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「………あんまり見ないでね」
「…なんか、ちゃんと女子してるんだな、栂野」
「見ないでって言ってるでしょ……」
結局轟を部屋に招いた。
部屋に呼ぶのを渋ったのは、この部屋の状態が状態だからだ。
壁沿いに備え付けてあるベッドには可愛いテディベアが所狭しと並んでおり、ソファには大きな13号の顔のクッションが置いてあった。
「13号好きなのか」
「か、可愛いから…」
一言でいえば、可愛い、女の子の部屋といった感じだった。
普段学校で冷静かつ薄い壁を張り巡らせ、どことなく氷のような雰囲気を漂わせている零仔からは想像もつかない。
可愛いものが好きなのか、そういえば鞄についていたキーホルダーも熊のテディだったな、と実は学校でも垣間見える彼女の趣味というのを思い出す。
「…ソファ使って」
「お前はどうすんだ」
「私はベッド使うから」
ベッドに腰掛けながら促す。轟は頷いてソファに腰掛けた。
しばらく沈黙が続いて、それを破ったのは轟だった。
「…俺がずっと、誰も見ていなかったの、お前は気づくの早かったな」
屋内戦闘でのことを言っているんだろうか。
そうだと解釈した。
「…私の事見てないな、ってのは直ぐに分かった。だから私の事もナメてんだろうなって事も。だから体育祭までは貴方の事そんなに好きじゃなかった」
そんな目をしている人をよく知っているから。
よく知っているからこそ、ただただ哀れで痛かった。
「…体育祭の前の日に、おばあちゃんから、貴方の話を聞いて思い出したの。その時にやっと貴方がずっとエンデヴァーの事を見てたんだと分かった」
「……!」
「貴方はずっと遥か遠くを憎しみ抜く目をしてた。…エンデヴァーみたいに」
轟の表情が強ばった。
その目には確かに憎しみがあった。でもそれ以上に、悔しさが滲み出ていた。
唇を引き結び、拳を強く握りしめて。
「…親父は嫌いだ。今でも憎い。…でも、」
絞り出す様に、吐くように。
「だからこそ、アイツしか見えてなかった。…アイツと同じモンに、なってたんだ、俺は。それを、緑谷にぶっ壊された時に、やっと思い出した。お前のこと」
血を吐くような声の中で指された自分に、零仔は息が止まりそうになるのを感じた。
轟はいつの間にか俯いていた面をあげた。
彼の目に映っている自分はなんて張り裂けそうな顔をしているのだと、まるで他人事のように思った。
「小せえ頃に、お前に言ってもらった言葉が、ずっと俺の中で生きていた。憎しみで塗り潰されて忘れていた。あの言葉にどれだけ俺が救われたかも」
どんな顔をしたらいいんだろう。
彼の中で、幼い自分が生きていた。父がまだ生きていた頃の自分だ。
存在意義も保てなくて、生きることも諦めていた時だ。その時の自分は、せめて友達の涙だけでも拭ってやるくらいの役割はできないだろうかと思っていた。
その頃の自分の言葉が、せめてもの願いが、こうして成長した彼の心を守っていたこと。
それに安堵して嬉しくて、情けない顔になりそうなのを耐える。
「ありがとう、栂野。…お前があの時いてくれて、今こうして再会出来て、良かった」
…ああ。あの頃より、本当に強くなった。
こうして時が過ぎて、言葉だけの慰めあいをしていた時よりも、ずっと彼は強くて優しくなった。
彼は乗り越えたんだ。
そう考えると暖かくなって、ふふ、と笑ってしまう。
「…何だ」
「ううん、大きくなったんだなあって感慨深くなって」
「なんだよそれ、ガキじゃねえんだぞ」
「そう?ああでも、身長は伸びた。昔は私より小さかったよね。今は何p?」
「176。お前は」
「149。小学校から伸びてないの」
「小せえな。峰田の次か」
「うるっせー」
悪態をつきながらも本気で怒っている様子ではない零仔。
学校にいる時では、まず見られない姿だ。どこか大人びて遠巻きに人を見ているような彼女が、年相応に笑っている。最初は驚いたが、だんだんとああ彼女は昔はこうだったと、懐かしさと共に蘇ってくる。
そして体育祭で、真っ向から戦った。こいつと戦ったんだなとしみじみ思いながら、彼女を見てふと気づく。
パンチもキックも強かった。格闘技術なら多分、クラスでも頭一つ抜けている。冷静かつ頭の回転も速い。
体育祭でも、あの時轟に意地と気力が無ければ、負けていたかもしれない。
だがこうして、肩の荷が下りて語らう彼女を見る。
(コイツ、こんなに小さくて細かったんだな)
小さい頃も、体育祭までも、彼女がこんなに華奢だった事に気づかなかった。
折れそうな腕や薄い身体、小さな手や足。
その身体でここまで頑張って来たのだ。あの時代も耐えて来たのだ。
そこで思う。轟は父からの呪縛を超えた。…では、彼女は。
「…栂野」
「なに?」
「…お前は、…親父の事は、もう大丈夫なのか」
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