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体温を奪われていく。
許容限界も近い。もうじき動けなくなるだろう。
それでも、轟に届くものがあるとするなら。動けなくなってでも、それをするべきなのだろう。
彼には夢があるのだ。零仔にはない、立派な夢が。
ずっと小さい頃から思い描いていたものへ一歩踏み出そうとしている。
ツキリと痛んだ胸を無視して、笑う。
走りだそうとしているあの小さな頃の少年へ。
「迷ってるんなら、今は何も考えないで」
「…は、」
「今するべきだと思った手を、今しかないと思った手を。それを撃ってこその全力でしょ」
轟の目が迷いに揺れている。
あの炎は、父親の個性で。それを受け継いだ自分は、父のように誰かを傷つけるのではないかと。
昔、そう言っていたあの男の子と、同じ顔をしていた。
何を考えているのかなんて、わかっている。
「それは、貴方の力だから。…傷つけたくないだなんて泣いてた子が、誰かを傷つけるような人になるはずないじゃない」
「……っ、ほんとうに、お前は…!」
彼の顔が歪む。
左側、その痛々しいやけどの痕がパチパチと爆ぜて、そして次の瞬間勢い良く燃え上がった。
もう彼は、泣いていない。
お互いにこうして成長して、しのぎを削り合うくらいにまでなった。だったら、全力を出し合って、どちらかが倒れるまですべてを出し尽くし合おう。
どれくらい強くなったのか、どれくらい成長したのか。
「――――この戦いだけは、うだうだ考える事は、やめだ」
「…うん」
「最高のヒーローになる為に、まずお前を超えねえと始まらねえからな。『全力』で勝ちに行く、覚悟しとけ」
「それは、覚悟しなきゃ、ね!」
予備動作無く、灼熱の拳をぶつけ合う。
掠めた炎が髪の一筋を焼き切った。それも気にする間もなく今度は蹴りが入る。
腕を盾に防ぎ、距離を取れば間髪入れず次は大氷結が襲ってきた。即座に前の空気を高温に熱し、灼熱の空気の盾で氷結を無効化する。
まるで魔法のような戦いに、観客達は息をのんだ。
殴る蹴るの暑苦しい取っ組み合いが始まったかと思えば、個性のぶつかり合いによるド派手で燃えるような戦いをする轟と零仔。
戦いという舞台には不釣り合いで似つかわしくない表現だが、二人の戦いは美しかった。
「はあ…はあ…っ!」
「ふ……、くそ、タフだな、」
「そっちこそ…」
双方息も切れ切れ、限界は近かった。
もう足の感覚がない。頭がふらふらした。それでも戦いを続ける意味はあった。
轟が最大規模の大氷結を放つ。
それを迎え撃つ為に、最後の気力を振り絞って熱した空気を全身全霊でぶつけた。
高音の空気と氷がふれあい、破裂するように水蒸気が発生してスタジアムを包み込む。
極寒の空気で冷やされて濃くなった水蒸気の中。
『なんも見えねーー!!何があった!?どっちだ!?ミッドナイトどうだ!!?』
「…!!栂野さん!!」
下方からミッドナイトの声が聞こえる。
水蒸気が晴れると、フィールドに突き立てられるように聳える大氷結の柱が現れた。
その柱に、空へ向かって打ち上げられるように、零仔の身体は力なくしな垂れていた。
もう指一本も動かせない。頭だってぐらぐらする。許容限界だ。
「栂野さん、行動不能!轟君の勝利!!」
(負けた)
全力だった。
何もかも振り絞って、何もかもをぶつけた。
何がいけなかった?何が駄目だった?
(…彼は、夢を、持っている)
目指すべき目標がある。
零仔には、無い。誇るべきそれを持たない。
何も、無い。
敗因はそれだった。
がらんどうのそれを、一体どうすればいいんだろう。ぽっかりと心に空いた穴が、零仔を虚しくさせた。
「栂野…!」
轟が氷を溶かし始める。
氷が溶け、落ちて来た零仔をしかと抱き留めた。
零仔の目は朦朧としていて、極度の疲労状態にあるのだとわかる。
とにかく体温を調節させようと、冷たい零仔の身体を温めるために身体に熱を纏った。
「……とどろ、き、く、」
「リカバリーガールの所に行くぞ、身体が冷え切って、」
「なきむし、治った、ね」
「………!!」
小さい頃、よく泣いていた。
成長した彼は涙を流さなかった。強くなったねと暗に言うそれに、轟は胸に内に込み上げてくる名も知らぬ感情に、言葉を失った。
だが、今はそれどころではない。
「……全部終わったら、話してえ事も聞きてえ事も山ほどあるんだ」
「……うん」
「だから、今は休んでくれ。……礼を、ちゃんと言いてえんだ」
「……うん」
あの時よりずっと声が低くなって、身体も逞しくなった少年に運ばれながら、零仔はその暖かな体温に目を閉じた。
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