての情も見せぬ父に憎悪を抱いた日の事も、まるで昨日の事のようで。
ずっとあの憎悪と共に生きて来た。
あの憎悪だけが、今の自分を、形作るすべてで。
『しょうとくん』
すべて、で。
記憶がおぼろげだ、だが確かにあった。
泥のような憎悪の底の底に、大事そうに仕舞い込まれていた、まだ綺麗な汚れ一つない記憶。
いつも傷だらけの女の子。
折れそうな細い腕で、父の特訓で同じようにいつもボロボロの自分を撫でてくれていた。
私もね、お父さんがすごく怖いの、と、自分のように泣く事もなくどこか諦めたような目で語っていた。
『しょうとくんは、何のヒーローが好きなの?』
何時だって聞いてきた。
まるで確かめるように。
好きなヒーロー。
どんなピンチも、笑いながらたった一回のパンチで全部吹っ飛ばしてしまう、最高にかっこいいヒーロー。
その名前を言えば、その女の子は笑った。
父の前ではその名前が言えないから、その女の子がいつも聞いてくれていた。
『僕、お父さんみたいにはなりたくない。お母さんをいじめるような人になんて、なりたくない……』
『…でも、ヒーローになりたいんだよね?しょうとくん』
『………』
『なら、だいじょうぶだよ』
小さい頃の、何の根拠もない言葉。
それでも良かった。その言葉だけで良かった。
その女の子の言葉こそが、例えこの記憶を仕舞い込んだとしても―――ずっと奥の奥で、己を支えていた。
『しょうとくんは、わたしのケガをいつも冷やしてくれるんだもん。やさしいなっていつも思うの』
『うん、お母さんの個性だから…』
『ううん、ちがう。やさしいのはしょうとくんだよ。けがを心配してくれるしょうとくんが、やさしいんだよ』
『……でも、僕のお父さんは……』
『しょうとくんは、お父さんみたいにはならないんでしょ?』
染み入る声。
あの女の子はいつだって欲しい答えをくれた。
『誰よりも強くてカッコイイって思ってるヒーローにあこがれているしょうとくんが、誰かをいじめるような人になるはず、ないんだよ』
『…ほんと?』
『うん!』
『ぼく、やさしくて、強くて、カッコイイヒーローに、なれるかな』
『なれる!』
あの子はいつだって。
道を違えそうになる度に、手を引いてくれた。
忘れていても、ずっと心の奥に生き続け、導いてくれていた。
それでも、燃え盛るのは父への憎悪。
どんなに無視したくてもできない、あの男の罪を忘れた事などなかった。
だからこそ。
「親父を――――」
「君の!力じゃないか!!!」
緑谷の怒号に、何かが、割れる音がした気がした。
《いいのよ。おまえは、血に囚われる事なんかない。…なりたい自分に、なっていいんだよ》
母の、言葉を思い出す。
ヒーローのテレビを一緒に見ていた。
いつの頃だっただろうか。
『なれる。しょうとくんは、オールマイトみたいなすごいヒーローに』
『……そしたら、僕、君を守るよ』
『…え、』
『僕も、強くてカッコイイヒーローになったら。…君を守るんだ。母さんも、君も、一緒に』
『………えへへ、すごいや。じゃあ、その時は、』
(なんで忘れてたんだ。こんな、大事なことを)
『『私が来た!』って、ヒーローしょうとくんが、私を助けてくれるんだね!』
左側から爆ぜる音がする。
頭の中も心の中もぐちゃぐちゃで、ただ、すべてをさらけ出したいと思った。
緑谷は笑っている。
その眼に映っているのは、左側を爆炎で包む、父親そっくりな、――――違う。
(俺はもう、あの親父の道具じゃない。親父でもない)
「俺だって、」
(あの女の子を―――栂野を、守れる、)
涙が流れている。泣いているのか自分は。
全部まとめてぶっ壊されて、泣かされてんのか。
自分は救われたのか。目の前のボロボロの、此の男に。
ああ、でも。久しぶりに、嫌味なくらいに清々しい気分だ。
「――――ヒーローに…!!」
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